vol.1 アメリカ高校柔道大会
貿易センタービルの爆破テロの少し前、耕作はとある試合会場に来ていた。小さな体育館のような場所に畳が敷いてあり周りには大勢の観客がいた。
「やってるな」
ジェシーに教えて貰った柔道の大会を見に来ていた。日本で言うところの高校生の大会だ。出場者は16人のトーナメント戦。男子の試合なのだが、どの選手も体格がいい。10代ともなると、大人と変わらない体格をしている。特にアメリカ人は日本人と違って大きな体をしているから迫力がある。しかし、素人のような選手が何人か混じっているのは見てわかる。
「なんだ?あいつ?」
観客がそう言うと、端から小柄な選手が現れた。ブラウンの髪の少年と言った感じの選手だ。この少年は一回戦でかなり苦戦したがなんとかポイントリードで勝ち進み、二回戦では上手く技が決まり一本勝ちしたが、次の試合では抑え込まれ負けてしまった。
「あんな小さいんじゃ無理だよ。ちゃんと階級分けされた試合にでないと」
「お遊びみたいなものだからな。オリンピック見て触発された、初心者がいっぱいいてそんな奴らでも出れる試合って言うのを開催したんだけど、やっぱり勝ち進むのは長年トレーニングしてきたやつばっかだな」
耕作も試合を見ていてそう思った。基礎が全然できてない選手ばかりだ。中には受け身すらとれない選手もいたほどだ。指導者は何をしているのか。受け身が出来なきゃ怪我をするのに。
お祭り騒ぎの会場では決勝が行われた。観客が言うには、小さい頃から柔道をやってきた二人でジョンとクライヴだ。実力はお墨付きのようで白熱した試合が展開され、最終的にはクライヴの大外刈りで一本となった。
「へーなかなか」
そう言いながら耕作は別の選手を探していた。三回戦敗退のブラウンの髪の小柄な少年だ。表彰式が行われ選手は帰ってしまう。耕作は人をかき分けて少年を探し、ついに見つけた。
「やあ、いい試合だったよ」
少年は道着のまま会場裏の壁にもたれていた。遠目で見た時も思ったが、やはり小柄で子供らしさが残っているようだった。
「みんな帰ってるけど君は帰らないの?」
「おじさん、誰?」
「おじっ……俺は柔道好きの日本人、コウサクだ。仕事でNYに来てて、柔道の試合があるって聞いたから見に来た」
「ふーん。僕はまだいいんだ。迎えが来たら帰る」
「じゃあさ、俺とちょっと話しないか?」
「は?なんで?」
「君の柔道、凄くいいよ。素質がある」
「三回戦で負けたけど」
「違うよ。三回戦まで行ったんだ。あの体格差で二回勝った。それはすごいことだ」
少年は照れたようで、顔を背けた。
「柔道は体格が問題じゃない。小柄な選手でも重量級の選手を投げることが出来る」
「ジュウヨクゴウヲセイスだろ」
「知ってるのか?道場で教わったのか?」
「叔父さんが教えてくれた。柔道も叔父さんから教わった」
「へー、他に教え子はいるのか?」
「いるんじゃないかな。一緒に稽古はしてないけど。叔父さんは普段は普通に働いてるから、教えてくれるのは休みの日だけなんだけどたまに遅く帰ってきたり、休日に出かけたりするんだけど必ず道着を持っていくんだ」
「そりゃ、まだ教え子がいるな。君のライバルでも育ててるんじゃないのか」
「違うよ。僕は落ちこぼれだからそんなもの必要ないし、叔父さんのもう一人の教え子は女だよ。長い金髪が道着に付いてたことがあったんだ。しかも何回も。だからきっと叔父さんの教え子は金髪の女」
「君は柔道初めてどのくらい?」
「半年」
耕作は驚く。半年であの技のキレを持ってるなんて、末恐ろしい少年だ。
「それ以前は何かスポーツを?」
「…………」
「言いたくないならいいんだよ。ただ、見事だと思ったから。君は柔道の素質があるよ」
「あんたに何がわかる?」
「俺は日本で本物の柔道を見てきた。君よりも長く身近で。だからわかるんだ。君は光るものを持ってる」
「ふ、ふん!」
この年頃特有の照れ隠しだろう。可愛いところもある。
「あ、叔父さん」
少年が見る先には40代半ばほどのバランスのいい体格の男性がいた。一見ごく普通のどこにでもいそうなアメリカ人男性なのだが、金髪の短い髪が整えられ上等なコートを羽織っている。
「グレン、早く着替えなさい」
「はーい」
グレンと呼ばれた少年は会場内に入っていった。耕作はグレンの叔父と対面した。
「初めまして、コウサクといいます。グレンの試合見てましたが、素晴らしかったですよ」
「初めまして、ロイドです。グレンはまだまだですよ。ところであなたは日本人ですか?」
「ええ、そうです。仕事でNYに来ていて」
「そうですか。アメリカの柔道はまだまだだと思いましたか」
「正直いうと、少し思いました。でも、逸材はいそうですね。グレンもそうですよ」
「それはありがとう。彼は柔道をやるのを逃げだと思っている節があります。柔道は素晴らしいのに、認めないんですよ」
「でもやっているのは、あなたの指導のたまものでは?」
「いえいえ、家に居づらくて家に転がり込んで来たから、家にいるつもりなら柔道をしろと言っただけですよ。嫌なら出て行けと」
「そこまで柔道をされるあなたにも興味がわいてきましたよ」
耕作の表情が生き生きしだした時、グレンの着替えが終り戻ってきた。
「お待たせ。帰ろう」
「ところで一勝ぐらいは出来たんだろうな?」
「そりゃな」
「なら、いい。ではコウサク、失礼します」
「バイバーイ」
グレンはロイドに小突かれながら去って行った。耕作は二人を見送りながら、興味がわいた。久しぶりだ、こんな気持ちになるのは。会場に残っていた関係者にグレンについて取材したが、想像以上に何もわからなかった。それどころか「彼は何者だ?」「どこの道場の人か?」と逆に質問された。この試合は誰でもエントリーできたから特に推薦や道場名がなくても出られたらしい。しかし、グレンが二回戦で勝った相手は柔道歴7年の有段者だ。しかも体も大きく、経験もある。そんな彼が名もないグレンに負けたことを関係者は驚いているのだ。
耕作はその足で図書館に行き、新聞を読み始めた。しかし手がかりなく手当たり次第に新聞を読んでも何も見つけられなかった。
新キャラ登場です。
「グレン」と「ロイド」は甥と叔父の関係です。