YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.2 テロは卑怯だ

 柔は邦子の言葉を信じて、仕事に戻った。

 不安な一夜を過ごしたご家族がいるはずだ。少しでも力になれたらと、電話応対をしていると気づけば外は夕方の色をしていた。

 

「猪熊くん、もう上がっていいよ」

 

 ヘロヘロでボロボロの羽衣がそう言うと、柔は「そんなことできません」と言うが辺りを見れば女子社員の多くは帰り支度を始めていた。

 

「もう、大方連絡はついたし大丈夫。あとは私達の仕事だから」

「でも……」

「心配いらない。君は稽古もあるし、早く帰りなさい」

 

 柔は渋々帰り支度をした。会社に残っている男性社員は倒れてしまいそうなほど疲れ切っていた。それでも帰れないほど、混乱は続いている。

 NYはもっとひどいのだろうか。タクシーから見たワールドトレードセンターは遠目なのにとても大きくて驚いた。東京にも大きなビルはあるがそのどれとも比べ物にならないほど、大きくて立派だった。NYの象徴のようなそんなビルだ。

 多くの人がいただろう。多くの悲しみが生まれただろう。言葉にするのは簡単だけど、その悲しみは計り知れない。柔は悔しいとさえ思った。卑怯なテロ行為に生み出すものなど憎しみしかないのではないか。悲しみしかないのではないか。

 柔の歩く足が止まる。辺りは土曜日だけあって人は多い。ここでもしテロがあったらと思うと、本当に恐ろしい。理由もなく殺されるなんてあってはいけない。柔は今まで自分がそんな世界で生きているなんて思ったこともなかった。いかに安全で平和な国に生まれて、その優しい人たちに囲まれていたかを実感する。

 一方、会社では羽衣はデスクの上で眠っていた。と言うよりも気絶に近いかもしれない。午前3時に起こされてからずっと起きてる。その上、食事もとっていない。

 

「羽衣課長代理。おにぎり買ってきました。何がいいですか? 梅、昆布、ツナマヨ、おかかとありますよ」

 

 幻聴かと思って起き上がると帰ったはずの柔がいた。

 

「どうしたんだい? 忘れ物か?」

「いえ。もう、帰ります。でも、みなさん食事もしないでいますので。差し入れです。お茶も入れますね」

「ありがとう」

 

 柔はお茶を入れると会社に残った社員たちにも声を掛けた。

 

「ありがたい」

「助かるよ」

 

 口々にそう言われて柔は役に立てたことへの嬉しさが込み上げる。自分は無力だ。でも、これくらいは出来る。これくらいのことなら。

 今度こそ、柔は家に帰った。玄関を開けるなり玉緒が飛んできた。

 

「おかえり柔。お昼ごろにね、松田さんから電話があったのよ」

 

 柔の心臓は大きく鼓動する。

 

「それで、なんて言ってたの?」

「無事でいるから心配しないでって」

「実はあたしも日刊エヴリーに電話して安否確認はしたの。それで無事だって聞いてたんだけど、本人からの電話ならより安心ね」

 

 それでも声が聞きたかった。玄関先にある電話を見つめる柔。電話をしてみようか。でも、今は寝てる時間かもしれない。

 

「松田さんはそんなことで迷惑に思う人じゃないでしょ」

「な……お母さん、あたし何も言ってないし」

「見てればわかるわ」

「おじちゃんお風呂に入ってるから。かけるなら今よ」

 

 柔は受話器を取った。メモを見なくても覚えている番号。国際電話はお金がかかるから、いつもは耕作から掛けることになっていた。耕作の電話は日刊エヴリーが支払いしてるからかけ放題なのだという。でも、柔からも何度か掛けたことがあるが、それを咎められたことはない。

 コール音が聞こえる。いつもより大きい気がする。

 

「ハロー」

 

 耳に耕作の声が聞こえる。直ぐ傍にいるみたいに感じる。それだけで胸がドキドキする。

 

「あの、松田さん?」

「ん? その声は柔さんかい?」

「はい。あの……」

「無事だよ」

「え?」

「NYは混乱してるけど、俺は無事。怪我もしてない」

「本当に……? どこも痛くないですか?」

「痛いよ」

「やっぱり怪我を?」

「違うんだ。NYで出来た友人があのビルで働いてて、ちょっと怪我したんだ。病院に付き添ったんだけど、病院もそこら中で泣き声や叫び声がして、地獄絵図のようだった。俺は日本で暮してNYに住んでもテロとか他人事だって思ってて、治安の悪さには警戒してたけどあんなことが起こるなんて信じられなくて。現場に行ったときあまりの悲惨さに胸が痛んだ。それなのに何もできなかった。怪我人を助けることも、励ますことも、出来なかった。俺は無力だなって思ったら、眠れなくて」

「あたしも今日、会社で旅行中のお客様のご家族と連絡を取ってたんです。みなさんとても心配されてて、でもあたしには何も出来なくて、会社の人は一生懸命現地と連絡を取ってるのにあたしは何もでき……」

 

 柔は泣いていた。さっきも思った無力感。耕作も同じ思いを抱いていた。現地にいる彼がそう思えるほど、NYは混乱しているのだろう。

 

「柔さん……みんなそうさ。テロは卑怯だ。人が人を殺すのに理由があっても許されないが、理由がないのはもっと許されない。個人的な恨みとか憎しみじゃなく、主義主張のための大量殺戮は何も生み出さない。残るのは悲しみ、憎しみ、無力感さ」

「松田さん、あたしは怖いです。またテロがあって今度も巻き込まれずにいれる保証はないでしょう。だから……」

「柔さん、それはどこにいても同じだよ。NYではテロは起こった。日本で起こらないとは限らない。俺も怖いよ。でも、怯えてても仕方ないから」

「そうですよね……」

「でも、寂しい時も怖い時も俺は君の声で安心できるから。電話するよ」

「あたしも! あたしも電話します。声が聞きたい時には電話します」

「うん。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 受話器を置くと、滋悟郎の陽気な声が聞こえてきて一気に日常に戻った気がした。柔は疲れ切った体を引きずって着替えに部屋に入って行った。

 それからは滋悟郎にも耕作のことを話題に出され、富士子からも電話で耕作の安否を聞かれた。皆が心配している。でも、無事だったからよかった。

 

 

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