柔の荷物を耕作が引き受け、空港の駐車場に向かった。日本ではバイク移動が多かった耕作だがさすがにアメリカでは車移動となった。小回りがきくバイクの方が耕作としては便利なのだが、長い移動を要するアメリカでは車で寝起きすることもあるし、急な雨や風に左右されない車が重宝される。とはいっても、会社所有の車でとてつもなくボロい。乗り心地だってよくない。車検がないアメリカでは動けば乗れる車は、生涯現役なのだ。
「荷物はトランクに入れておくから、必要なものは持っておいて。パスポートとか現金とか」
「はい」
柔がバッグの中のものをチェックしていると、左の手首に見覚えのあるものが光った。
「あ、それ、付けてくれてるんだ」
「もちろんですよ。せっかくお誕生日に頂いたんですから」
柔は耕作から貰った腕時計を大切そうに触れる。小さな白い文字盤の淵はピンクゴールドの枠があり文字はローマ数字で書かれていた。バンドは細い革製で女性らしいワインレッドをしている。誕生日を知っていてくれたことにも感激だが、わざわざNYからプレゼントを送ってきてくれたことにも感激したのは、3週間ほど前のことだ。
「松田さん、あらためてありがとうございます」
「いや、柔さんと一緒に選べたらよかったんだけどそう言うわけにもいかなかったから。趣味とか全然わかんないし、好みに合わなかったら申し訳ないと思ったんだが」
「そんなこと気にしないでください。それにこの腕時計あたしの大好きなデザインです。色も素敵だし、本当に気に入ってるんですよ」
「そう言ってもらえると、こっちもうれしいよ」
耕作は照れて柔の顔をまともに見れない。誕生日がいつかなんて随分前からわかっていた。記者なら当然だ。
しかし、記者と選手と言う関係で誕生日にプレゼントを渡すのはちょっと違う気がしていた。友達や恋人、家族ならいいのだろうが。だが今年は念願叶って恋人になれて、耕作は柔のために慣れない買い物に出かけたのだ。忙しい合間を縫って必死に似合うものを探した。絶対に気に入ってもらえる自信などなかったが、出来るだけの努力はした。その努力も柔の笑顔で全て報われた。耕作は大満足だった。
「ところで時刻は合わせたかい?」
「はい、もうばっちりNY時間です」
「さすがだな」
得意げに笑う柔だが、実は日本にいる時からこの腕時計はNY時間なのだ。わざと時差をつけてこの腕時計の時間が耕作のNY生活の時間としている。この時計を見ては電話をしたり思いをはせたりしていることは耕作には内緒にしている。とはいえ、実際にNYに来たら時間もずれているのでさっき慌てて時計を合わせた所だ。
ボロイが大きな社用車は、見た目ほど悪くないなと柔は思った。それはきっと隣に耕作がいるからだと言うことはまだ気づいていないが。
空港から出て当然のことながら日本とは逆の右車線。柔は心なしかソワソワする。視界の流れが慣れないのだ。
「長旅疲れただろう?」
耕作はNYに来て3ヶ月。もうすっかり走り慣れた道のように運転している。
「いえ、そんなこと。飛行機には何度も乗ってますし」
「そう言えばそうだな。困ったことにはならなかった?」
「まあ、少しは。会社の人に色々聞いていたんですけど、実際その場面に遭遇すると結構パニックになりました。入国審査は慣れないですね」
「柔さんでも何か言われるのかい? 俺みたいな胡散臭い新聞記者なんかいつも因縁つけられては時間食ってるよ。スパイじゃないか? テロリストじゃないか?って目が言ってる」
「そんなことあるんですか?」
柔はクスクスと笑う。耕作は横目で柔を見て満足そうに微笑む。すると柔も耕作の方を向いて二人は目が合う。そして流れる照れた沈黙。車の窓だけがうるさく景色が変わる。
口を開いたのは柔。
「松田さん、車の免許持ってたんですね」
「あ、ああ。田舎出身者は車の免許持ってて当たり前な中で育つからな。大学で東京に出てくる前に、免許取っちゃうんだ。二輪の免許を取ったのは大学の時だけど」
「私も免許取ろうかな」
「柔さんなら直ぐに取れるよ」
「どうしてですか?」
「車もバイクも反射神経とセンスがあれば大丈夫。学科は大体誰でも受かる」
柔はじーっと耕作の横顔を見て、顔をほころばせる。
「やっぱりやめた」
「ええ、何で?」
「だって必要ないですから」
「そうかな?」
「松田さんがいるから必要ないですよ」
そう柔が言うと、車体が大きく横に揺れた。
「キャ!」
「ご、ごめん。ハンドル操作ミスった」
柔はやっぱり免許取ろうかなと一瞬思った。