YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.3 レオナルド・ダヴィド

 NYの夕方。仕事を終えた耕作は「スパイス・ガーデン」へ向かった。待ち合わせなどしなくても友人や気の合う常連客の誰かがいる場所。モーリス、デイビット、イーサン、そしてカメラマンのジェシーは特に仲がいいが、この4人がいなくても耕作はここでなら楽しく食事ができる。そういう大切な場所だ。

 でも、今日はその場所で一人友人を失うかもしれないと思っていた。ここでは基本的に相手のことを詮索しないことになっている。それが普通なのかもしれないが、デイビットとイーサンはどんな仕事をしているのか具体的には知らない。人種や宗教が入り混じるこのNYという場所で、個人を詮索する行為はナンセンスだ。そう思ってたから何も聞かないし、聞くつもりもなかった。でも、どうしても聞かなきゃいけないことがある。

 オープンしたばかりの店のドアはいつものように開くが、少しだけ重く感じる。カウンターにいたマスターが笑顔で迎えてくれた。店内にはまだ客はいない。耕作はビールを持っていつもの奥の席に行く。

 

こんな時間に珍しいな

ちょっと用事があってね

そうか。ゆっくりして行けよ

 

 音楽は流れているが、人の話し声がない店内では普段はこんな風にカウンターと奥の席とで話など出来ない。それくらいいつもは賑やかなのだ。

 時間が経つごとに、一人二人と店に入ってくる。耕作を見かけては声をかけるが、別の席に行ったり、カウンターで一人で飲んだりと思い思いの時間を過ごす。30分程して、木製のドアがまた開いた。無造作な髪の毛にゆったりとした服を着た男が入ってきた。マスターは直ぐに彼に声を掛けて耕作を指さした。男は、耕作を見ると苦笑いを浮かべた。

 

今日は早いな

デイビットもな。って言うかいつもこんな時間なのか?

いや、たまたまさ

そうか……俺はてっきり避けられてるのかと思ったよ

 

 デイビットの長いカールがかかった前髪の奥の目が驚いていた。そして呟く。

 

そんなつもりはないさ

そうか?レオナルド・ダヴィド

 

 お互いに視線をぶつける。時が止まったように、にらみ合うように。

 

ははっ、やっぱり気づいてたんだ。さすがだな

ここではお互いを詮索しないことが暗黙のルールだと思っていた。でも、調べるのはいいのか?

いや、友人としてしてはいけないことだったよ

 

 デイビットは髪を掻き上げて顔を見せた。それはついこの前、クラーク邸で柔とアリシアの試合を見たときに柔の隣にいた「レオナルド・ダヴィト」その人だった。

 

どうして、こんなことを?

それはここにいること?それともヤワラと接触したこと?

全部だよ。俺と関わること全部知りたい。俺には聞く権利があるだろう

そうだな。コーサクの言うとおりだな

 

 薄暗い店内においてもデイビットの美しい容姿は耕作の目に輝いて見えた。そんな彼が俯き、長いまつ毛が揺れるたび耕作は失望させないで欲しいと願っていた。

 デイビットがここへ来るのは純粋に息抜きだと言った。俳優でもなく社長でもなく兄でもない場所が欲しかった。だれも自分を何者か気にしないのに、数日顔を見せないと心配するようなそんな仲間や場所が欲しかった。そして見つけたのが「スパイス・ガーデン」だった。

 最初に仲良くなったのは警官のモーリスだった。黒人への差別がまだ残るアメリカで彼はとても明るく前向きだった。どんなことを言われてもされても、NYで生まれ育ったんだからこの街を嫌いになれないだろうと笑った。そして映画の舞台になったタイムズスクエアの路地を自主的にパトロールしていると聞いて、デイビットはモーリスを尊敬しいつの間にか一緒に飲むようになった。

 その後、イーサンとも出会い素性が全く分からないが話の面白い奴だとあっという間に仲良くなった。

 他にも数名、話の合う奴や一緒にいると落ち着く奴など多くの仲間が出来た。ここはまるで魔法の国のような、デイビットがデイビットでいられる場所になったのだ。

 

俺の素性を知っている人はきっと他のもいるさ。でも、誰もそれを言わないし、きっと店の外のことなど興味もないんだ

 

 仕事のことや家庭のことを話したければ話すし、話したくなければ別の話題で盛り上がる。それだけで、楽しいのだ。

 デイビットは親から受け継いだホテル業は順調で、トラブルもなかった。ただプライベートでは妹のアリシアのことが気がかりだった。柔道が好きで日々トレーニングに明け暮れているのに、試合には出たがらない。己の技と心を磨くことだけに専念すると言うが試合に出ない理由も明らかでそれはトラウマと言ってもいい。兄として、妹の将来を考えどうにかしたいと思うようになった。

 そんな時に出会ったのが耕作だった。デイビットは天の導きのように感じた。日本のスポーツ新聞の記者ということで、柔とも繋がりがあるだろうとは思っていた。会話の中から何か手がかりでもと思っていたが耕作は柔のことを話すことはなかった。しかし、モーリスと耕作の会話の中で一度だけ「ヤワラ」という言葉が出てデイビットは接点があると確信した。

 素性を調査する会社に耕作のことを調べさせた。そしてデイビットは想像以上の二人の関係に驚き、そして戸惑った。日本では柔と耕作が恋人同士ではないかという疑いがあったが、すぐに双方が否定し沈静化している。その後、耕作が渡米したこともありそのことに触れるマスコミもいなくなった。日本での関係者への粘り強い取材でも、二人の関係をそれ以上知ることができずにいたのだが、思わぬところそれがわかった。

 

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