4月の全日本女子柔道選手権大会は柔のオール一本勝ちで幕を下ろした。体重別の時にはひやりとする部分もあったが、さやかが出場しなかったからか何事もなく勝ち進んだ。
その後、毎回注目されるのは五輪の無差別級開催についてだ。IOCのタマランチ会長は過去二回の大会で無差別級を開催した人物だ。今回も早々に無差別級開催を発表し、世界中が歓喜した。
柔道の代表選手の発表が行われる中、思いがけない人の姿が目に入る。それに記者たち含め柔も滋悟郎も首をかしげる。
「女子代表選手から発表を行います」
司会者がそう言うと祐天寺監督が緊張した面持ちで読み上げる。
「48kg以下級代表、本阿弥さやか」
会場がざわめく。誰もが代表は柔だと思っていたからだ。さやかは姿を現し、カメラの前に立つ。そして余裕の表情で席についた。その後も次々代表が発表された。
「無差別級代表、猪熊柔」
ここでも会場がざわめく。誰もが柔の二階級連覇を期待していた。だがまだ男子の発表が続き発言ができない。
やっと会見の時間になり、祐天寺は記者質問の前に発言した。
「前回の五輪でもそうでしたが、無差別級は最終日に決められており、重量級から行われる試合日程上、猪熊に二日連続で出場することは困難であるとの判断をした上で無差別級のみの代表とさせていただきました。本阿弥に関しては先の体重別での成績や過去の国際試合を見ても代表に選ばれるべき選手であることは明白であり、日の丸を背負って戦える十分な選手であると判断し今回はこのように代表選出をさせていただきました」
この説明に怒りをあらわにしたのが滋悟郎だった。
「そんな話は聞いておらんぞ!! 二日連続で試合してどうにかなるような鍛え方はしておらんぞ!」
「わかっておりますが、柔道競技は一日かかるものです。体力的にも集中力的にも一つの協議に集中していただいた方が、よりよい結果を残せると思いこのような決定をさせていただきました」
柔の強さを疑っているわけじゃないが、一つでも多く金メダルを獲るためにはそうした方がいいのだ。そして柔を無差別級に出場させ、日本の柔道を世界にアピールすることも目的に入っている。
「私では何かご不満でも?」
さやかはマイクを持つ。一斉に視線が集まる。
「私の強さは体重別でもご覧になったでしょう? それともそれが気に食わないとでもいうのでしょうか?」
滋悟郎はじっとさやかを見据える。何かを見定めるようにさやかを見て、それにさやかは視線を逸らすことなく応じる。
「よかろう。ぢゃが、出るからには金メダルぢゃ! わかっておるだろうな」
「当然ですわ! 私には金以外似合いませんもの。ほーほっほっほ」
この前、銀メダルだったのにとは誰も言えなかった。
◇…*…★…*…◇
耕作からの電話がかかってきたのは帰宅後すぐのことだった。
「今回は無差別級だけだったみたいだね」
さすがに情報は速い。
「ええ、48kg以下級はさやかさんが出場するの。あたしは別にいいと思うんだけど、おじいちゃんがちょっと怒ってたわ」
「ちょっと?? そんなもん?」
「すぐに静かになったの。やっぱりあたしの体力とかを心配してくれたのかしら」
「それならいいけど。なあ、滋悟郎さんはいる?」
「ええ、代わる?」
「できれば」
「待ってて」
柔は廊下を走って滋悟郎の部屋に行った。少しして滋悟郎が受話器を取った。
「なんぢゃ、わしに用か? 取材なら……」
「いえ、取材じゃなくてちょっと聞きたいことが。48kg以下級代表の事ですが滋悟郎さんは納得されてるんですか?」
「しておるわけなかろう。しかし、全柔連の決めたことに逆らえるわけもないからの。それにさやかお嬢様は強くなった。ソウル五輪では悔しい思いをしたぢゃろうから今度こそ金メダルを獲らせてやるのもいいかもしれんのと思ったのもあるがの」
「強さはお認めになると?」
「あれだけの執念とあれだけの努力をしてきたんぢゃ。柔には及ばないが日本の柔道界を背負って立つことができる選手であることは間違いないぢゃろう」
「そうですか。これはアリシアとの試合が楽しみになりますね」
「アリちゃんも出場は決定したのか?」
「ええ、48kg以下級です。本人は柔さんとの試合を楽しみにしているみたいですが」
滋悟郎はニヤッと笑う。
「滋悟郎さん? どうかしました?」
「松ちゃんよ、いい考えがある。アリちゃんにそれとなく伝えよ」
「なんですか。妙なことには手を貸しませんよ」
「妙ではない。ただ、妙案ぢゃ」
コソコソと電話口で何かを伝える滋悟郎。それを聞いた耕作は一瞬、あまりにも卑怯じゃないかと思ったが見てみたいとも思った。
「伝えますけど、アリシアがそうするとは限りませんよ」
「あやつならやるぞ。よろしく頼むぞ」
ガチャンと受話器を置く。その音に柔は飛んできた。
「電話切っちゃったの?」
「要件は終わった。ほっほっほ。楽しくなりそうぢゃの」
嫌な予感しかしない笑いに柔はいぶかし気に見つめた。