「先生。あたし、二年一組の沢井佳恵です。二組の沢井恵一の双子の妹です」
花園は驚いてまじまじと佳恵を見る。そう言われれば体つきも細く、顔のつくりも女の子っぽい。
「似てるけども、どうして入れ替わったりしたんだ?」
「恵一がお腹下して起き上がれなくて、でも今日は試合だからあたしが代わりに来ました。あたしも柔道できるし、恵一のせいで試合出来なくなるの申し訳なくて」
佳恵は俯いていた。双子とは言え責任を感じる必要など全くないのに、佳恵はみんながどれだけ頑張って練習してきたか知ってるから、試合に出られないことを自分の事のように申し訳なく感じていた。
「試合なんていいんだよ。女子の佳恵が試合に出たら俺たち笑いものだ」
「そうだ、女子に頼らなくきゃいけないほど部員もいないなんて馬鹿にされる」
そういう言葉が出るたびに、佳恵は辛そうに眉を歪ませる。
「お前たち、優しいな」
花園は目を潤ませる。
「何言ってんですか。僕たちは佳恵が試合に出るなんて迷惑だって……」
「お前たちの気持ち俺にはよくわかる。俺も昔同じ思いをした。高校の柔道部の部員はたった五人。その内の一人が試合会場に現れなくて、試合を断念せざるを得なくなった時、柔道経験のある女子がやって来て急きょ試合に出てもらった。俺は何としても彼女を試合させまいと奮闘したが、相手の強さに敵わず敗北した」
「高校の男子柔道に女子が混ざったんですか?」
遠山が信じられないと言った様子で質問した。
「そうだ。彼女は強かった。俺たちよりも強くてその後、強豪校の男子生徒を相手に四人抜き。自分の目で見た物が信じられない光景だった」
「そんなこと出来るわけない……」
「もちろん公式に記録にあるわけじゃないけど、彼女のその素晴らしい結果を俺たちは決して忘れない。だがそれと同時に、女子に戦わせてしまったことへの罪悪感も忘れてはいない。俺が強ければそんな事にはならなかった」
「じゃあ、先生だってわかるだろう。佳恵に試合させたらだめだってこと」
「それもそうだな……でも、もし沢井さんがでないならお前たちが試合に出てもいいって言うのか?」
男子4人は目を見合わせた。そしてやはり口を開いたのは遠山だった。
「そりゃ、俺たちだって練習頑張って来たんだし試合してみたいけど、やっぱり先輩たちがいない今自信ないですよ」
「遠山の言う通りさ。先生は先輩たちのこと知らないからわからないと思うけど、凄かったんだぜ。僕達の憧れだったんだ」
「確かに俺は卒業生のことは知らないけど、お前たちがどれだけ練習してきたかはわかる。それにそんなすごい先輩たちと同じような練習をしてたなら、きっと強くなってる。それに負けても次がある」
男子たちの心は揺れ動いていた。本音を言えば試合に出たいのだ。でも、今まで試合に出たことがないから怖いというのもある。
「あたしは出るわ!」
佳恵が言い切る。誰よりも強い意思を持った目をしていた。
「いやいや、お前はいいって」
「ううん! あたしがでる! 恵一の代わりに出る! だからみんなも出よう!」
「男子の中に女子がでられるわけないだろう」
「さっきの先生の話忘れたの? 出来ないことはないんだよ」
「それはなんていうか、稀な話だよ。先生の友達がかなり強いか、相手がかなり弱かったか。でも俺たちが試合する、東中は強豪だぞ」
「向こうだって強豪の先輩が卒業してるんだし、立場は一緒よ」
「何が一緒だよ。向こうは三年。僕たちは二年だ。体格差もある。経験も違う」
「よし! わかった!」
五人は一斉に花園を見た。
「試合はしよう。五人で。沢井は大将だ。大将戦まで行かなきゃいい。遠山が相手の対象を倒せばいい話だ」
「そんな……」
「みんなもいいな。沢井の試合にならないように全力を尽くせ! とにかく自分を信じろ。今までの練習を思い出せ」
まだ迷いがあるのか返事がない。
「みんな! 大丈夫! 恵一のせいでみんなの決意が揺らいだのはわかるけど、練習してきたことは揺らがない! だから頑張ろう!」
佳恵のその言葉に男子は顔を見合わせ、頷く。
「そうだ、俺たちが頑張ってきた。頑張って来たんだ!」
「やろう! 何もしないでいるよりは試合した方がいい」
「何事も経験ですね」
「そうだ! 僕たちのしてきたことは無駄にしたくない!」
五人の意思が固まったところで、軽く稽古が始まった。そのタイミングで窓からのぞいていた富士子が声を掛けた。
「ちょっと、花園くん!」
「富士子さん、どうしたんだ?」
「ちょっと出てこれる?」
花園は道場を出た。
「あ、猪熊。久しぶりだな」
「久しぶり。花園くん、すっかり先生だね」
「俺なんかまだまださ。生徒との接し方が難しくてな」
「さっきのいいと思うけど」
「そうか? ところで富士子さん、どうしてここに?」
「水筒忘れたでしょう。届けに来たの」
大きな魔法瓶の水筒を手渡すとどこからか声が聞こえた。どうやら対戦校の生徒たちがやって来たようだった。
「そろそろ試合なんで俺は行くんで」
道場の戻る花園に手を振る二人。そして顔を見合わせる。
「気になるわよね?」
「ええ、富士子さん」
二人は道場の裏手側に移動し、木陰から様子を伺うことにした。すると、先ほどの声の主たちがぞろぞろと道場に入ってきた。
「東中柔道部です。今日はよろしくお願いします!」
部長らしき学生が言うと、花園率いる西中の生徒たちが集まった。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そして礼をした。東中の部員たちは道場の端で道着に着替えて、体を動かし始めた。練習試合で格下を相手にするのに、どう見ても一軍選手だ。そして何よりも顧問の高田がいかにも体育会系の厳つくて体の大きな先生で、とても強そうに見えた。
顧問同士があいさつし、今日のことについて打ち合わせした後、ホワイトボードなどが用意され試合は直ぐに始まった。試合形式は勝ち抜き戦。審判は東中顧問のが行高田うことになり、花園は時間を見る役割を与えられた。
先鋒は西中が一年の皆藤が出た。柔道歴3ヶ月の新人は、顔に緊張が見えて足も少々震えていた。相手はどう見ても柔道歴は皆藤より長そうで体格も大きい。
決着は直ぐについた。皆藤は何も出来ずに小外狩りを掛けられ一本取られた。呆然とした様子の皆藤だったが、まだ柔道歴3ヶ月なら仕方ないのかもしれない
次鋒は背の高い河合が出た。皆藤とは違い去年一年、先輩と一緒に練習をしていた。皆藤が悔しがるのを見て闘志に火が付く。
試合が始まると、東中の先鋒は相手を甘く見てさっきと同じように仕掛けてくるが河合はそれよりも早くに大外狩りを仕掛け見事に一本取った。
しかし、次の試合では東中に敗北し、西中は大きな体格の内山が試合した。寝技に持ち込み見事勝利したが、次の試合ではもっと大きな選手と対戦し寝技で負けてしまった。
残る試合は西中が二人と東中が三人。しかし西中は実質一人なのだが。
「遠山頑張れよ!」
河合、内山に言われ遠山は気合を入れる。佳恵は強い瞳で遠山を見つめ頷く。
「大丈夫。絶対勝つよ」
遠山は頷いて立ち上がる。そして対戦相手と対峙する。内山を寝技で抑え込める選手だ。絶対に寝技にかけさせてはいけない。
ふと花園を見ると、佳恵と同じような目で頷いていた。その目は初めて道場で練習を見た時も見せた目だった。先輩が卒業し、顧問の先生も定年退職で学校を去った。その事もあって去年二年だった先輩二人は柔道部に在籍はしているが顔は出さない。三年になって受験もあるし、結果を残せないならいても仕方ないと諦めたのだ。
そんな中、新しく顧問になったのが新米教師の花園。正直言って、期待などしてなかった。前顧問はベテランだったこともあり、指導はとてもうまく西中を強豪とまで言わしめた。しかし、その分練習もきつく新入部員は次々に辞めて行った。その中で残った者の根性を認め、より実践的な指導をしては成果を上げた。厳しいながら信頼していた顧問と先輩を失ったことは残されたものには不安しか残らなかった。
だから部員たちは認めなかった。口も利かず、実力も知ろうとせずただ無視していた。しかし、花園はそんな生徒に頭を抱え放り投げることはしなかった。毎日道場に来ては指導した。聞いているかわからない生徒相手に的確な指導をし続けたのだ。
そしてある日。新入部員であった皆藤が河合を相手に技を決めた。小さくて度胸もない皆藤が自分より大きくて力の強い河合を畳みに背を付けさせたのだ。
それをみんなが見ていた。あっけにとられた。本気じゃなかったとはいえ、柔道経験のない一年が何故と思っていると、皆藤は花園に駆け寄って喜びを伝えたのだ。
この時わかったのだ。部活のあと、皆藤に頼まれて花園は自主練に付き合っていて短期間で形にしたのだと。それからは言うまでもなく部員たちの態度は変わった。そのことがとても嬉しかった花園は涙ながらに喜んだ。
暑苦しい先生だけど、嫌いじゃない。遠山は今もそんな印象だ。そして遠山は花園から大外狩りを教わっていた。今までも得意技としていたが、無駄のない力の入れ方とタイミング。それを学んで一回り強くなった気がした。だからあの花園の目を見て「出来る!」と思った。これは確信だ。
新キャラ登場です。
「高田」東中学校の柔道部顧問。