耕作は一人で年越しを迎えた。柔に電話した後、実家にも電話した。数年前に倒れた父親もそれを支える母親も元気そうで何よりだった。面倒なことを聞かれる前に、深夜だから寝ると言って切った。柔のことはまだ何も言っていない。
初日の出は当然見ていない。起きたのは午前8時。良く寝たとカーテンを開けると、濃い澄んだ青空が広がっていて耕作は散歩に出かけた。朝食もどこかで済まそうと適当な店に入ろうと思ったが柔を思い出し、野菜を食べれる店を探してさ迷い歩いた。街はクリスマスで盛大に賑わい、だんだん落ち着きを取り戻している。その影響か開いてない店もある。耕作は歩き疲れて行きついたのが、ニューヨーカーの憩いの場であるセントラル・パークだった。ベンチに腰を下ろしこの際、ハンバーガーでもいいかと思うほど腹ペコで立ち上がる気力も失いかけていた。
「Hey!Boy!」
聞き覚えのある声頭上からした。太く低い声だ。肌が泡立つのを感じた。
「今日は彼女はいないのか?」
「ああ、ところで何のようだ?」
耕作は顔を上げた。気配は一人だと思うがもし万が一仲間がいて、この前の報復などされたら最悪死ぬかもしれない。血液が物凄い速さで体中を駆け抜ける。寒いのに汗が出る。
「NYを嫌いになったのか?」
耕作の目はいっぱいに見開いている。思わず口も開いた。
「そんなことはないが、あんたあの時のギャングだよな?」
「正解。だがギャングじゃない。見たらわかるだろう」
「……警察官なのか?」
「正解」
目の前の黒人の彼は紛れもなくNY市警の制服を着て、真っ白な歯を見せて笑った。笑顔はとても愛嬌があるが、耕作はそれどころじゃない。
「じゃあ何であんなこと!」
耕作は不機嫌気味に言い放つ。彼のしたことは警察官としてあるまじきことだ。
「あの時は本当にすまない。あんなことになるとは思ってなかったんだ」
「どういうことだ?」
「君達が入り込んだ地域の奥は本当に危険な場所なんだ。映画の影響で何も知らない観光客がギャングにつかまっては金品を取られたり、暴行されたりする事件が相次いで起きているんだ。俺たちは、あの時にいた仲間は全員警察官なんだが非番の日にボランティアであの場所に入り込む観光客を脅して退去してもらってる」
「なんで脅す必要があるんだ?」
「NYは無防備に遊べる場所じゃないって自覚してもらう必要がある。観光客は浮かれて周りを見ない。いつ誰が狙っているかわからない。危ない場所に行かないように自分で気を付けて欲しいんだ」
柔はあの時、本当に無防備に路地裏に入り込もうとしていた。あのまま奥まで行ったらどうなっていたかわからない。いくら柔道が強くてもガタイのいい男が数人で取り囲めばひとたまりもない。耕作だって無事では済まない。
「そういうことか……すまない。危害を加える気がない人を投げたりして」
「仕方ないさ。まさかあんな細い女性が男を投げるなんて思いもよらないから、あいつ投げられて少し気を失っていたよ」
「大丈夫だったか?」
「もちろん。曲がりなりにも警官だ。体は鍛えてるよ」
耕作は安心した。緊張が解けてさっきよりも腹が減って、盛大に腹の虫が鳴る。
「何だ?腹減ってるのか?」
「ああ、朝から何も食べてない。そうだ、あんたNY詳しいだろう。ここら辺でヘルシーな食事を出す店って知らないか?」
「ここはNYだぜ。ジャンクフードが一番うまいよ」
「それはもうわかってるんだが、彼女が体の心配をしててな。野菜も食べろって言うんで探してたんだが、店がない。見た所、あんたは警官とは言えガタイがいい。鍛えてるのは分かるが、食事も気遣ってるんじゃないかと思ったんだが」
男は驚きそして口角を上げて笑う。
「すごい観察眼だな。オレは元海兵だ。そして今も格闘技の訓練は欠かさないし、体も鍛えている。もちろん食事も気を付けてるよ。で、あんたはNYで欲望の赴くまま食べてその体か」
「恥ずかしながら、正解だ」
着ぶくれている服の上からはわからないと思っていたが、見る人が見れば耕作のだらしない腹の肉は見えているのだろう。そうなると柔の目にも見えていたということになる。
「さらに彼女を守れなかったことも気にしていると?」
「ああ、日本は平和だ。そして彼女は強い。俺は勢いでだけで生きてきた。だけど彼女の傍にいようと思えば、それだけでは不十分だとこの前思ったよ」
「強くなりたいか?」
「もちろん。それが男ってもんだろう。……ん?」
男は耕作の前に右手を出した。
「オレはモーリスだ」
「俺はコウサク・マツダ。新聞記者をしている」
耕作は握手をして立ち上がる。モーリスはいい笑顔で腕を引き抱き寄せる。鍛え上げられた筋肉が固く鎧のようだった。あまりの力強さに耕作はなすすべがなかった。
「いい店がある。行ってみるといい」
モーリスは住所を言うと仕事に戻った。
でも、ここから少し離れている。
「あー腹減った」
見上げた空は青く澄みきっていた。
新キャラ「モーリス」は以前も登場しましたが、あの時はモブっぽかったのでここで紹介しませんでした。
彼は黒人でNY市警の警察官で元海兵です。