vol.1 Happy Marriage!
誰もが空を仰いで奇跡だと言った7月7日の晴天、静かに母は娘にベールを被せる。
真っ直ぐな白い床の横に鮮やかなグリーンの植物の装飾。ピンクや黄色の花も可愛く、何よりも正面の大きなガラスの窓には外の木々が空の青色と相まってとても美しく室内を演出した。
「The Rose」が静かに流れ始めると、扉が開く。入ってきたのは父と娘。揃ってお辞儀をすると一歩前に歩き出す。
煌めく白い道を柔は真っ白なウエディングドレスを着て、虎滋郎の腕を組みちょっと俯き加減でゆっくりゆっくり進む。もちろんその道の先に待っているのは白いタキシードを着た耕作。その様子を左右から見守る家族、友人、知人たち。
この短い歩みの中でそれぞれが思い出を振り返り、そして涙する者もいた。特に富士子はこの二人の恋模様を間近で見ていたし、柔が恋に悩み苦しんでいたところも見ていたから今日のこの式を無事に向けられたことに誰よりも喜んでいた。そして柔の数メートル後ろにベールガールとして富薫子が緊張した顔をしていても、しっかりその大役を果たしていることにも涙が止まらない。
耕作の前で歩みを止める二人。虎滋郎は右手を差し出すと、その腕を耕作は力強く握り返す。言葉はいらない。それだけで虎滋郎の思いは伝わるし、耕作の強い意志も伝わる。
虎滋郎は柔の手を取り耕作へと託した。父親らしいことなど何一つしてこなかったのに、バージンロードを一緒に歩いて欲しいと言われた時は驚いたし、断ろうと思っていた。自分よりふさわしい人はいるだろうと、頭の中には滋悟郎の顔が浮かんでいた。しかし、柔は父親である虎滋郎がいいと言った。
柔の手を取る耕作はそのまま祭壇の前へ。外国人の牧師の言葉の後に二人は愛を誓い、指輪の交換を行う。そして柔は膝を曲げ耕作がベールを上げる。今まで隠れて見えなかった顔が見えると、あまりの美しさに息を飲む。それなのに、柔が見上げて耕作と目が合うと、潤んだ瞳で微笑んだ。
「誓いのキスを」
そう言われて、耕作は我に返りそっと柔にキスをした。
チャペルを出てフラワーシャワーで祝福してもらうときには、方々から声がかかりとても賑やかで楽しい雰囲気になった。
そして隣のレストランへ移動する前に大きなイベントがあった。それを待ち望んでいた女性たちが、特に南田が殺気立った目をして待っていた。
「幸せのおすそわけを貰いたい方は是非前へお越しください」
式場のアナウンスが入り、数名の女性が前に出てきた。南田を始め、マリリン、邦子とかおりの姿もあった。
しっかりドレスアップしたその4人の目は互いを牽制し、火花が散っていた。
「ナンダは貰っても無駄だから、どいててよ~」
「あんたこそ、よりどりみどりなんでしょ」
「二人ともここは年長者に譲りなさいよ」
「柔、こっちよ!」
背中で感じるその圧力に柔はブーケを握る手が震える。
「じゃあ、いくよー。えい!」
小さなブーケを青い空に弧を描き、すーっと落ちてくる。醜い争いを制したのは、全く戦いに参加してなかったアリシアだった。
「え? なんで?」
ポカンとしつつもしっかりブーケは握っている。
「なんで~」
睨み合っていた4人は同じセリフを吐き、肩を落とすが次の瞬間には笑っていた。
同じ敷地内のレストランに移動する道には、外部と完全に遮断するように、木々が生い茂り整備された庭には色とりどりの花が咲き乱れていた。
「こちらをご記入の上、中にお入りください」
ゲストブックに記帳後、レストランへ向かう。
そこは庭が一望できるように全面ガラス窓になっていて、7月の気持ちのいい光が優しく射しこんでいた。
円卓に着席すると、暫く歓談の後、披露宴が始まった。
「本日は、誠におめでとうございます。お二人のお支度が整われたようでございます」
司会進行の声がして招待客は扉の方を向く。すると柔と耕作が照れたようにはにかみながら、入ってきた。柔は先ほど来ていたウエディングドレスからグリーンのドレスへと変わり、大きなリボンが腰についてまるで妖精のようだった。頭には花のヘッドドレスが上品につけられていた。
一礼すると二人は正面の席に座った。席からは招待客全員の顔が見えるほど近かった。
国民栄誉賞を貰った人の式にしては小規模ではないかと思われるかもしれない。でも、柔は派手なことは好きではないし、本当に祝って欲しい人達に祝ってもらえればいいので、小さくても構わないと思っていた。
「えー本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます」
新郎のスピーチが始まった。慣れない場で緊張している様子が見ていて新鮮だった。
「先ほど、チャペルにて挙式し、夫婦となりました。これもひとえに皆様のおかげです。ここにいらっしゃるのは私たちの大切な友人、知人、家族です。ささやかな席ではございますが、どうぞゆっくりお楽しみください」
言い終わると、耕作はどさっと椅子に座る。大勢の前で話すなんてとても慣れない。滋悟郎や本阿弥さやかが難なくなっていることが、不思議だった。
新郎の主賓として日刊エヴリースポーツの編集長が、新婦の主賓として羽衣課長があいさつをして続いてはケーキ入刀を行った。
三段重ねのケーキは全部食べられるものでイチゴやメロンなどのフルーツがふんだんに使われたカラフルなものになっている。柔と耕作はケーキナイフを握りゆっくりと刃を入れる。その瞬間に邦子と鴨田を始め、カメラを持った数人がシャッターを切った。耕作は自分が写真を撮られる側になるのも慣れず、どんな顔をしていいのかわからない。プロが二人もいるんだからいい表情を切り取ってくれることを願うばかりだ。
ケーキ入刀の後はファーストバイトでお互いにケーキを食べさせ合う。
「柔さん、いくよ」
小さな口を開けてケーキを待つ柔。その姿が異様に可愛くて耕作は思わず沢山ケーキを取って持って行くが、入るはずもなくボロボロとドレスに落ちた。
「ご、ごめん……」
柔はモグモグとケーキを食べながら笑っていた。
「じゃあ、今度はあたしからね」
柔も沢山ケーキを乗せて耕作の口に運ぶ。案の定、零れ落ちたケーキに会場は笑いに包まれる。
乾杯の後に食事をして、歓談の時間が設けられた。そうなると次々と柔と耕作の元に招待客がやって来て、挨拶をしたり写真を撮ったりして休まる時がなかった。
やっとお色直しの時間になり、席を外す二人はほっと肩を撫で下ろした。
「なんか異様に緊張するな。柔さんは平気?」
「あたしだって緊張してますよ。でも、みんな知ってる人だし、そこまでじゃないわ」
「さすが、オリンピックに出た人は違うな」
「関係ないと思うけど」
二人がいない間、会場では食事の時間が設けられていた。優雅な音楽が流れる中、円卓に座るのは見知った人ばかりで会話も弾んでいた。
「和美、その人は?」
赤いドレスのかおりの視線の先には外国人の男性がいる。
「パトリックよ。あたしの彼」
「何でここにいるよの」
少々、失礼な言い方だが極秘の結婚式にいることに違和感があった。
「こんにちは、かおり。ボクはパトリック。ヤワラの先生をしてました」
「先生??」
「イングリッシュのね」
「ああ、和美もそう言えば英会話教室のスタッフだって言ってたわね」
「そうなの。パトリックは柔の先生であたしの彼だから来てもいいって」
「アメリカでは結婚式にはカップルで来るもの。だからボクも一緒で当然だと思ったけど……」
周りを見渡すとそうでもないことがすぐにわかった。
「日本は違うのよ」
「そうみたいデスネ」
「ねえ、清水はどうしたの?」
「今日の柔のメイク、清水がしたって知ってた?」
「え、知らない。ってことは、今もやってるの?」
「そうよ」
「でも、結婚式のメイクと普段のメイクって違うじゃない。出来るの?」
「そこはプロがいるし、何とかしてるんじゃないの」
「そうよね……」
三人は心配そうに扉の方を見つめていた。