YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

140 / 206
vol.3 ルール違反

「はじめ!」

 

 その声と共に遠山は相手の袖を取り技を仕掛ける。息をつく間もなく、相手は天井を見ていた。遠山は息も切れていない。

 

「すごい……遠山くん、いつの間にあんなに強くなったの?」

 

 佳恵は驚きで目が離せない。実は遠山と沢井兄妹は同じ柔道クラブに入っていたのだ。遠山は部活で手一杯になりクラブは辞めていたが、佳恵は続けていた。恵一を通じて話は聞いていたが、ここまで強くなっているとは思ってもいなかった。

 東中の副将が出てきた。遠山とは昔何度か対戦したことがある選手だ。ジュニアの大会ではいつも遠山が負けていた。だから相手選手は余裕の笑みを浮かべていた。

 しかし、遠山もいつまでも昔のままじゃない。なめてかかった相手選手は序盤に遠山から技を掛けられ、ポイントリードを許していた。それに焦ったせいで、結局技は決まらず遠山のポイント勝ちとなった。

 

「次は大将ね。大丈夫! 勝てるわ!」

「ああ……」

 

 自信なさげに相手を見ると、東中三年の部長でもある大将は物凄い形相で遠山を見ていた。向こうは卒業した先輩たちとは何度か試合をしているし、大体五分五分くらいの成績だった。それを遠山は覚えていたからとても勝てる気がしないと、苦笑いをした。

 

「そんな顔するな、遠山」

「先生……」

「どんなに強い選手でも隙はあるものだ。それを見逃さずに技を掛ければ一本取れる。お前なら出来る!」

 

 強い目が暑苦しいが、とても頼もしい。遠山は気合を入れなおし、試合場に向かう。相手の顔なんて花園に比べれば可愛いものだ。

 

「はじめ!」

 

 激しい組手争いからの技の掛け合い。しかしどちらも決定的なものにはならない。ポイント差もなく、残り15秒で「待て」がかかる。遠山は花園直伝のもう一つの技をかけようとタイミングを見ていた。息が切れる。ここで勝たなければ負けが決まる。だから絶対に勝たなければ。

 試合再開。時間はあまりない。遠山は焦っていた。それに気づいていなかった。だから隙が生まれた。遠山が技を掛けようとしたとき、逆に仕掛けられ気づいたときには畳にたたきつけられていた。

 見慣れた天井が見える。今日は見たくなかったのに。

 

「一本! それまで」

 

 実力差はないように感じた。向こうにあったのは運なのかもしれない。礼をしてみんなのところを戻る。西中はもう終わった気でいるが、東中の大将は西中大将の沢井が出てくるのを待っていた。

 

「大将、前へ」

 

 高田がそう言うと、みんな一様に困った顔をした。花園に助けを求めるような目すら見せた。しかし、誰かが何かを言う前にすでに佳恵が畳に上がっていた。

 

「お、おい!」

 

 佳恵はニコリを微笑んだ。その笑みは不敵だった。

 

「礼、はじめ!」

 

 佳恵は自分より10センチは大きな大将に臆することなく、飛び込む。小さいからこそできることがある。それを佳恵は知っていた。タイミングを見逃さないように全身の感覚を研ぎ澄ます。必ず隙はある。それを捕えれば、相手は勝手に畳に沈む。

 

「くっ!」

 

 わかっていたけど力が強い。軽い佳恵の体は宙に浮きそうになる。でも、それだって想定済み。奥襟なんてつかめない。だったら狙うは袖しかない。

 相手が力尽くで技を掛けようとしたその時、佳恵は狙っていた技を仕掛ける。

 

「なっ!」

 

 東中大将は防ぐことも出来ずに、宙を舞い畳に背を打ち付けた。

 

「……い、一本!」

 

 間が空いたのはまさか負けると思っていなかったから。これだけの体格差で、まさか自分の教え子が負けることはないと思っていた。

 礼をして沢井はみんなのところに駆け寄る。四人とも佳恵の強さに声も出ずただ茫然としていた。

 佳恵はニコッと勝利の笑みを見せていたが、突然東中の副将が声を上げた。

 

「この試合は無効だ!」

「どういうことだ?」

 

 高田が問うと、副将は佳恵を指さした。

 

「西中の大将は女だ。当初予定してたメンバーと違う。だからこの試合は無効だ」

 

 佳恵も他の部員たちも顔が固まる。

 

「女? 本当か? 花園先生」

「申し訳ない。当初予定してた沢井が腹痛により出られなくなったので、双子の妹が代わりに出ることになったんです」

「知っていて出したと?」

「はい」

「男子に交じって女子が試合するなど、何を考えているんだ!」

「怪我の危険があればすぐにでも止めに入るつもりでした。しかし、事前に言っておくべきでした」

 

 頭を下げる花園に高田はまだ収まりが付かないのか声を荒げる。

 

「言っておけばこちらが許可すると思ってるのか? こんな試合は最初から無効だったんだ!」

「しかし、他の部員たちは正規の部員で何の問題もないじゃないですか?」

「強豪と言われた西中が今やこのありさま。確かに男子三人はよくやった。しかし、女子に頼らなきゃ試合すらできないとは顧問が変わって随分力が落ちたものだ」

「自分の指導が行き届いてないのは認めますが、彼らは強い。それは東中の皆さんがよくわかっているじゃないですか?」

 

 互角の戦いだった。どちらかが圧勝できるほどの実力差はない。恵一が出ていたとしてもそれは変わらないだろう。

 

「だが、ルールはルール。女子に試合させたことは試合そのものを無効とする。それが筋ってものだろう」

「それは、そうですが……」

「それにその女子と試合したうちの大将も組んだ時に、女子だって気づいたから負けたんだ。じゃなきゃ、女子なんかに負けるはずがない。なあ、そうだろう?」

「……はい」

「ほらな。女子が男子に敵うはずがない。体格差、力の差、それに柔道は格闘技だ。女子には無理だ」

 

 佳恵は怒りの形相で高田を睨み付ける。女子と言うだけでここまで言われる筋合いはない。

 

「女子柔道なんてものは世間に対して男女差別をしてないっていうアピールに過ぎないんだ。そもそも女子は柔道をするべきではない。相撲のように男子のみで行い、畳の上にも女子を入れるべきではない。女子の柔道は所詮お遊戯さ。隅のほうで踊っていればいんだ」

 

 あまりの差別発言に東中の生徒は俯く。こういう強い言葉を彼らは日常的に聞き、そして逆らうことが出来ないのかもしれない。

 

「その発言は撤回してもらいたい」

「なんだ? 不服か?」

「女子柔道が柔道じゃないなんて、柔道家の言葉じゃない!」

 

 高田は真っ赤になって怒る花園を鼻で笑う。

 

「本心を言ったらどうだ? お前が今その場所にいるのは本意か? 違うだろう?」

 

 その場にいた生徒たちは顔を見合わせる。

 

「お前はオリンピックに出られるほどの力を持っていながら、柔道を辞め社会に出た。その原因がまさに女だ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。