YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

174 / 206
vol.4 Smile, always as ever.

「おめでとう、猪熊さん。呼んで貰ってなんか悪いわ」

「何言ってるんですか。藤堂さんが現役の時にはあまり話も出来なかったけど、引退されてからは悩みを聞いてくれたりして本当に助かりました」

「え? トドさん? 随分変わったし、二人ともいつの間にそんなに仲良くなったの?」

「藤堂よ! そもそもあたしの方が早く知り合ってたし、ソウル五輪の前には一緒に買い物も行ったのよね」

「ええ……」

「でも、あたしたちはライバルだったから馴れ合いはしなかったの。お友達じゃ本当の試合はできないからね」

「由貴ちゃん、そのくらいでいいじゃないか。おめでとう、猪熊さん」

「岡崎さんも今日はありがとうざいます。お二人もご結婚が決まったと聞いています。おめでとうございます」

「え? トドさんの彼? 随分、弱そうだけど、結婚するの?」

「あんたまあまあ失礼ね」

「確かに僕は非力だけど、由貴ちゃんと一緒にいるととても強くなれる気がするから、僕には彼女必要なんだよ」

 

 藤堂は顔を赤らめて岡崎の背中をドンっと叩く。その勢いに思わず咳き込む。

 

「なあ、そろそろフクちゃんと花園をどうにかしてくれよ」

 

 耕作が困り顔で言うと、富士子が富薫子を抱えて席に座って花園も続いた。

 

「やっとこっちに来た~」

 

 マリリンが待ちくたびれたと言わんばかりの声を出す。相変わらず露出の多いドレスは誰もが目を見張る。

 

「おめでとう柔ちゃん、松田さん」

 

 南田、今日子、小百合も順番に祝福をした。

 

「ちょっと見ないうちに松田さん逞しくなったんじゃない?」

 

 南田がそう言うと、今日子も頷いた。

 

「アメリカに行くと、マッチョになりたがるの?」

「違うよ。アメリカが広すぎて取材取材で飛び回るとこうなるんだよ。それにしても変わらないな君たちは」

「ひっどーい。大人っぽくなったって思わないわけ?」

「そりゃそうだろうけど」

「やめな、マリリン。松田さんはどうせあたしたちの事なんか見てないから。もうずっと柔ちゃんしか見てなんだから」

「そうですよ。松田さんは猪熊さんしか見てません」

 

 小百合も頷く。もちろん口は食べ物で占拠されて声は出ない。

 

「な! 俺は取材の時はきちんと全員を見てたさ。だから富士子さんの強さも分かったし、君達の努力だって見て来たよ」

「じゃあ、今度新聞に載せてよ」

 

 マリリンがそう言って胸を寄せるが、耕作は「無理」と断る。

 

「そう言う交渉は、向こうに編集長がいるから後でそっちとやってくれ」

「いいわ」

 

 マリリンの目が編集長のロックオンされると、隣のテーブルの邦子が出てきた。

 

「色仕掛けは通じないわよ」

「なんですって?」

「編集長には色仕掛けは通じないって言ってるの。別の方法考えた方がいいわよ」

「おい、加賀くん」

「何よ耕作。今更、おしいことしたなんて思ってお遅いのよ。ねえ、柔ちゃん」

「そうですよ。邦子さんは魅力的ですけど、よそ見したらあたし許しませんよ」

「そんなことするかよ」

 

 余裕の笑みで返す耕作。邦子じゃなくても他のどんな女性でも耕作の心を動かせる人なんてもういない。柔以外には。

 

「明日の朝刊は荒れますよ。一面がこれですからね」

 

 野波がニヤリとした。二人の結婚の第一報は日刊エヴリーの朝刊というのは決まっているし、もう野波の中には原稿が出来上がっている。

 

「写真付きで載せるからデマだとかって言われることもないですしね」

「そうだな。写真は後で撮るのにしてくれよ。ここでのは……」

「わかってますよ。ところで柔さん」

「はい」

「改めてお礼を。ここでいうことでもないんですが、なかなか話す機会もないので」

「ラスティの事ですね。それならこちらの方こそお礼を申し上げたいです。教えて下さらなかったらきっと知らないままでした。それはあまりに失礼ですから。それにラスティに出逢えてあたしは本当に強い人ってこの人の事を言うんだってわかったんです。NYで頼れる数少ない友人だと思っています」

「そう言ってくれると、ラスティも喜ぶよ」

「ちょっと……ねえ、二人とも」

「ん?」

「鴨ちゃんが……」

 

 ずっと写真係だった鴨田が疲れと空腹で酷い顔をしている。

 

「大丈夫か鴨田。ついいつものようにこきつかって。おーい、ジェシーちょっと」

 

 離れた席にいたジェシーを呼ぶと、軽やかに近づいてきた。

 

なーに?

悪いけど、鴨田の代わりにカメラお願い出来るか?

いいわよ。でも、カメラ持って来てないわ

 

 会場のカメラの持ち込みは制限されていて、鴨田と式場スタッフのみとしていた。どこから情報が流出するかわからないから厳重な管理を強いていた。

 

僕の使うといいよ。使いにくいかもしれないけど

 

 鴨田が愛用のカメラを差し出すと、ジェシーは嬉しそうに構えた。

 

じゃあ、最初はこのテーブルから撮るわね

 

 笑顔になるみんな。鴨田もこの時は笑っていたが、後は席で食事をしながら休んでいた。

 

「最後はここね」

 

 柔が向いたのは高校時代の友人がいるテーブル。メイクをしてくれた清水ももう席に戻っていた。

 

「おめでとう、柔」

 

 和美、清水、かおりそしてパトリックが祝いの言葉を言うと柔は高校時代を思い出して胸がいっぱいになる。

 柔道をやっていることを言えなかったし、言いたくなかったあの頃。普通の女の子として学校へ行って放課後にはお買い物やアイスを食べたりした。女の子らしい会話を楽しみいつか好きな人が出来て恋人同士になってなんて夢を語った。あの頃は風祭に憧れていた柔もそれはアイドルに憧れるのと同じなんだと気づいて、いつもそばで見守って支えてくれた耕作の存在を大きく感じた。

 

「実を言うとね」

 

 かおりが耕作に向けて話し出す。

 

「あたし、あなたが許せなかった。柔を無理矢理柔道に引っ張っていって、やりたくないって言ってるのに、試合させたり新聞の載せたり。柔はさ、あたしたちよりもずっと女の子らしくて料理も得意だし恋したりオシャレしたりして普通の女の子でいたかったんじゃないかなって思うの」

 

 耕作は何も言えなかった。高校時代を激変させたのは耕作の記事が原因だということは、自覚している。

 

「でもね、今こうやって結婚式してドレスとかお着物を着て笑顔でいる柔を見ると、普通かどうかなんてどうでもいいのかなって思うの。だってここにいるのは普通の幸せな花嫁だから」

 

 かおりの目は潤んでいた。一時は途切れた友人関係も、思えば自分から距離を置いていたような気がした。どんどん有名になっていく友人とその周りには大人の男性がいて、自分が入り込む隙もない。友達として支えたり励ましたりしなくても、沢山柔の周りにはいる。淋しいと思う前に距離をとった。

 

「かおり、ありがとう。あたしのことずっと心配してくれて。見守っていてくれて。あたし、今幸せよ」

「うん。知ってる」

 

 和美が泣きそうになっている横でパトリックが号泣して、その様子を清水が横目で見て涙が引っ込んでしまったようだった。

 最後に行ったのが親族がいるテーブルだ。式の前に両親と滋悟郎にはあいさつをした柔だが、あらためてこの場で向き合うと込み上げてくる複雑な感情。家族として一緒にいた時間は短いし、バラバラではあったけどお互いがお互いを思い合っていたことだけは今は分かっている。それでも、今でも父の顔を見ると安堵する。母がそばで笑っているのを見ると、嬉しくなる。そして祖父が沢山食べているのを見ていると、安心する。

 

「綺麗よ、柔」

 

 眩しそうに見上げる玉緒の目には涙が溢れていた。普通の家庭よりも母らしいことをしてあげられなかった。それなのにまっすぐ育ち、優しく人の痛みに寄り添える子になったことを誇らしく思う。それはオリンピックの金メダルや国民栄誉賞よりも母としては嬉しい。

 

「ありがとうお母さん」

 

 耕作の事で苦しんでいるのを横で見ていたからこそ、この日を迎えられた喜びは誰よりも感じている。ぶつかって悩んだからこそ、この晴れやかな表情なのだ。

 

「松田さん……いえ、耕作さん」

「はい」

「知っていると思うけど、柔は柔道は強いけどその他の事は結構ウジウジしたタイプなのよ。それがね柔道にもよく出てしまうから気を付けてね」

「もー、お母さん。こんなところで言わなくても」

「重々承知してます。これからは一緒に悩んで解決していけたらと思ってます」

「ありがとう」

 

 隣の席では食事よりも酒を飲む虎滋郎がいた。ワインよりも日本酒がいいと急遽、持って来てもらったものだ。

 

「お父さん、さっきはバージンロード一緒に歩いてくれてありがとう」

 

 虎滋郎は黙々と酒を飲み、つまみを口に運ぶ。

 

「俺でよかったのか?」

 

 ぼそっと言うと、柔は微笑んだ。

 

「もちろんよ。お父さんだもん」

「そうか……」

「なにが、『お父さんだもん』ぢゃ。こんな放蕩親父は親父じゃないわい」

「そんなことないもん。あー! さてはおじいちゃん、あたしとバージンロード歩きたかったんでしょ」

「なーにを言っておる。あんなじれったい歩き方なんぞできるか!」

「あれはそう言うもんなんです。あ、すみません、煩くしてしまって」

 

 同じテーブルの耕作の両親はそのやり取りを微笑ましく見ていた。

 

「気にすることないさ。家族なんだから」

「そうだ。賑やかで羨ましいよ。耕作は早くに家ば出たし、家ではあんまり話す方ではねえしな。その点、女の子はええね」

「男で悪かったな。でも俺が家でなんでもかんでも話すような息子だったらそれはそれで鬱陶しいと思うぞ」

 

 想像する両親。

 

「それもそうだな」

「お義父さん、お義母さん」

「なんだい?」

「これから沢山ご迷惑をおかけするかもしれませんが……」

「そのことならもうええんだよ。承知の上だし、何かあっても耕作が何とかするだろうし」

「そうだな。だから柔さん気にすることないよ」

「そんな顔しねえで。今日はお祝い。晴れの日。これからの事は考えない。さあ、写真撮りましょ」

 

 ジェシーがカメラを構えて7人が写真に納まる。これが初めての家族写真となった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。