2月に入ったがNYはまだまだ寒い。息も白く凍る中、耕作は柔に貰ったマフラーを巻いてと「スパイスガーデン」と言うレストランに入った。やや薄暗い店内はオレンジ色の間接照明が柔らかい雰囲気を作っている。その雰囲気に相反するように、スパイスの刺激的な香りが鼻をつく。最初はなれなかった耕作だが、1ヶ月の間に何度か通う内にもう慣れてしまった。
「コーサク、こっちこっち」
店の奥に見慣れた顔が手を上げた。ボサボサの金髪で眼鏡を掛けて表情がよく見えないが、前髪の奥は愛嬌のある笑顔で微笑むとまるでハリウッドスターのようだと、耕作は思っていた。本人には「コーサクは目が悪いの?」と心配された。
「久しぶりだな、デイビッド」
「コーサクこそ忙しかったのか?」
「それなりにな。冬でもアメリカはスポーツ大国だから何でもやってるよ」
「大変だな、でも仕事があるのはいいことだ」
「まあな。ところでイーサンはそんな端っこで何をしてるんだ?」
店の隅のテーブルの更に端っこで壁に向かってイーサンは丸まっていた。黒い癖のある髪はいつもなら綺麗に整えてあるのだが、今日は目に見えて無造作にしている。
「そっとしておいてやれ、コーサク。イーサンは昨日、見事なまでに……」
「フラれたんだよ~‼」
突然の大声と顔のアップに耕作は椅子から落ちそうになるが、何とかこらえてイーサンを見つめた。
「良い感じになったと思ってたんだ。告白するならバレンタインがうってつけだと思って、花束を買って思いを伝えたら……友達としか思えないなんてー‼」
イーサンの顔はみるみる崩れて行った。デイビットの話によると、店に入るなりこの調子で黙って死んだようにしているか、泣き喚いてているかどちらかなのだそうだ。
「そう落ち込むなよ。女の子は他にもいるよ。君の魅力がわからない子なんて時間の無駄さ」
「それでも、好きだったんだ」
デイビットはお手上げと言った様子で耕作に視線を送る。耕作も苦笑いしかできない。
「ところでコーサク。店に入ってきたときからとてもニヤけた顔をしてたけど、君の方は上手くいったということかい」
イーサンは顔を上げて、大きな目をギョロリとさせて耕作を見た。彫の深い顔に更に深い影が出来て、迫力満点だ。
「い、いや。そういうわけじゃ」
「嘘を吐くと、俺はもっと泣くぞ」
耕作はイーサンの眼力に逆らえず……と言うよりは、元々話すためにここに来たのだからニヤけた顔全開で話しはじめた。
「昨日、バレンタインだっただろう。日本にいる彼女からこれが届いたんだ」
自慢げに見せたのは茶色のバッグ。丈夫で軽い素材の布を使用し、大きさも程よく記者の耕作が使いやすいようなショルダー型のバッグだった。
「なんで彼女からバッグが届くんだ?」
「チョコはさすがに送れないって言うから、チョコ色のバッグにしたって言ってたけど」
「なんでチョコを贈るんだ?」
「は?」
耕作とデイビットの間には何かが食い違っている。お互いにかみ合わない何かを感じながら首を傾げている。
「バレンタインは男が恋人や好きな人に花やお菓子をプレゼントする日だぞ。お前はそんな日に彼女に物を貰うなんてどういうつもりだ」
恨み言でも言うようにイーサンはテーブルのうつ伏せになったまま言う。声は心なしか低い。
「に、日本では女の子が好きな男にチョコをあげて告白するんだよ。アメリカは違うのか」
「違う!逆だ、逆。男から女にプレゼントをするんだ。恋人や好きな人に。だから俺はこんな風に落ち込んで……それなのにお前は幸せそうで……」
「わーごめん。そんなつもりなかったんだ」
「本当か?」
「ああ、まさかイーサンがこんな状態とは知らないから……」
「だったら、今日は俺を慰めるために奢れ!」
「え?まあ、一杯くらいなら」
イーサンはニヤリと笑うと、元気よく店員を呼んでオーダーした。その姿に耕作はあっけにとられる。
「お、今年はコーサクがイーサンに奢る羽目になったか」
黒人の大男モーリスが白い歯を見せて笑う。その目にはコーサクへの哀れの気持ちが滲み出ていた。
「どういうことだ?」
「イーサンは毎年バレンタインに告白してはフラれて、誰かに酒をたかるんだ」
「去年は僕さ」
「一昨年はオレ」
「その前は私」
と、突然会話に入ってきたのは耕作は見たことがない人。長い赤毛のストレートに大きな魅惑的な瞳、すらっとした鼻、赤くセクシーな唇。体は細身で足は長い。女優のようなその人はニッコリとほほ笑んでいる。
新キャラ複数登場しました。
「デイビット」は金髪メガネでよく見るとイケメン。
「イーサン」はユダヤ系アメリカ人でお調子者。