お色直しを終えた柔は赤を基調とした白い百合柄の和装で、頭にも同じく百合の髪飾りを付けていた。先ほどまでのドレスとは雰囲気ががらりと変わって大人っぽく見える。耕作の方は黒い紋付でタキシードよりは似合っていた。
テーブルラウンドが始まり、明るいレストランなのでキャンドルサービスではなく耕作が好きなコーヒーチェーンのドリップコーヒーと柔が選んだNYのお菓子の詰め合わせを配りながら席を回った。
「松田、猪熊さんおめでとう。それからありがとう」
日刊エヴリースポーツの編集長は結婚式なので、正装していつもと雰囲気が違う。いつも怒鳴ってるイメージしか持ってない耕作からすると、新鮮だった。
「よしてください、編集長。ご迷惑をかけるのはこちらです」
「記事を出させてくれることを承諾してくれて、猪熊さんたちご家族には感謝しかありません」
「いえ、そんな当たり前じゃないですか。他社の記事になるなんてありえませんよ」
「それもそうだな」
豪快に笑う編集長。その横では緊張した顔の羽衣が座っていた。
「猪熊くん、松田記者おめでとう。さっきあいさつしたときに見えた顔ぶれがすごすぎて未だに震えてるよ」
「リラックスしてください。日刊エヴリーの編集長さんもいらっしゃるから、お話なさったらいいですよ。大ファンじゃないですか」
「そうだったんですか? それはありがとうございます」
「毎朝楽しみにしてるんですよ」
会話が弾みだし、表情もやわらいできた。
そしてその横には西海大の祐天寺監督が座っていた。柔は直接指導を受けたことも無いし、西海大に在籍したことも無いが何かと世話になったというか、振り回してしまったこともあり今回は招待したのだ。人望も厚く頼りになる人なのでこれからも滋悟郎含めて付き合いがあるだろう。
「おめでとう、柔さん。私は何度もあなたにフラれてますが、松田記者は見事その心を射止めたんですね」
「そんな……」
「ああ、気にしないでください。私にとってあなたや滋悟郎さんと出会えたことはとても幸せなことだったんです。女子柔道界にとって奇跡のような二人に出会えて、そして共にその世界にいられた。柔さんは西海大には来てくれませんでしたが、柔道を続けてくれました。それだけで私は満足ですよ」
「ありがとうございます」
プレゼントを渡しして二人はお辞儀をした。
「コーサク、ヤワラおめでとう。私まで呼んで貰ってよかったのかな」
「もちろんですよ、シゲルさん。書籍の件では随分お世話になったし、何よりも滋悟郎さんとの縁が分かって是非日本に来ていただきたかったんですよ。ゆかりの地なんかも歩かれましたか?」
「昨日、滋悟郎さんと回ったよ。思い出話も沢山聞かせて貰って、父の情熱のルーツが見えたような気がしたよ」
「滋悟郎さんは人を引き付ける不思議な魅力を持った人ですからね。きっとお父さんも魅了されたんですよ」
「でしょうね。君は孫娘のほうだったんだろうけど」
「はははっ」
照れ笑いをしていると鴨田が声を掛けた。
「そろそろ写真撮りますから、集まってください」
テーブルごとに写真を撮ることになっていて、カメラマンとして鴨田が駆り出されている。カメラマンは三人いるが、一番付き合いの古い鴨田に頼んだ。
次に行ったテーブルはカナダからのお客様がいた。
「おめでとう、ヤワラ!」
「ありがとう、ジョディ!」
相変わらず大きな体のジョディは満面の笑みと薄ら滲む涙で迎えてくれた。
「んもー、二人ともここまで来るのにどれだけヤキモキしたか」
「面目ない」
耕作が申し訳なさそうにしていると、ルネがぐわっと肩を掴んで言った。
「ヤワラを泣かせたら許さないぞ」
「もう、大丈夫だよ」
「あれ?エマちゃんは?」
ジョディは昨年生まれた女の子のエマがいるのだが、式場に姿は見えない。
「式場のスタッフが預かってくれただわさ。まだ一歳で泣き虫だからここにいると台無しね。でもちゃんとおめかししてるから後で写真撮ってちょうだいね」
「もちろんよ。エマちゃんかわいいもの」
「ヤワラもベイビー欲しくなったかね?」
「え!」
顔を赤らめて動揺する。
「でも、ヤワラはまだね。次のアトランタはワタシも楽しみにしてるね。ベイビーはその後ね」
柔と耕作は顔を見合わせる。
「そうね、オリンピックが最優先よね」
「ヤワラはまだ若い。いくらでもチャンスはあるね」
「そうよ。ヤワラ」
同じテーブルにいたアリシアが声を掛けた。
「まだ私との公式な試合をしてないんだから、産休に入るのはやめてよね」
「ええ、アリシアと試合するのとても楽しみにしてるわ」
アリシアが満足そうに微笑むと、耕作の方を向いた。
「二人ともおめでとう。コーサク、取材もいいけどちゃんと構ってあげないとヤワラは魅力的な人なんだからすぐに誰かに取られちゃうわよ」
「わかってるよ。俺だってそこら辺は理解してる」
「そこら辺って?」
ジョディの横やりに耕作は慌てる。
「そ、そんなの決まってるだろう。柔さんが魅力的だってことだよ」
「なに言ってるんですかー!!」
柔は突然そんなこと言われるもんで恥ずかしくて堪らない。
「もう、行きますよ」
テーブルにいた3人と写真を撮って次へ。
「おめでとう、コーサク、ヤワラ」
デイビット、イーサン、モーリスそしてジェシーが順番に祝福してくれた。
イーサンはピエロのままだが鼻の飾りは外していた。
「デイビット、色々ありがとう。君がいなかったら今日、日本で式は出来なかったよ」
「なんのこれくらい。俺も君たちの式には出たかったし、それに宣伝も兼ねてるからいいんだよ」
「もちろん、ここの事は新聞に載るからきっといい宣伝になるさ」
「もー二人ともそんな話はあとでいいでしょ。あーヤワラ、とっても綺麗だわ」
相変わらず派手なジェシーだが控えめにドレスアップしてもスラリとした美しい姿に誰もが注目する。
「あ、ありがとう。ジェシーも綺麗よ」
柔がNY滞在中に何度かジェシーとは会っていたが、その度に抱き着かれては頬にキスされて少し扱いに困っていた。耕作が言った通り柔はある種、身の危険を感じた。
「デイビットは今日はデイビットなの?ダヴィドなの?」
ジェシーが隣に座るデイビットに聞く。
「今はデイビットさ。コーサクの友人なんだから。スタッフの中でも気づいてない人はいるんじゃないかな。日本の事は日本専任スタッフがいて彼らに任せているからね」
「モーリスも忙しいのに来てくれてありがとう」
黒人でガタイのいいモーリスだがこの円卓自体が目立っていたので、物静かなモーリスは逆に目立たない存在だった。
「こちらこそ呼んでくれてありがとう。二人が幸せそうな顔を見れて俺は心から嬉しく思うよ」
優しい表情のモーリスとは初対面の印象が悪かった。でも、今では頼りになるお兄さんとして柔も一目置いている。
続いては富士子、花園、富薫子、藤堂、岡崎テーブルへ。
「猪熊さーん、おめでとう。ああ、なんてきれいな着物なの」
「ドレスもいいけど、和装もしたくて。欲張っちゃった」
「いいのよ。一生に一度のことだもの。あたしも悩んだわ。着れる物に限りもあったし」
富士子が結婚式を挙げた時にはお腹に富薫子がいたから、ドレスも妊婦が着てもいいものからしか選べなかった。
「松田さん、おめでとうございます。やっぱり二人はお似合いっスね」
「どうしたいきなり」
「俺はずっと思ってたっス。猪熊には松田さんが必要で松田さんには猪熊が必要だって。ねえ、富士子さん」
「そうよ。そばで見てたあたしたちはずっとわかってたのに、二人ともじれったくて。バルセロナの時にはもうダメかと思ったけど、なんだかんだで上手くいって心底ホッとしてるわ。あら、フクちゃんどうしたの?」
富薫子はちょっと不機嫌そうに顔をしかめている。かわいいドレスを着てご機嫌だったのに、どうしたのか。
「マツ! マツ!」
そう言って腕を伸ばす。耕作は自分の事かと思い、富薫子を抱きかかえる。すると富薫子は満面の笑みを浮かべて抱きしめる。
「そういえば」
滋悟郎がパスタをすすりながら入ってきた。
「フクちゃんは、松田がお気に入りだったの」
「そうなの?」
「そう言えばそうよ。松田さんよくフクちゃんのお世話してたもの。その時はフクちゃんご機嫌なことが多くて。あーそういうことね」
「なにが?」
耕作が不思議そうにしている。
「やきもち妬いてるのよ。猪熊さんが松田さんの横にいるじゃない。しかも二人とも幸せそう。結婚式ってことも分かってないだろうけど、大好きな松田さんを取られちゃうからやきもち妬いてるのよ」
「そんな、バカな」
「女は生まれた時から女よ。罪作りな人ね」
そうやって茶化す富士子とは違い、花園は後ろで鼻息が荒い。
「自分は認めないっス。まだフクちゃんには早いっス」
「花園、何熱くなってるんだよ。俺は柔さんと結婚するんだから、何もフクちゃんを嫁にくれって言ってるんじゃないんだぞ」
「そんなことわかってるっス。でも……」
花園と耕作がわけのわからないやり取りをしていると、同じテーブルの藤堂が声をかけた。
「おめでとう、猪熊さん。呼んで貰ってなんか悪いわ」