「久しぶり!ジェシー」
デイビットはジェシーとハグをした。イーサンもそれに続く。
「あら、あなたは見たことない顔ね。私はジェシーよ。よろしく」
「俺はコーサクだ。去年からNYで暮してる」
「ワオ!じゃあ、まだあまり慣れてないのね。それなのにここに辿り着くなんて、センスあるわ」
「俺が教えたんだ」
「モーリスが?どういう風の吹き回し?あなたはここに同僚ですら一緒に来ないでしょ」
「同僚だからだよ。彼らとは別の店に行くんだ。ここはそれ以外の仲間と飲む場所と決めてる」
「その考えはわからないでもないわ。私もここに家族は連れて来たくないし」
瞳に影が出来る。何を思ってそう言ったのかはわからない。
「ところで、コーサク!あなた新聞記者なんだって?」
「ああ、日本のスポーツ新聞の記者だ」
「でも、アメリカにいるってことはそれなりにすごい新聞社でしょ?そしてあなたもそれなりにすごい記者なんでしょ?」
物凄い期待の目で見られるが、耕作は目を逸らす。
「いや、三流新聞の三流記者さ」
ジェシーはニッコリと笑い、自信満々で耕作に言い放つ。
「じゃあ、私がコーサクを一流の記者にしてあげる!」
「何を言って……」
「今、写真はどうしてるの? 相棒がいるの?」
「いや、うちの会社にそこまでの予算がないから俺が撮って送ってる」
「カメラの腕はいい方なの?」
「いや、素人レベルだよ」
「それだから、ここでいい記事を書いても写真付きで載せてくれないんじゃない。いい記事といい写真があれば大きく紙面を取れてあなたはもっと評価される。違うかしら?」
「日本人はさほどアメリカのスポーツに興味がないみたいで、紙面はあまりさけないんだ」
「それでもあなたがここにいるってことは、興味ある人もいて知りたい人もいるってことよね? その人たちを満足させられる記事をあなたは書いてる?」
耕作は気づく。ただ伝えるだけじゃだめだ。アメリカのスポーツをどれだけ熱く面白く伝えそして日本人の興味を向けさせるか。興味がないなら持たせればいい。かつて女子柔道が男子柔道の陰に隠れていたが、柔の存在によりあっという間に日本中は熱狂し大ブームとなった。それに少なからず貢献したのは、耕作だ。
「いや、書けていない。アメリカに来てスポーツのレベルの違いに圧倒されてはいるが、それを伝えることはまだできてない」
ジェシーはニヤリと笑う。そして耕作に詰め寄る。
「私と組まない?」
「どういうことだ?」
「私、カメラやってるの。どこにも所属はしてなくて気の向くままに写真を撮ってきた。対象は主に、動物や虫。動く生物が好きなの」
「俺は人間をしかもスポーツ選手を撮って欲しいんだが」
「もちろんわかってるわ。私は今、人に興味がある。しかも、スポーツ選手。アメリカ内だけでも様々なスポーツが開催されてて、各地に行っては写真を撮ってる。彼らの本気の表情や一瞬の技、悔しそうに歪む顔の全てが愛おしいわ」
「だから仕事にしたいってか?そんな甘いもんじゃない」
「わかってるわ。でも、私にも何かを伝えることが出来るんじゃないかと思ったの。何かを変えることが。コーサクは日本の記者だって知って、私の写真が日本人に見られるならそれは素晴らしいと思ったわ。だって、アメリカのスポーツをもっと他の国の人にも知って欲しいもの。そうすればきっとお互いにレベルが上がるわ。知らなければ変えられないもの」
耕作はジェシーの言葉に耳を傾ける。その熱意は本物かどうか。
「オリンピックを見たわ。身体的な能力はある。アジア人と欧米人ではやはり体格差は歴然だし、それを埋めるために何をしたらいいか私にはわからない。でも女子柔道を見た?日本の小柄な女の子が倍以上も体重がありそうな女性を背負って投げたのよ。信じられないわ。あの瞬間、電気が走ったの。体が震えたのよ。越えられない壁はない。身体的な問題をクリアできるだけの技や工夫をしている。それは柔道だけに当てはまるものじゃないはずよ。その第一歩は情報。アメリカの選手がどんな記録を持っているか、どんなトレーニングをしているか、それをしればアジア人も別のアプローチをして越えて行けるわ。そのための手助けがしたいのよ」
ジェシーのいつになく熱い演説に、耕作以外の面々も思わず聞き入っていた。そして耕作は一言言った。
「写真が見たい」
「え、ええ。もちろんそうよね。これだけ大口叩いて酷い写真だったら間抜けだものね」
ジェシーは鞄の中からファイルを取り出すと、テーブルの上に載せた。相当な量があったがこれは一部だという。
パラパラとめくる耕作。最初は主に動物と虫、鳥、レーシングマシンなどだった。その後からアメフト、陸上、野球、自転車などのスポーツ関連の写真が出てきた。
「うちの会社は三流で人を雇う余裕はないんだ」
「じゃあ……」
「日本は好景気の時代が終わって不景気となって、新聞も売れなくなってきている。特にスポーツ新聞は売れないし、日本のスポーツ新聞ってのは大半が芸能人のゴシップとかでまともにスポーツを伝えるのは、プロ野球の時期とかオリンピックとか大きな大会がある時くらいだ」
「そうなの……」
「アメリカの記事も少なく、写真を必要としないことも多々ある。だから俺が一人でこっちに来ている」
ジェシーは目に見えて落胆している。写真がダメだったのか。
「ただ、君の写真はとてもいい。さすが動く被写体を撮り慣れているだけある。いい部分を切り取って写真に残している。俺としては君の写真は俺の記事と通じるものがあるし、一緒に掲載できれば相乗効果は見込めると思う。だから、最初は写真だけを買い取らせてくれないか?」
「どういうこと?」
「俺はカメラマンじゃないから、いい写真がない時は写真を買ってるんだ。写真を売る専門のカメラマンがいて、その写真を世界中の人が買える会社がある。だから君がそこに所属すれば一番手っ取り早いんだろうけど、君の写真を他の記者に渡したくない!それだけいい腕を君は持ってる!」
「と、言うことは、私と組んでくれるってこと?」
「当面はいい写真だけを買い取るってことでどうかな? いい写真が君のだと分かれば会社が正式に雇うかもしれない。保証は出来ないけど」
「ええ、構わないわ!私はどこかの知らない人が私の写真を使うのは嫌なの。同じ志を持った人じゃないと私の写真も死んでしまうから」
「でも、交通費や宿泊費は出せない。車で一緒に行けばいいけど、飛行機や列車は申し訳ないが無理だ。ただ記者と一緒ならスタジアムには入れる」
「そんなの、全然構わないわ!スタジアムに入れさえすれば。いい場所でカメラを構えられればいいのよ!」
「話しはついたようだな。じゃあ、ジェシーも飲むか?」
「もちろんよ。今日はお祝いよ!あ、注文お願-い」
有頂天のジェシーは勢いよく手を上げると、それがファイルに引っかかり耕作の方へ滑り落ちてきた。しっかりファイリングされている写真は落ちる心配はないと思っていたが、一枚だけひらりと落ちた写真があった。
「これって?ジュードー?」
デイビットがそう言いながら写真を耕作に見せる。その写真には子供たちが柔道着を着てみんなで畳の上で集合写真を撮っているものだった。真ん中には先生なのか体格のいい女性と小柄な男性が映っていた。
「あ、それは知り合いに頼まれて撮ったのよ。集合写真なんてつまらないけど、頼まれたら断れないじゃない」
そう言うと、ジェシーは写真をすばやくバッグにしまう。
「ジェシー、アメリカでは柔道人口がそんなに多くないって聞くんだが、道場や大会なんかはあるんだろう?」
「え?そうね。NYにも道場はあるわ。大会も。そう言えば今度の日曜日に学生大会があるみたいよ」
「へー、行ってみるかな。ジェシーも行くだろう?」
「私はその日はちょっと……」
「まあ、急だからな。取材って言うよりは個人的な興味だから構わないけどな」
「仕事はちゃんとするわ。どこにでも行くし!」
「ああ、頼むよ」
耕作はNYでの暮らしに慣れて友達も出来た。しかし彼らにも柔のことは言っていない。モーリスは知っているが意識的なのか柔の話題は出さない。打ち明けるタイミングは耕作に任せているということだろう。耕作の心の準備が出来るまでは……。
新キャラ登場しました、
「ジェシー」は赤髪のカメラマンです。カメラの腕はまあまあです。