YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.7 会って欲しい人

 新聞の一面は柔の世界選手権優勝と過激なファンの襲撃がダブルで一面を飾った。しかし二人を何よりも驚かせたのは、スポーツ東京が独占スクープした耕作が犯人を捕まえる際に見せた技が綺麗に写真に撮られ一面の端っこに載っていたのだ。

 

「な! なんだよ、これは!」

 

 思わずホテルの横にあるカフェでそう叫んでしまうほど、耕作は不本意極まりない記事だった。

 

「あら、柔。なんか楽しそうね」

 

 玉緒は柔が笑っているのを見逃さなかった。

 

「だって、新聞に載って狼狽えてる耕作さんが面白くて」

「どういうことだよ」

「突然、新聞に載る気持ちがわかったかなって思って」

 

 耕作が柔を最初に見たのは、町でひったくりがあってその犯人を柔が巴投げで仕留めたところだった。それを写真に撮って新聞に載せたことから柔の人生は一変した。それは今この幸せがあるから笑えるけど、そうじゃなかったら悲劇以外の何物でもない。

 

「おい、松ちゃんよ。わしに用事があると言っておったが、すぐに終わる用件なんぢゃろうな」

 

 耕作はいつもの「日刊エヴリーや「松田」じゃなく「松ちゃん」と呼ばれたことで笑顔になる。以前、滋悟郎は言った。

 

――松ちゃんほどの記者になった時、わしはお前さんを松ちゃんと正式に呼んでやろう

 

 

「滋悟郎さん!」

「なんぢゃ、記者としてはまだまだぢゃが、柔の婿としては合格ぢゃ」

「俺……」

 

 涙ぐむ耕作。邪険にされているとは思ってなかったが、何となく認められていないような感じはしていた。柔を守る存在としては不十分だと。

 

「ああー! うっとうしい! 質問に答えよ」

「すみません。嬉しくて。午前中はかかるかと思います。ちょっと用意するものもあるので」

「それは私たちもいた方がいいのかしら?」

 

 玉緒は柔にきいた。

 

「できればいて欲しいかな。お父さんも……まだ時間ある?」

「もちろんだ。フランスに発つのは明日の予定だ」

「そう、よかった」

「ではみなさんは朝食の後にテンプルトン・ホテルへ行ってもらいます。そこに会って欲しい人がいますので、ロビーで待っていてください。ホテルにはアリシアにも来てもらってますので、合流してください」

 

 アリシアはアメリカ代表出来ているので、さすがにその輪を離れて自分だけ高級ホテルに泊まるなんてことはしてない。それに今まで柔道友達が殆どいなかったアリシアだが、同じアメリカ代表の選手と仲良くなって選手団から離れたくないようだった。その上での呼び出しなのだが、こちらの用事もアリシアにとってとても胸が躍ることなので協力してくれたのだ。

 午前10時頃、テンプルトン・ホテルのロビーに柔を除く6人が集まった。耕作が滋悟郎に紹介したい人は部屋にいるので、柔が戻ってくるのをしばしここで待つことにした。

 コーヒーを注文し、すわり心地のいい椅子に腰を休ませ相変わらず豪華な装飾のホテルに少々居心地の悪さを感じながら待っていると、柔が用事を済ませて戻ってきた。

 

「お待たせ。間に合ったかしら?」

「ええ、まだ彼らは来てないわ。さて、あたしたちは移動しましょうか」

 

 アリシアが先導をしてエレベーターで上階に上がっていく。一体何が起こるのか知らされていない滋悟郎たちは落ち着かない様子だ。

 

「客室じゃなくて会議室にしたわ。兄に話したら面白がって、なんで自分も呼ばないんだって大騒ぎしてたの」

「忙しいだろう。軽々しく呼べるかよ」

「ねえ、コーサク。ジェシーは? ここにはいないの?」

「ジェシーは編集部に行ったよ」

「じゃあ、正式契約なの?」

「安月給でもいいのか? って随分言ったんだけどな」

「わあ! めでたいじゃない! 今度お祝いしなきゃ。あ、ここよ」

 

 長机が中央に置かれた会議室は、普通の味気ない会議室とは違い一々豪華で緊張感がある。

 

「適当に座ってすぐ来ると思うから」

 

 そう言って間もなく、ドアがノックされアリシアが開けると、ホテル従業員がいてヒソヒソ話をしていた。そして廊下を確認すると、振り返って耕作にも合図を出した。

 

「来たみたいです」

 

 耕作の言葉にみんなが一斉にドアの方を注目した。一体どこの誰を紹介したいというのか。皆目見当もつかない。

 アリシアが楽しそうにドアを持って入口を大きくしていると、部屋に入って来たのは二人の人影。一人は長身の男性。もう一人は小柄な少年。

 

「ん? あの少年は?」

 

 虎滋郎は見覚えがあった。でも、面識があるわけじゃない。

 

「なんじゃ、会わせたい人って言うのはこやつのことか?」

「ええ。滋悟郎さんはお会いしたことありますよね。確かアリシアの自宅の道場で」

「その通りぢゃ」

 

 連れてこられた二人も何故ここに呼ばれたのか理解してない様子で困惑していた。

 アリシアに来客の方の通訳を任せ、耕作は滋悟郎たちに紹介をする。

 

「こちらの二人は柔道関係者で、背の高い彼がロイド。そして少年がグレン。二人は叔父と甥の関係に当ります。そしてロイドはアリシアに柔道を教えていた先生でもあります」

 

 アリシアの柔道を目の当たりにしていた虎滋郎はその師匠でもあるロイドに深く興味を持った。そして隣にいるグレンにも同じように関心を持っていた。

 

「こちらの彼は今回の世界選手権の男子代表で60kg以下級の優勝者でもあります」

「やはり代表のグレンくんだったのか!」

 

 虎滋郎がそう言うと柔をはじめみんな驚いていた。

 

「ご存じだったんですか?」

「同じ会場で試合してたんだから目に入る。それにいい柔道をしていたからな」

「そうなんですよ! 彼は俺がNYで見つけて絶対いい選手になるって思ってたんですよ」

「鼻が利く奴ぢゃな」

「褒め言葉と聞いておきます。でも、本当に驚いたんです。彼の柔道はアメリカのパワーを主体としたものじゃなく、柔よく剛を制すに近いものを感じたんです。そして彼がいたからアリシアにも辿りつけたんです」

 

 グレンを見つけて、ロイドとアリシア、そしてラスティと繋がった。女子柔道を世界的に広め向上させた貢献者に出会えたことは、耕作にとっても柔にとっても意味のあることだった。

 

「それで優勝者同士のインタビューのために家族を巻き込んだわけじゃないんだろう?」

 

 虎滋郎に言われ耕作は自信ありげな顔で頷く。

 

「もちろん。二人の柔道のルーツはロイドの父親なんですが、その父親に柔道を教えた人がすごかったんです」

 

 状況がまだ飲み込めない滋悟郎、虎滋郎、玉緒。

 

「ところで立ち話もなんですから、座りませんか?」

「突然、なんぢゃ」

「お茶を用意してますから」

 

 そう言うと、部屋の隅にいたホテル関係者が静かに部屋を出て行った。柔、滋悟郎、虎滋郎、玉緒が横並びに座り、耕作、ロイド、グレン、アリシアが向かい合わせで座る。すると、ドアが開き先ほど出て行ったホテル関係者がワゴンを引いて戻ってきた。

 一人一人、給仕をすると速やかに部屋から出て行った。

 

この緑のお湯、なに?

 

 グレンがそう言って変なものを見るように匂いを嗅ぐ。

 

臭いは悪くないな

 

 初めて見る煎茶を不思議がっていたが、その隣にある白い物体に方がもっと得体がしれなかった。

 

「滋悟郎さん、これ何だかわかりますか?」

 

 耕作は白い物体を指さす。滋悟郎は当然と言わんばかりに答える。

 

「豆大福に決まっておろう」

「そうです。これは扇屋の豆大福です。柔さんにさっき買って来てもらいました」

 

 滋悟郎の表情が少し変わる。何かに気づき、それが確信に変わろうとしていた。

 

「彼らの名字はデービス。滋悟郎さん、覚えてますか? 彼らはあのアーノルド・デービスの息子と孫なんですよ」

 

 滋悟郎、虎滋郎、玉緒は驚いて驚きすぎて目を見合わせて声も出せずにいた。反対にロイド、グレン、アリシアは何の事か分からず、ポカンとしていた。

 今度は耕作が英語で事情を説明した。

 

1936年ベルリン五輪。レスリングヘビー級の銀メダリストである、アーノルド・デービスは日本にいた時期があった。その時に彼は道場破りのようなことをしていたんだけど、とある道場でとてつもなく強い人に出会い弟子入りした。それがここにいる猪熊滋悟郎さんなんですよ

父から聞いたことがあります。五輪の直前にトレーニングのためにレスリングと似た柔道を学びに日本へ行った。体の小さな日本人は父の敵じゃなく、拍子抜けだったらしい。でも一人の偉大な日本人に出会い、全ての常識が一遍したと

それがジゴローなの?

 

 アリシアが未だに信じられないと言った顔で耕作を見ている。でも耕作の表情は自信ありげに笑っていた。

 

「デベソの息子なのか?」

 

 声が震えていた。滋悟郎がまだ結婚前。若い時に出会った、大きな体の外国人。力もスタミナも根性もある男で、滋悟郎最初の弟子と言える。彼はレスリングの選手だが強くなるために日本に来て柔道を学んだ。そして滋悟郎に出会い、世界が引っくり返った。小柄な滋悟郎に簡単に投げられ、その強さを知りたいと思ったのだ。

 

まさか、ジゴロー先生が父の先生だったなんて

 

 ロイドは滋悟郎の方へ駆け寄り、手を取った。そして握手をすると、抱き寄せて涙を流した。

 

「な、なんぢゃ」

父はもう他界してますが、その直前まで日本でのことを懐かしそうに語っていました。父にとって日本での出会いはかけがえのないものだったのだと知ったときには、詳しく事情を聴くことができない状態でした。私は父の教えで柔道を始めました。柔道家として花開くことはありませんでしたが、グレンと言う後継者を育てる事が出来ました

「デベソはもういないのか……あんなに大きくてよく食うデベソが」

父はヤワラがソウル五輪で金メダルを獲ったのを見て、泣いて喜んでいました。その理由が今、わかりました。思い出していたのですね。日本での日々を。そしてジゴロー先生の柔道を見れたことに感激していたんですね

 

 デービスはレスリングの選手でオリンピックに出場したものの、修行の甲斐なく銀メダルに終わった。せっかく教わった柔道を発揮することもできず、負けたことで不甲斐ない気持ちが心の奥にあり続けた。だから柔道にまつわる思い出は極力話さなかったのだろう。でも、柔道が好きだったから息子にも孫にも教えた。いつか日本で試合をしてまたつながりができれば、いつかどこかでその名前を聞く日が来るかもしれないと思ったのだ。「猪熊滋悟郎」という偉大な師の名を。

 

 

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