YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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それぞれの日々
vol.1 鶴亀トラベル新年会


 一月下旬。寒さもまだまだ緩むことがないが、柔の勤める鶴亀トラベルではこの時期に毎年新年会が催される。柔は入社三年目で初めて参加した。毎年誘いは受けるものの、門限や滋悟郎の世話などがあり参加できないでいた。しかし今年は家には玉緒がいるし、門限も緩和されて少しだけ自由が許された。柔は初めての新年会を楽しみにしていたが、同僚の狭山たちはあまり気乗りしていないようだった。

 

「酔っぱらったおじさんたちの相手するのって疲れるのよ~」

「無礼講とか言いながら触ってくる奴もいるし、本当に気持ち悪い」

 

 柔は引きつった笑顔で断ればよかったかなと少々後悔しつつも、会場である店に向かった。会社近くにある居酒屋の座敷を貸し切ってやる新年会は毎年恒例となっている。

 

「あ、猪熊くん。こっちこっち!」

 

 羽衣が既に店に入っており柔に声を掛けた。直属の上司と言うことで柔は当然隣に座る。狭山と塚本も向かいの席に腰かけた。その後、支店長らも来店し新年会は始まった。そして柔は直ぐに後悔することとなった。

 

「オリンピックはすごかったねー」

「一時はどうなるかと思ったけど、金メダルと国民栄誉賞おめでとう」

「何で柔道やめてたの?」

「なんでまた始めようと思ったの?」

 

 酒が入って普段聞けないようなことを遠慮なく聞いてくる、会社の同僚や上司をあしらうのがとても面倒で柔の笑顔も引きつっていた。

 

「もう、やめてあげてくださいよ」

 

 向かいの席の塚本が言うと、男性上司から「いいじゃないの~。無礼講だよ」と肩を抱かれた柔は久しぶりに背筋が震えた。

 

「おっと、一本背負いは勘弁してよ」

 

 柔の笑顔も張り付いていたが、何も言えない自分にも嫌気がさしていた。いつからこんな風に言いたいことも言えなくなったのだろうか。高校生の時はもう少し自分を出していたはずだと思っていた。

 

「おーい、猪熊くん、ちょっといいかな」

 

 トイレに行っていた羽衣が入口の辺りから柔を呼んだ。柔は天の助けと言わんばかりに立ち上がった。

 

「はい、羽衣課長代理。何かご用ですか?」

「お店の人がね、君がいることを知って一緒に写真を撮りたいって言うんだが、いいだろうか?」

「あ、はい。構いませんけど」

「じゃあ、呼んでくるから待ってて」

 

 羽衣は厨房の方へ行くと、柔はふーっと一息ついた。本当に大変だ。もう来年からは参加しないと決めた。

 その後、写真を撮って色紙にサインをして席に戻ったが、羽衣が隣にいる間は他の社員たちはさっきのように柔を質問攻めにしたり、体に触れることもなくなった。

 しかし、新年会が終え店の外に出た時、羽衣は立っていられないほど酔いつぶれてしまっていた。

 

「猪熊さん、二次会行くよー」

 

 他の部署の男性社員が柔に声を掛けた。正直、名前も知らない。しかし路上でフラフラになっている羽衣を誰も介抱せず二次会に行こうとすることに柔は腹立たしさを感じた。

 

「猪熊さんは明日も練習があるから」

「そうそう。羽衣課長代理、大丈夫ですかー」

 

 狭山と塚本が声を掛けた。

 

「猪熊さん、向こうの通りにタクシー待たせてるから、とりあえず一緒に課長代理乗せよう。このままここに置いて行ったら死んじゃうわ」

「そうですね」

「そういうことなんで、先に行っててもらえますか?」

「ああ……」

 

 思いっきり冷めた目で、近くにいた男どもを見ていた狭山と塚本に誰も何も言えずそして誰も手を貸してはくれなかった。男性を運ぶのは並大抵のことじゃないが、僅かな距離なので何とかなった。白いシートに思い切り腰かける羽衣は、酔いのせいか意識が虚ろであった。

 

「猪熊さんはどうする? あたしらは帰るけど」

「あたしも帰ります」

「じゃあ、お疲れ様~。課長代理はタクシーに任せちゃえばいいわよ」

 

 二人は駅に向かって歩き出していた。置いて行かれた柔はタクシーの中の羽衣を見て息をついた。だらしなく寝息を立てる上司をこのまま放ってはおけない。

 

「すみません、行先は……」

 

 タクシーは寒い夜道を走り出した。羽衣は相変わらず眠っているようで、隣に座っている柔は流れる景色を眺める事しか出来なかった。

 

「お客さん、着きましたよ」

 

 運転手に言われて柔は目を覚ました。久しぶりにお酒を飲んで稽古の疲れから眠ってしまったようだ。辺りは見知らぬ場所だが、目の前のコンクリートの団地はどうやら羽衣の自宅のようだった。隣で眠っている羽衣をさすがに一人では運べないので運転手の助けを借りて、羽衣の部屋まで運ぶことにした。羽衣自身は完全に寝ているわけじゃなく、夢うつつのような状態で足元はおぼつかないが多少歩けるようだった。

 

「お客さんも大変ですね。酔った上司を送っていくなんて。普通は男性社員がこういうことするんですよ」

「そんなこと……日頃お世話になっているのでこれくらいはなんとも」

 

 運転手は隣で酩酊している羽衣を見て「良い部下を持ったね」と呟くと、心なしか羽衣は笑った気がした。

 

 

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