YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

141 / 206
vol.4 女性差別

「お前は五輪に出られるほどの力を持っていながら、柔道を辞め社会に出た。その原因がまさに女だ」

「なっ! 生徒に誤解を与える言い方はよしてください。確かに選手を引退したのは結婚したからですが、俺は五輪に出られるような選手ではなかったですし、それに今こうして若い世代に教えられることで柔道と関われることは幸運だと思っています」

「幸運だと? お前の嫁が五輪に出てお前は目指すことすら出来なかったのに。子供が出来て女は休んで男は働いて、産んだらもう五輪を目指して……全くいいご身分だ。悔しくなかったのか!?」

 

 高田は花園と富士子のことを知っていた。花園は富士子の妊娠を期に選手を引退したのに富士子は出産後、早々に現役復帰。その事に違和感を覚えた人がいないわけがないとは思っていたが、面と向かって言われたのは初めてだった。

 花園は不思議と怒りがわいてこなかった。ここまで言われて、でもここまで言われたから冷静になれた。滋悟郎に稽古をつけて貰っていた時によく言われた言葉がある。

 

「力にたよるな。間合いぢゃ」

 

 この言葉は柔道以外でも役に立つ。怒りにまかせて口論になる前に、冷静になり相手をよく見る。日常生活でも我を忘れた方が負けるのだ。

 

「俺に柔道を教えてくれて、そこそこ出来るようになったのは猪熊先生のお陰でした。妻はその猪熊先生の愛弟子で俺は恩を仇で返すような真似をしてしまいました」

「責任を取ったのか。だが、嫁はどうだ? 男が夢を捨てたのに、嫁はまた夢を追いかけた。おかしいじゃないか」

 

 富士子の出産直後の現役復帰には理由があった。柔道を辞めていた柔を再び柔道へ戻すために、耕作と滋悟郎が富士子に頼んだのだ。今までそうやって柔を柔道にひきもどしてきた。だからあの時も、柔の復帰は富士子にかかっていた。産後の子供との時間を大切にしたい時に、無理を言って復帰させたのは滋悟郎と耕作で富士子や花園がそう願ったわけじゃないのだ。

 でも、そのことをここで言っても仕方がない。

 

「妻の妊娠が分かった時、俺は五輪よりも妻と子供が笑顔でいられる家庭を作りたいと思った。それが柔道を続けるよりも大切なことだったんです。後悔なんてどこにもありません」

 

 高田は眉間に皺を寄せて軽蔑するような目で見ていた。

 

「こんな腑抜けに稲垣は苦戦したというのか……」

 

 90年の正直杯の関東地区予選で高田は花園と稲垣の試合を見ていた。稲垣は西海大学の後輩で一年しか関わりはないものの、その実力と才能に高田は自分の選手としての終わりを確信した。稲垣の強さは目を見張るものがあり、同年代では敵なしと言ったところだ。それが高田の誇りでもあった。

 それなのにあの正直杯の決勝で全く無名の蛯天堂大学の花園は稲垣を追い詰めた。どんな選手なのかも知らない。どんな試合をしてどんな技を使うのかもよくわからない。ただ、強かった。勝つための執念が見えた。負けられないという強い思いが技に現れていた。

 勝ったのは稲垣だったが、あと1秒早く花園が技を仕掛けていたら花園は勝っていた。それだけ花園は強かった。あとから調べると花園は高校の時から試合に出ても、初戦で勝つことはあれどその後勝ち上がることなんて到底出来るような選手ではなかった。そんな選手が何故ここまで稲垣を追い詰められたのか理由はわからない。

 新聞に載っていた「名コーチX」が誰なのか結局明かされなかったが、さっきの花園の言葉で猪熊滋悟郎と言うことはわかった。だったら尚更、五輪を目指すべきだっただろうと思う。

 

「高田先生、あなたは少し誤解をしています。妻は自分の夢のためだけに出産後柔道を始めたわけじゃないんです。詳しくは言えませんが様々な状況と理由があって柔道に復帰したんです。俺も彼女も出産後に柔道復帰何て考えてもいませんでした。彼女は母親になり育児に専念するつもりでいたんですから」

「だったらお前が復帰すれば……」

「俺ではダメだったんです。彼女じゃなきゃダメだった。そういう理由があったんです」

「理解できんな……」

「いいんです。人にはそれぞれ事情があるんですから」

 

 花園は生徒の方を振り返る。

 

「みんなすまない。俺が不甲斐ないせいでこの試合は無効となる。ただ、この試合で得た経験はなくならない。きっと今後に繋がるだろう」

 

 生徒たちは花園のプライベートなことや妻のことを初めて知り、何とも言えない処理の追いつかない様子でいた。しかし、佳恵だけは違っていた。

 

「試合が無効になるのは仕方ありません。でも、女だからって馬鹿にされたことは許せません。そんな時代遅れみたいなことをいう人が教師であることをあたしは認められません」

 

 佳恵の腹の虫はおさまらなかった。自分だけじゃなく、花園の妻である富士子のことも馬鹿にされたのだ。バルセロナ五輪の富士子の試合を佳恵は見ていた。初戦でのカナダ代表クリスティンとの対戦は圧巻だった。結果としては敗北したが、敗者復活で銅メダルを取る実力があったことを加味すれば初戦が決勝だったと誰もが思うはずだ。

 

「あたしは花園先生の奥さんの試合見てました。とても感動しました。何ヶ月も稽古をしてなくて出産後の復帰で五輪代表に選ばれて銅メダルですよ。どんなに辛い稽古に耐えて来たのか誰だってわかるはずです。それなのに女だからって認めないなんておかしいじゃないですか」

「俺は事実を言ったまでだ。女は男に敵わない。そうできてる。女は男を支えて行くものだ。出しゃばるべきじゃない。それはお前にも言えることだ」

「あたしは勝ったじゃないですか。女だと言わず女の格好もせず、気づいていたのなら言えばよかったじゃないですか。試合の最中でも。それなのに負けたから言うなんて、恥ずかしくないんですか!?」

 

 あまりに勢いよく言うので、遠山が止めに入る。

 

「おい、佳恵、もうやめとけ」

「どうしてよ! こんなこと言われて何も言えないなんてあんたたちも結局そう思ってるってことでしょう。女は弱い。女は出しゃばるなって」

「そんなこと思ってないよ。でも……認めるわけないだろう」

 

 遠山はチラリと高田を見る。偉そうにしている高田は、自分の発言に対して何も悪いと思っていない。それどころか、佳恵の発言に不快感すら見せている。

 

「とにかく、この試合は無効と言うことで我々は引き上げます。今度はちゃんとしたメンバーで試合しましょう」

 

 高田は佳恵に背を向け自分の生徒たちに指示を出した。道場の中は何とも言えない重く気持ち悪い空気が充満した。

 その時、閉めていた扉がゆっくり音を立て開いた。

 

「あの~すみません」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。