柔道は日本のスポーツなのだから日本で世界選手権をやる方がいいと思っていたが、まだ古い考えが沁みついてた日本ではそれは不可能だった。でもラスティは諦めずに世界選手権を開催できる、してくれる都市を探した。そしてその熱に動かされたのがニューヨークだった。ラスティは組織委員会を立ち上げて、委員長に就任した。
しかし再び資金集めに奔走したが上手く集まらず、ちょっとしたトリックを使って資金を集めたがまだ足りず、状況も悪くなる中、ラスティに差し伸べられる手があった。
テレビ局や日本の柔道家、米国や日本の大企業を訪ねてはスポンサー協力を要請した。
それ以外にも出場してくれる国と地域が25か国必要であったので、世界中の柔道家に手紙を書いた。
そしてようやく世界選手権は開催され、国際柔道連盟の会長がラスティとその家族、仲間たちの熱意で開催されたことを称えた挨拶にラスティは涙が零れた。
日本チームももちろん出場していたが、どの国からも日本は負けるだろうと思われていた。競技化が遅れ試合にならないと思われていたからだ。だが、その中で最年少選手であった日本人が銀メダルを獲得し日本の女子柔道界は変わった。国際大会で試合も出来るし勝てるんだと思ったのだ。
世界選手権を成功させたラスティは五輪を見ていた。しかし、道のりはまた遠くその後、8年かかりソウル五輪で公開競技となり4年後のバルセロナで正式競技となる。
この8年間、ラスティは交渉し、策を練り、法律を味方にして戦ってきた。怒りを覚えることもあったし、誤解や差別もあった。しかし女性差別を武器に戦ってきたことでIOCを動かすことに成功し女子柔道は五輪種目へと決定した。
ラスティはソウル五輪の開幕式で行進に参加している。ラスティにとってはこれが表彰式だった。全米チームの成績はまずまずといったところだった。メダルの数が重要なのではなく、この女子柔道の開催をきっかけに女性スポーツに新しい時代が到来したのだ。今後、次々と五輪種目になっているのはラスティの功績によるところが大きい。
「五輪開催の交渉の際には無差別級はやらないと言われたの。やるなら女子柔道は開催しない。二択よね」
「それで無差別級を諦めて五輪開催を取ったと」
耕作がそう言うと、ラスティは悲しげに頷いた。
「でも、日本でジゴローがIOCのタマランチ会長に直談判して無差別級の開催にこぎつけた。私はとても興奮したわ。柔道は無差別級あってこそ。そしてそれを世界に示したのが、ヤワラ、あなたよ」
「あたしはそんな……」
「相変わらず日本人女性は控えめね。こんなに偉大なことをしているのに、決して驕らないもの。自覚がないのかしら」
「その分、滋悟郎さんが何倍も自慢するんで、いいバランスですよ」
柔はその言葉に苦笑いする。
「コーサクに一つだけお願いがあるの」
「なんですか?」
「こうやって私とヤワラを引きわせてくれて感謝しているし、私のことを日本人に知って貰うのは嬉しいことだわ。でも、事実を正確に書いて欲しいの。私は自分のしてきたことが誇張されてまるでヒーローみたいに伝わるのは本意ではないの」
「アメリカはそういう伝え方が好きですよね。いい意味でも悪い意味でも」
「ええ。いいことはちょっとくらいなら大げさにしてもいいと思ってるのかしらね。でもねそれは時に嘘になる。多くの人が関わったことだから、嘘で傷つく人もいるかもしれないから、事実以外、事実以上のことは書いて欲しくないの」
「それは伝える側としても常に気を付けていることですから、もちろん事実以外は書くつもりもありません。信じてください」
「信じているわ」
ラスティは優しく笑うと、柔に言った。
「今度はあなたの話が聞きたいわ」
「あたしですか?」
「ええ。コーサクの本は読んだからそれ以外のこと。そうね、二人の事なんか聞きたいわ」
からかうように二人を見るラスティ。明らかに動揺する柔と耕作。
「本気にすることないよ。ラスティの冗談さ」
量助がそう言うと、あからさまにホッとした。
「え?そうなんですか?」
「半分はね。でも、あなたの話は聞きたいわ」
「そんなに楽しい話はないんですけど」
「金メダリストが何言ってるの。さあ、まだ時間はあるわ」
その後、一時間ほど話をして店を出た。ラスティと量助を見送ると、二人は歩き出した。
近くの店をのぞいては二人であれこれと言いながら、買い物を楽しんだ。
雑貨屋で、猫のマグカップを見つけて見ていると「これ家に置く?」と耕作が言って柔は「うん」と頷いた。
通りすがりに小さな公園を見つけた。ベンチが開いていたので二人は座って休んでいた。
「いい街ですね」
「そうだな」
「ねえ、松田さん?」
「ん?」
「さっき思い出したんですけど。ソウル五輪の時にこうやって公園で話してたじゃないですか?」
「ああ、虎滋郎さんのことを知った時のことだよな」
「ええ。あの時、松田さんあたしに独占インタビューしてもいいかって言いましたよね。でも、あたしあの後すぐに眠ってしまって……」
思い出すだけでも恥ずかしい思い出だ。試合後とはいえ、話の途中で居眠りしてしまうなんて。しかも、男性の肩を借りて。
「そうだったな。目が覚めた時の柔さんの慌てぶりは可愛かったな」
「え!? あの、そうじゃなくて、独占インタビューはあの後も無かったからいいのかなって思ったんですけど」
「あー、まあ、いつも独占インタビューさせて貰ってたようなものだしな」
「そうですか? でもあの時、何か言いませんでした?」
耕作の顔は変なまま固まる。出来る事なら言わずにいたかった。
「どうしても聞きたい? なんて質問したか」
「ええ。今更答えても遅いとは思いますけど」
「そんなことはないんだ。実は、四年後に答えを貰ってんだよ」
「そうなんですか? あたし、何言ったんですか?」
口ごもる耕作。聞きたがる柔。
「いいか、一度しか言わないぞ」
「はい」
柔はただ耕作を見た。あの時、あのタイミングで何を言われ、自分は何を四年後に答えたのだろうか。
「俺、キミが好きだ。キミは?」
空を見て照れている耕作を、柔は真ん丸に目を開いて見つめている。
「あの、あたしも好きです」
「知ってるよ。ありがとう」
耕作は微笑む。
「本当にあの時、言ってくれたんですか? あたし全然覚えてなくて」
「気にしなくていいんだ。きっとあの時、言われても困っただけだろし、俺もきっと後悔しただろうから」
「今みたいな関係にはなれなかったかもしれないと?」
「そう思うよ。柔さんは俺のこと、記者だと思ってたから近くにいても何とも思わなかったかもしれないけど、自分のことが好きな男だって思ったらきっと別の気持ちがあっただろうし」
「そうでしょうか……」
「そうだよ。距離を置いてたと思う」
「じゃあ、遠回りも意味がないことじゃなかったってことですね」
「ああ。さてと、帰ろうか」
「はい」