YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.2 和解の時

「この前はごめんね」

 

 突然の謝罪に柔は何のことだかわからない。邦子の丸メガネに炎が揺らめく。

 

「NYのテロの時のこと。あたし、柔ちゃんに嘘ついたの。電話してくれた時、本当は耕作、連絡が取れてない状態で編集長もいろんな伝手を使って安否確認してたんだ。でも、あたしあの時、大丈夫って言っちゃって」

「なんとなくわかってました」

「柔ちゃん、あたしの嘘のつき方の癖でも見つけたの? でも、それでも不思議じゃないわよね。長年あたしが嘘をついてきたのは事実だし」

「そう言うことじゃないんです。電話で邦子さんの声震えてたから。もしかしたら何かあったのか、何もわからないのかのどちらかも知れないって思ったんです。でも、邦子さんなら松田さんに何かあったら絶対に教えてくれるだろうから、あたしは邦子さんの言葉を信じたんです。実際に、あたしがNYに行ったところで何も出来ませんし」

「耕作は、あの日ねNYのアパートにいたんだって。テロの一報が入って直ぐに取材にでたんだって。その時に友達が怪我してるのを知って病院まで付き添ったりしてるうちに時間が過ぎて、会社への連絡が遅れたって言い訳してたらしいの。皆どれだけ心配したと思ってるんだか」

「松田さんらしいですよね」

「そうなのよね~優しいから放っておけないのよ。あたしをギャングから助けてくれた時もそうだったわ」

「ギャング?」

「あれ? 聞いてない? バルセロナであたし誘拐されて売り飛ばされそうになってたところを、耕作が助けに来てくれたの」

 

 邦子は楽しげに話す。当時は恐ろしい出来事だったが助かった今では、貴重な体験をした自慢話みたいになっている。

 

「それって……」

 

 柔の言わんとしてることは邦子にもわかった。

 

「あ、うん。あの夜の前だから48kg以下級の日……」

 

 その日、柔は天国と地獄を繰り返した。耕作がいないことで不安はあったが、プレスカードの写真に勇気づけられ金メダルを獲得し、虎滋郎と再会を果たした。

その夜、柔は耕作に会いにホテルまで行くものの、バスタオル姿の邦子と鉢合わせし、二人の深い関係を見せつけられ耕作に会えることに浮かれていたことがバカらしく感じながらも、涙が止まらず大雨の中を傘も差さずに歩いていた。

しかし途中で邦子と再び出会い、今までの耕作とのことは全て嘘だと打ち明けられた。邦子は嘘を本当にしていきたいと思っていたみたいだが、耕作の気持ちは邦子には向いていないことを知って諦めたのだ。そして耕作の気持ちが柔にあることもこの時、邦子の口から聞かされ柔は信じられない気持ちでいっぱいだった。

 

「柔ちゃん!」

「は、はい」

「あたしのこと可哀そうとか思ってない?」

「思ってないです」

「気の毒なことしたなって思ってない?」

「思ってないです」

「あたしのこと嫌いだって思ってない?」

「思ってないですよ」

 

 柔は微笑んでいた。

 

「ほんと? よかったー」

 

 ずっと苦手だった。敵対心を向けられているのは分かっていたけど、その理由が当初は分からなかったから。嫌われるようなことをしたのだろうか。でも、心辺りはなかった。次第にその理由が耕作にあると知った柔は、誤解だと思っていた。二人の仲を壊そうとなんてしてないし、邪魔しようとか思ってなかった。でも敵対心を向けられれば向けられるほど、気になってしまうのだ。自分の行動が耕作の気を引くためのものだと思われるということは、邦子の目からは柔は耕作に好意があり、それが邦子にとっての脅威だったのだ。

 柔は自分の行動が耕作によって変わっていることを信じたくはなかった。そんなことは好きじゃなきゃありえない。でも、柔は頑なに耕作への好意を認めなかったのだ。本当はずっと前から好きだったのに。

 

「あたしの方こそ、はっきりしなかったせいで邦子さんを傷つけてしまって申し訳ないと思ってます。邦子さんがいなかったらあたし、自分の気持ちに気づけなかったかもしれない」

「え? じゃあ、あたし自爆したの?」

「そう言うわけじゃないと思いますけど」

「あ~いいの。こういうこと結構よくあるのよ。あたし、思い込みが激しくて突っ走るタイプだから自分では色々考えてるつもりが結果、悲惨な結果に終わることなんてよくあることなの」

 

 言ってて悲しくなる。酒も進んで口も饒舌になる。

 

「あたしさ、一人っ子なんだけど柔ちゃんは大切に育てられたって感じだけど、あたしはただ甘やかされてきたタイプ。特にパパへのおねだりの方法ってわかってて、パパもわかっていながらつい甘やかすのね」

 

 柔は幼い頃に父が家を出て祖父に厳しく育てられたせいで、人に甘えることが苦手だ。だから邦子のことが苦手だったけど、羨ましいとも思った。

 

「わがまま言って手に入るものは何でも手に入れてきたの。さやかさんも同じタイプだけど、あっちは財力があるからもっといろんなものを手にできたと思う。でもその分、むなしさも感じていたみたいね。あたしはそこまでじゃないし、どうにかしたら手に入るものには必死にしがみついてたような気がする」

 

 柔から何か言うことはできない。

 

「誤解しないでね。未練があるとかじゃないの。あの頃のあたしって本当に子供みたいに駄々こねてわがままいえばどうにかなるって信じてた。今までがそうだったから。耕作のこともそうやって手に入れようと思ってた……無理だったけど」

「邦子さん……」

「思い込んだら意地でも欲しくなって、好きだったけど変なプライドもあって、結局玉砕したってわけ。耕作はさ、損得考えずに動くタイプだからあたし勘違いしちゃったんだよね。優しくしてくれたのはあたしのことを好きだからって。でも、そうじゃなかった。鴨ちゃんと同じだった。同僚よね。仕事上の相棒。既成事実を作っちゃえばこっちのものだって思ってたけど、そんなことにもならなかったわ。あたしが誘ったのに、一切見向きもしなかったのよ! ありえないでしょ」

 

 ビールをグイっと飲むと、邦子は続けた。

 

「誠実で真面目でよく記者なんてやってるなって思うわ。あんな汚い世界で熱意だけでやってる。あたしと最初に仕事した時、耕作はあたしの写真をダメだって言ったの。熱意が感じられないって。ピントや構図はいいのに熱意や執念が見えないって……説教されたわ」

「漠然としたものですね……」

「そうなの! その時は全然わからなかった。耕作はね、これから自分と組むからには柔ちゃんを撮ることになる。柔ちゃんが放つ一瞬の輝きをその時のあたしには撮ることが出来ないって言ったの」

「松田さん……」

「その時、あたし、耕作のこと好きになったの」

「え?」

「初めて男の人にそんな風に怒られたの。甘やかされてチヤホヤされてきたでしょ、いやらしい目で見られることもあったけど怒られた事ってなかったから新鮮だった。この人には下心のない熱意がある人だって思った。同時に、絶対欲しいって思ったの」

 

 柔は言葉が出ない。どんな顔をしていいのかもわからない。

 

「それにあたしはうぬぼれてたから、絶対に耕作もあたしを好きになると思ってた。耕作が夢中なのはスーパースターの柔ちゃんで女性としては見てないって思ったんだけど、初めて柔ちゃんに会った時、『あ、この子は耕作のこと他の記者とは違う目で見てる』って感じたの」

「そんなこと……」

「ううん。あたしが入社する前に何かあったでしょ。あたしには知らない過去が二人にはある。それだけであたしには脅威なの。憧れから恋になることはよくあるわ。だからあたしは柔ちゃんを攻撃対象にしたの」

 

 申し訳なさそうに柔を見つめる邦子。

 

「邦子さん、あたし……」

「5年かしら。本当にひどいことしたと思う。でも柔ちゃんってあたしが何か言っても困ったような顔をしても、敵意を向ける事ってなかったわよね」

「それは、二人が付き合ってると思ったからあたしのほうが邦子さんを不快にさせているなら申し訳ないと思っていたので」

「でも、たった一度だけあたしに敵意を向けたことあったわよね」

 

 柔は驚く。気づかれていないと思っていたのに。

 

 


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