「ねえ、ナンダ。あの事はどうなったの?」
「あの事?」
「柔ちゃんの……」
「ああ! 特に変わりないわ」
「ふーん。あたしもあれ以来見てないし、何だか怖いわ」
マリリンがそう言うと今日子と小百合も頷いているが、小百合の食べる手は止まらない。
「ねえ、何の話?」
隣の円卓にいた富士子が入ってきた。花園と富薫子もいるのでさすがに短大時代の友人円卓には入れないでいたが、近くなので声は聞こえていた。
「あの、何でもないんですよ」
今日子が富士子を心配させないように気を遣ったが、富士子はそれでわかってしまった。
「警察官の南田さんが関わってるってことは、まさかあの猪熊さんに付きまとってる人の事?」
「なんで知ってるの!?」
マリリンが驚いて思わず大きな声を出してしまう。一気に注目を浴びるが色気たっぷりのポーズをとってごまかした。
「富士子さんも何か知ってるの?」
南田が小声で話すと、富士子も小声で答えた。
「少しだけね。でも、猪熊さんは知らないみたいだから何も言ってないけど」
「ナンダ、柔ちゃんに話しておくって言ってたじゃない?」
「実はね滋悟郎先生のところに相談に行ったんだけど、柔ちゃんには言わない方がいいって言われてそのまま。でもね、滋悟郎先生が対策してくださってるみたいで……」
「アメリカに行ったのもその対策みたいよ」
富士子がそう言うと南田もマリリンも驚いた目をした。
「そうだったの。知らなかったわ」
「日本にいるよりもアメリカの方が安全って思えるところ、その付きまとってた人の怖さが感じられるけど」
空気が重くなる。晴れの日に話す内容ではないが、心配なのは変わらない。すると、マリリンの頭に風船の冠が乗せられた。
「何よ、これ~」
「ありがと!」
富薫子にもかわいい犬の風船が渡された。さっきから席を回りながら、芸を見せてくれるピエロがいたのだが、ここで深刻な話をしていた数名は全く目に入ってなかった。
ピエロは白と赤のストライプの派手な服を着て、コミカルな動きをしながら扉の方へ歩いて行った。
そうしてる内に、お色直しが終わり新郎新婦の再登場のアナウンスが流れた。
「ちょっと、あのピエロ邪魔よね」
南田がそう言うと、マリリンたちもその人を見た。
「そうね。なんであんなところにいる必要があるの?」
「今日って余興は無しって話じゃなかったですか?」
「ええ、そう聞いてるわ」
富士子の返事を聞く前からキョンキョンの顔が青ざめていた。一瞬見ただけだと誰かわからない。それに白くは塗ってないがピエロの鼻をつけていてはっきり顔が見えなかった。
「ん?」
特別メニューに舌鼓を打っていた滋悟郎も異変に気付く。
「なんぢゃ、あやつ」
奇妙な動きのピエロは手に何か持っている。滋悟郎と虎滋郎は同時に立ち上がる。それと同じくらいに扉が開き、そしてピエロが前に進む。と、同時に後ろから滋悟郎、虎滋郎、花園がピエロに襲い掛かった。
「どわー!!」
ピエロもろとも倒れ込む三人。何事かと皆が見ていると、お色直しを終えた柔と耕作が目を丸くして床に転がるピエロとそれを押しつぶす3人を見ていた。
「なにしてるの、おじいちゃん」
「妙なやつがいたんでな」
「妙なやつ??」
柔と耕作は踏みつぶされているピエロを見つめる。ピエロは苦笑いをして風船の花を差し出す。
「受け取るんぢゃない!」
滋悟郎の言葉を無視して、柔はその風船を受け取った。
「結婚おめでとう、コーサク、ヤワラ」
英語だったがさすがに滋悟郎も意味はわかった。
「なんぢゃ、こやつは」
「まさか、あの時のピエロさん?」
「なんでここにいるんだ?」
滋悟郎と虎滋郎に踏みつぶされて苦しそうなピエロはニコニコとしている。すると、招待客の一人であるデイビットがやって来た。
「気づかないのかい?彼はイーサンだよ」
「イーサンだって!?君、ピエロだったのかい?」
「あはは、そうだよ。コーサクは知らなかったみたいだからこうやって驚かせることができたよ」
「いや、本当に驚いたよ。てっきり金融系の会社に勤めてると思ってたから」
以前、スパイス・ガーデンでそんなことを言っていた気がした。詮索しないことが暗黙の了解のあの場所では本人が言わないことは訊かないことになっているので、知らないことも多い。
「勤めてるよ。でも、ピエロもしてるんだ。これは趣味。ところで僕はいつまでこうしてるんだい?」
押しつぶされたイーサンは苦笑いを越えてぐったりしていた。
「おじいちゃん、お父さん、花園くん、この人は耕作さんのお友達だから大丈夫よ」
「日刊エヴリーの?」
「松田くんの?」
「松田さんの?」
「すみません。俺も彼がピエロやってるなんて知らなかったんで、驚いてしまったんですけど間違いなく知り合いです」
滋悟郎と虎滋郎はイーサンを自由にすると、手を差し出した。
「すまなかった。余興があるとは聞いてなかったもので」
「妙な格好をするでないぞ」
「申し訳ない」
3人が席に戻ると、柔もあらためて謝罪した。
「おじいちゃんたちが本当にごめんなさい。お怪我はないですか?」
「大丈夫、大丈夫。今日の君はとても幸せそうだから、僕は心から嬉しいよ」
「タイムズスクエアではお恥ずかしいところをお見せしてしまって……でも、あなたがいたからあたしたちあの後、楽しく過ごせました。ありがとうございます」
「まさかあのピエロがイーサンだったなんて、驚きだよ。じゃあ、俺とヤワラさんのこと知ってたのかい?」
「いいや。ヤワラの事は覚えてたけど、コーサクの事は全く覚えてなかったからさっきヤワラを見て繋がったってわけさ」
「なんだよ、それは。でも、ピエロで楽しませようとしてくれたことは嬉しかったよ」
友人同士な和やかな会話をしているが、結婚式の最中だ。何事かとざわざわしいている。そこでまたピエロのイーサンが余興でみんなを笑顔に変えた。その頃には司会者にも事の全てが伝わっていたので、
「新郎の御友人のピエロさん、ありがとうございました」
と、想定済みの事のように紹介した。