「あ、お父さん。そろそろ時間でねがい?」
「お? おお、そうだそうだ」
「なんだ? 用事か?」
「久美子の家の手伝いに行く約束してんだ。親父さんがぎっくり腰やったもんで」
「そりゃ大変だな。俺も行くよ」
「いや、お前が行ったら柔さんが……」
「あたしは平気ですよ。気にしないでください」
「本当にいいの?」
「ええ」
柔は笑顔で送り出し、部屋の中に母と二人になってしまった。沈黙でいるのもおかしいので話題を探していると、耕作の母が口を開く。
「オレンペック見てたよ。特に無差別級の決勝は食堂でお客さんたちと手に汗握って見てたんだべ」
「ありがとうございます。ジョディとオリンピックで試合することは念願で、あの試合は特別な思いがありました」
懐かしむような顔をしていたが、少し悲しみの影が見える。それはきっとジョディが引退したからだろう。
「柔さん?」
「はい?」
「変な事聞くようだけど、本当に耕作でええのか?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。でも、その心配そうな表情を見て柔はすぐに返事をした。
「もちろんです。むしろ耕作さんじゃなきゃダメなんです。あたしは長いこと気づかなかったんですけど、あたしの周りの人達はあたしが耕作さんがいないとダメな事見抜いてておつきあいをはじめたというと安心したって言うんです」
「耕作は柔さんと追っかけまわしてただけでねえのか?」
「確かにそうです。高校生の時には正直迷惑してたこともありました。でも、耕作さんは他の記者さんとは違ってちゃんとあたしのことを考えてくれてたんです」
「そうかね? 自分の夢のためだったんじゃないかい?」
「そう言う面も否定できません。でも、それだけじゃないから励ましてくれたり、心配してくれたり怒ってくれたりしたんですよね。あたしはそういう優しさに気付くのが遅くてとても遠回りしてしまってそれでも耕作さんは大きな心で受け止めてくれたんです。あたしは耕作さん以外の人のことなんて考えられません」
穏やかな表情で耕作への思いを語る柔に母は胸がいっぱいになる。この子は本当に耕作が好きなんだと感じた。義理や情で耕作を選んだんじゃない。柔にとって耕作は掛け替えのない存在なのだ。
「ありがとうね。そこまで耕作を想ってくれて。やっぱり俄かには信じられなぐてね。あの子は何年も前に柔さんの事を話してくれてね、その時はバカなこと言ってんじゃないって思ったんだけっど……」
「あたしの事、話してたんですか?」
意外だった。さっき両親にも交際していることは話してないと言っていたのに、柔のどんなことを話していたのだろうか。
「いやね、あれはいつだったかな。前の前のオリンペックの時べか。耕作が取材でこっちに来ててその時に邦子さんも一緒でね……」
「邦子さんも?」
「誤解しねえでね、取材でちょびっと寄ってすぐ帰ったんだけっど、私たちはてっきり彼女ば連れ来たんだと思ったの。でも、耕作は邦子さんのことは同僚でそういうんじゃないってきっぱり言ってね」
柔はホッとした。でも、少しだけ胸にもやもやしたものが残る。
「相手がいねえのなら見合いでもしねえかって言ったの」
柔は驚いた。耕作とは年齢差があるから両親がそう言う心配をしていても無理はない。
「お見合いしたんですか?」
「いやいや、断ってくれって言われたよ。でも、彼女いるなら別だけどいねえなら見合いしろって言ったんだけど、頑なに拒否するから理由ば聞いたら……」
ここで黙ってしまった。柔はまだ自分がその回想に登場していないことが気になった。
「あの、その理由があたしですか?」
「あ~そうなんだげっどね、耕作には秘密だべ」
「はい。言いません」
「耕作ね『相手ならいるよ』って言うの。それはね好きな人って意味なんだべうけど、言い方がもう心に決めた人って聞こえて」
「心に……」
柔は赤面する。時期はどうやらソウル五輪の前。以前に耕作から聞いたソウルのオリンピック公園で告白をしたと言うのは嘘じゃなかったのだ。
「金メダル獲って、世界選手権で優勝して柔さんはどんどん遠い人になっているように感じてね、耕作も諦めるがなって思ったのよ。実際、記者やめようがななって言ったこともあって」
「それって、バルセロナ五輪の前の年ですよね?」
「んだんだ。取材で帰って来ててその時にねぽろっとこぼしたのよ。その何年か前にお父ちゃんが倒れたのもあって記者やめてここば継ぐとかって言い出してね」
柔はその話を邦子を通して聞いた。だからこそスクラップしてあった耕作の記事を読んで、この人は絶対に記者をやめちゃいけない人なんだとわかった。自分が柔道をすることで辞めないでいてくれるなら柔道をしようと思ったほどに。
「それで、耕作さんにはなんて?」
「バカこくでねぇ! って柿投げつけたよ」
「柿!?」
柔は想像すらしてなかったことに思わず声が出る。
「そうさ。ユンゴスラビアの時にお父ちゃんが倒れて取材に行けなくて、でもどうしても行きたいって言うから金貸して送り出したのにほだなこと言うから頭来て、思わずね」
そう言った笑う母に柔も思わず笑う。でも、その目には涙が溢れていた。
「どうしたの? 邦子さんの事なら全然気にしねえでよ」
「いえ、違うんです。嬉しくて。あたし本当に鈍くて気づかないことが多くて、お義母さんたちがいたから柔道続けてくれたんだなって思うと何だか胸がいっぱいで。ユーゴスラビアの時も耕作さんがいなくて心細くて、決勝でもし耕作さんが来てくれなかったらあたしきっと負けてました。それにバルセロナの前年の秋にお義母さんが耕作さんを突き放してくれたおかげでこんなあたしを辛抱強く説得してくれたんだと思うんです。だから今日はお話聞けて本当によかったです」
「そうかい。それならええんだけっど。あ、そうそうアルバムでも見るかい?」
「アルバムですか……?」
「耕作の小さい時の写真とかあるのよ。あの子、上京する時全然持って行がなかったから全部ここにあるの。んだけども見たことないでしょ」
「それは是非見たいです」
母は部屋を出ると暫くして3冊ほど分厚いアルバムを抱えて戻ってきた。
「これ見て、生まれたばかり」
「わー可愛いですね」
「今とは大違いでしょ。んでこっちが初めてかまくらに入った時。んで……」
「これは柔道の道着ですか?」
薄暗いところで撮った写真なのであまり鮮明ではないが、畳の上に座る小さな耕作が写っていた。周りには他にも子供がいて、真剣なまなざしで何かを見ていた。
「これはね、ここに引っ越してくる前にいたどごで数か月だけ柔道ばやってたのよ」
「聞いたことないですね」
「あの子も覚えていねずのよ。たまたま近所に道場があって試しに行ってみようってなって、それで受け身くらいは出来るようになって引っ越したから」
「ああ、だから……」
「どうかした?」
「い、いえ……」
思い返せば、過去に数回耕作を投げ飛ばしたことがある。素人だったらきっと気を失っていたかもしれない。でもそんなことを耕作の母には口が裂けても言えない。
アルバムには他にも耕作の成長の記録が保存され、小学生の生意気そうな顔や中学校入学式の大きな学ランで照れて写るもの、そして高校の卒業式で満面の笑みを見せる耕作がいた。どの表情も全て柔には新鮮でもし同じ学校に耕作が先輩でいたらどんな感じだっただろうかとか考えるだけで楽しい。
「大学は東京に行きたいなんて言いだした時には驚いたわ。しかも新聞記者になりたいとか言うんだもの」
「反対されたんですか?」
「少しな。あの子は昔からスポーツ選手ばテレビや新聞で見ては目を輝かせてたからスポーツ関係の仕事に就くだべなとは思ってたけど、まさか記者になりたいとは思ってなかった」
ページをめくると高校生くらいの耕作が陸上競技のユニフォームを着てピースサインをして写っていた。
「これはね高校二年生の時、市の大会に出た時のもの」
「競技は何だったんですか?」
「ハードルだっけのがな。結果は特によくなかったけど、そこそこ足が速くてジャンプも出来たみたいよ」
思い返せば、耕作はよく走っていた。記者と言う仕事柄、取材対象を追いかけるものかもしれないがバイクがない時は自分の足で走った。柔が特に覚えているのは91年のクリスマス・イヴ。柔が乗るバスと並走してプレゼントまで投げ入れるという芸当も見せてくれた。運動神経は悪くないとは思っていたが、天才的な柔に比べると普通と言わざるを得ない。
「これはお誕生日の写真ですか?」
「ああ、耕作が8歳の時がな。誕生日くらいは好きなものばと思って色々とご馳走ば作ったのよ。普段はあまり構ってあげられねえから」
テーブルの上にはケーキやから揚げ、巻きずしなどが乗りその中で異彩を放っていたのがどんぶりに入った野菜あんのようなもの。
「あの、これは何ですか?」
「ああ、これは『だし』って言うのよ。多分、この辺の料理んだけども知らねえかもね。夏野菜ば細かく刻んで醤油なんかで和えるのよ。ご飯や冷奴に乗せて食べると美味しいの。これも耕作の好物だっけな」
NYにいてもきっと東京で一人で暮してた時も、ハンバーガーやカップ麺などの即席の高カロリー食品をとっていた耕作がこんな健康的な料理が好きだったとは驚きである。しかも子供の頃に好きなら今も好きに違いない。
「あの、『だし』の作り方って教えて貰えませんか?」
「へ? あんなものでよければ教えるけど」
「ありがとうございます!」
柔は満面の笑みでお礼を言う。野菜不足の耕作にはうってつけの食べ物だ。NYで手に入る野菜でも出来そうだし、ご飯のお供になるがまたいい。
柔は一生懸命メモを取った。