花園一家が帰った後、柔は自室で荷物の最終確認をしていた。お腹も少しだけ大きくなってきたので、今までのように動けないのはもどかしい。それでも何とかあらかたまとめ終えて、ベッドに座ってアルバムを見ていた。
するとドアのノックが聞こえた。
「俺だけど、入ってもいい?」
「どうぞ」
耕作がそろりと入ってきた。
「どうしたの?」
「いや、俺今まで柔さんの部屋に入ったことないなって思って」
「そう言えばそうかも。でも、もうあんまり物がないけど」
ガランとした部屋にはベッドと机、タンスなどの大型家具があるだけ。
「荷造りは大体終わったようだけど、何してたの?」
「これ見てたの」
柔は1冊のアルバムを見せた。写真屋で貰う簡単なアルバムだった。
「アルバム? 見ていい?」
「うん。全然まとめてなくて乱雑なんだけど」
NYに行ってからゆっくり写真とコメントを入れてまとめて行こうと思っている。バルセロナ五輪後からの柔と耕作の記録だ。
最初のページには自由の女神と柔、耕作の姿があった。恋人同士になって初めてNYでデートをした。そして着物姿の柔。
「これって……」
「紅白の審査員やったときに着させてもらったの。鴨田さんが取材で来ててついでに撮ってもらったのよ。素敵な着物でしょ」
「とても綺麗だよ」
「着物が? あたしが?」
「そりゃ柔さんが」
聞いておきながら欲しい答えが返ってくると照れてしまう。言った耕作も照れている。
93年全日本で優勝した時の写真や初の実業団での試合の写真が続き、なぜかテレシコワとも写真を撮っていた。
「邦子さんに撮ってもらったのよ。この後に、東京戻ってからおじいちゃんと3人であんみつ食べに行ったのよ。テレシコワさんって結構甘いもの好きみたいで、おしるこ食べたときも気に入ったみたいだし」
「おしるこ? それっていつの事?」
「92年の全日本の前かしら。ソビエトが崩壊して五輪に出られなくなったから、試合して欲しいって会社に訪ねてきたの」
「それで、どうしたんだい?」
ちょっと興奮気味の耕作に柔はあきれ顔。
「試合したわよ。でも、テレシコワさんはそれまでトレーニングをあまりしてない状態だったんで、あたしも本気を出せなかったの。それでおじいちゃんに発破かけられて、五輪に向けてトレーニングする決意をしたみたいで就職を蹴って帰ったのよ」
「それが真相かー!! せっかく日本で就職できたのになんで帰国したんだろうと思ったんだよ。二人とも内緒にしてたんだな」
「だって、テレシコワさんのことなんで勝手に話すわけにはいかないじゃない」
「それもそうか。あ、これはカナダに行ったときのだな」
湖でのツーショットやジョディとルネとの写真もある。ジョディの引退会見後なのだが、マスコミに追われることもなく穏やかに過ごせた。
「あ! これ!」
耕作は声を荒げる。というのも、写真には着物姿の柔とレオナルドが写っていたからだ。
「例のお見合いの写真だろう! 随分、嬉しそうに写ってるけど」
「やきもちやいてるの?」
「そんなんじゃ……」
「そりゃ、仕事とはいえ綺麗なお着物着せてもらってあのレオナルドさんと会えたんだもの、嬉しいに決まってるじゃない」
「そんなもんかね」
「耕作さんも憧れの人に出会ったらそうなるわ」
「憧れの人ね……」
「聞いたことないけど、女優さんとかアイドルとか興味ないの?」
「ないなー。俺のスターはみんなスポーツ選手だから」
「ふーん」
「なんだよ、信じられないってっか?」
「部屋にあったあの雑誌とかビデオは何だったのかなって」
「あの雑誌? ……あ!」
思い当たるのは日本にいたときに部屋に置いてあった、沢山の成人雑誌。柔は高校生の時と社会人になってからの二度、耕作の部屋を片付けていてそれを見ている。
「あれは鴨田が持ってくるんだよ。断じて俺のじゃない。その証拠にNYにはなかっただろう?」
「そうだけど、あれはファンだから持ってたわけじゃないのね」
「まあ、なんというか違うな」
「じゃあ、男の人は何のためにあんなもの持ってるの?」
「いや、それは……」
子供のような瞳でなんてことを聞くのだろうかとうろたえていると、柔は急に笑い出した。
「からかったのか?」
「ごめんなさい。でもね、あたしあの時は本当にわからなかったのよ」
「高校生の時?」
「うん。だってもしそれをわかっていたら、アパートに泊まると思う?」
「泊まらないな」
「でしょ。高校生だけどかなり世間知らずなところがあったから。巌流寺高校と試合したときも言いようのない気持ち悪さはあったけど、それが何かはわからなかったし」
「思い起こすとそんな感じだな。最初にひったくり犯を巴投げした時も、パンツ丸見えだったしな。結構無防備だなって思ってた。まあ、俺が紳士だったからよかったけど、そうじゃない男だったらどうなってたか」
「守っていただいてありがとうございます」
柔は自覚はないだろうが、お嬢様で箱入り娘だった。思春期ごろには母親は不在なことが多く、祖父は柔道と生活態度以外に口は出さない。恋愛に関しては目を光らせていたが、柔が男女のことについて夢を見ているのならそのままでよいと考えていたのではないか。祖父が教えるようなことではないし。
「俺が骨折した時にも片付けてもらったよな」
「あの時はさすがにわかってましたよ。短大に入ってちょっと大人の世界に触れて……」
「何それ、聞いたことないけど」
「え? それはその……富士子さんとねサークルでディスコに行ったのよ。その時に一緒に行った先輩がお尻を触って来て」
「なんだって!」
「でもね、あたしとっさに一本背負いしちゃって」
「は?」
「逃げるように出て行ったの。もう、本当に恥ずかしかった」
「気の毒な奴がいたもんだな」
「それから、マリリンの仕事の事とか会社の同僚の話とか聞いて知っていったのよ。だから耕作さんん部屋にあった雑誌やビデオの意味もわかってたけど仕方ないのかなって思ってた」
「ご理解いただいて感謝します」
「いいえ。できれば目につかないところにおいてくれると、助かります」
「だからNYの部屋にはないよ」
「本当に?」
「本当だ」
アルバムはアリシアとの試合の写真と続き、富士子と茶畑での一枚もあった。
「静岡に行ったときに撮ったのよ。お茶摘み体験もさせてもらって……」
「学校の先生、投げ飛ばしたんだろう?」
「そうなんだけど……なんで知ってるの?」
「花園から聞いたよ。富士子さんや花園のために戦って。子供たちにもいい影響を与えたって花園が興奮気味に教えてくれたよ」
「もー恥ずかしいから黙ってたのに」
「いいじゃないか。俺はそういう柔さんもいいと思うけど」
「またそんなこと言って。耕作さん、アメリカに行って性格変わったんじゃないの?」
「悪い方へ?」
「ううん。いいと思う」
柔は立ち上がりクローゼットを開ける。耕作は残りのアルバムをめくり、結婚式やアトランタ五輪の写真を見て微笑んだ。そして最後のページに挟まっていた写真がひらりと落ち、拾い上げると写し出されていたものを見て驚いた。
「な!」
「ねえ、これ覚えてる?」
明日の投稿で本編最終話となります。
エピローグもありますので、終了まであと2話ということになります。