YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.6 当たり前を考える

 朝日が差し込み目が覚める。いつもと違う部屋、違う布団で現実に戻ってくる。

 日課である、ランニングをするためにジャージに着替えてそっと民宿を出た。お客がいないので耕作の両親もまだ眠っているようだった。

 

「おはよう、柔さん」

「おはようございます。やっぱり起きてたんですか?」

「そりゃね。君が日課のランニングに出るのはわかってたから、この辺の案内も兼ねて一緒に行こうと思って」

「ありがとうございます」

「でも、目立たないように行くから。近所の人こそ見つかると面倒なんで」

 

 平日の早朝とあって外に出ているのはお年寄りばかりで、数も多くない。それに二人のランニングの速度はかなり早くあっという間にいなくなってしまうのだ。

 

「昨日、色々考えたんです」

「そうだろうなって思った」

 

 耕作も走りながらの会話も最近は慣れてきた。それに今日はそのつもりもあった。

 

「いつから考えてたんですか?」

「そうだな……具体的にいつってわけじゃないけど、本を書いていた時に滋悟郎さんとカネコさんのことを知った辺りからかな。漠然とだけど頭の片隅にあって、それがだんだん違和感になっていった」

「あたしは十代の時には『猪熊』って名字が大嫌いだったんです。男の子から猪と熊だから気が強いとか男っぽいとか言われて、その上新聞に載った時には真っ先にあたしを疑って。でも、いつか結婚したら名字が変わるしって思ってたんです。実際、富士子さんが『伊東』から『花園』になった時は羨ましいと思いました」

 

 田んぼと畑が広がる農道を走る。畦道にはタンポポが咲き、田んぼにはレンゲの鮮やかなピンク色が風に揺れていた。

 

「なんていうか、普通はそう思うしそれが当たり前みたいなところが日本にはあるよな。女性は夫の籍に入ってこそ幸せになるみたいな。でもさ俺はそうは思わない。どこに籍があろうと、幸せになれるしそう努力しなくちゃいけない。人がそれぞれ違うように、それぞれの夫婦にはその二人に合った幸せや生活があると思う」

「それが耕作さんは『猪熊』の姓を残すことなんですね」

「それだけじゃないけど、それも大いに関係するってこと。でもそれは俺が一方的に考えたものだから柔さんには柔さんの考えがあって当然だから一度考えてみて欲しいと思ったんだ。当たり前を何も考えずに通り過ぎる時代はもう、終わったんだよ」

 

 バブル経済が終了し、大きな災害と前例のないテロ行為。変わりゆく日本の社会は過去の習慣を考え直すいい機会なのだ。

 民宿に戻ってくると、耕作の母は朝食の準備を始めていた。

 

「おはようございます! すみません、何か手伝うことはありますか?」

「おはよう。朝ご飯なんてちゃちゃっと出来るものしか作らないからええんだべ。それよりお風呂入っておいで」

「でも……」

「ええんだよ、普段はもっと沢山の朝食を父ちゃんと二人で作ってるんだ。これくらいなんてことないべ」

 

 口調から怒っているようではないし、本心なのだろうが柔はとても気にしていた。

 

「そうだよ、柔さん。気にすることないよ。それより風呂入っておいで。俺も後で入るから」

「いえ、耕作さんが先に」

「いいんだって。さあ、行った行った」

 

 押し切られるように台所を追い出された柔。頼りない気が利かない嫁だと思われたら、耕作に申し訳ない。失敗しないように気をつけていたが、上手くいかないこともある。

 朝食後はしっかり後片付けをして、居間に戻る。すると縁側で耕作と父が庭を見ながら話していた。広い庭じゃないが松やツツジの木があり手入れされた綺麗な庭には、両親の民宿に対する誠意が見える。

 

「ここで親父に遊んでもらったんだよな」

「そうだっけ?」

「近くの公園でキャッチボールしたりしたよな」

「お前がせがむからな。忙しいってのに、すこすだけって。兄弟でもいればよかったんだべうけどな」

「近くに友達もいたし、別に淋しいなんて思ったことないよ。好き勝手やらしてもらってるし」

「昔は子供が沢山いたもんな。今は随分減ったが」

「やっぱりみんなここを離れて行ったのか?」

「そりゃな。ここは冬しか儲からねえし、兄弟が沢山いても宿屋にそんなにはいらないしな。都会に出て働いた方がええって思うだべ」

「植田の兄ちゃんは戻ってくるんだろう」

「ああ、あそこは跡取りだからな。そういう約束だったんだろう。外での経験も何かの役に立つだべうし」

「そうだといいな。で、今年の冬はどうだった?」

「いまいちだな。景気が悪くなって真っ先に切られるのは娯楽だ。しかもスキーってのは金がかかるらしい。お客さんは随分減ったよ」

「そっか……」

「でも、食っていけねえわけじゃないからお前が気にすることはねえ」

「二人とも、そんなところでボーっとして。耕作、そろそろ支度しねえと」

 

 柔の後ろから母が言う。マンガみたいにびくっとした二人は振り返り、耕作は重い腰を上げた。

 新幹線までまだ時間はあるが、せっかく山形まで来たので近くの桜の名所にまで足を運ぶことになった。今が見ごろだと聞いたら行かないわけにはいかない。

 車で10分程の場所に、川に沿うように桜の木があり淡いピンクの桜が満開を迎えていた。遠くに見える山との景色も素晴らしいが、赤い鳥居が何本も並ぶ中に咲く桜もまた美しい。

 

「わー綺麗ですね。東京の桜とはまた違った趣がありますね」

「田舎だからな。それに今日はあまり人もいないし」

 

 とは言っても、柔は有名人なので帽子と眼鏡で変装はしている。山形で目撃情報が出れば耕作との関係を蒸し返されることにもなるし、そうなると色々と厄介なのだ。

 

 

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