NYも4月に入ると寒さは緩み、ダウンやマフラーは不要となっていた。日も長くなり外で活動する機会が多くなってきたようだ。
耕作はここ1ヶ月ほど、時間があればとある公園に来ていた。アパートからは結構離れているので最初は車で来ていたが駐車場がないために自転車を使って来ている。正直しんどいが耕作を動かす何かがここにはあるのだ。しかし、約1時間自転車をこいでくるとさすがに息が切れて目的の人物を探すどころじゃない。
「だー疲れた!」
バイクが恋しいがここで買うほどの余裕もない。日本には鴨田に預けているバイクがあるが、戻った時に乗れるか不安だ。
温かくなり公園で散歩する人、ランニングする人、日向ぼっこする人も増えもしかしたらあの人もここに来るかもしれないと思い始めた。とりあえず、いつも座るベンチに腰を下ろしひと息つく。広すぎる公園は池もあれば植物園、動物園もある。中では馬にも乗れるようで、知らずに遭遇した時はあまりの大きさに息を飲んだほどだ。今では背後を馬が通っても知らぬ顔できるが。
そもそもこの公園に通い始めたのには理由がある。それを思えば耕作は本当に運がいい。事の起こりは病院だった。
「デイビット、調子はどうだ?」
「ああ、まあまあさ」
テロの後、耕作は取材の帰りなどでよくデイビットの見舞いに行った。忙しいのだから来なくてもいいというが、負担になっているわけじゃないのだから好きにさせてくれと言う耕作にデイビットは嬉しそうに笑う。
そんなある日、デイビットは耕作を見るなり得意げに笑う。
「何だ?そんな顔して」
「良い情報だ。知りたいだろう」
「何だよ。もったいつけずに教えろよ」
「そんな態度でいいのか。折角、探し人ロイドの情報を得たって言うのに」
想像もしてなかった言葉に耕作は耳を疑う。いい情報は退院のことだろうと思っていた。
「何でここでその名前が?」
「僕だって、日がな一日何にもしてないわけじゃない。それにここには不特定多数の人が入れ替わり立ち代わりやってくるだろう。情報収集にはもってこいだ」
「そうだが、どうやって?」
「ナースに聞くんだ。ナースはいい情報持ってるぞ」
耕作はデイビットが案外口が上手くて、隠れ色男なのを知っていた。スパイス・ガーデンではダサい格好でいることが多いが、以前にとんでもない美人と親しげに話しているのを見たことがある。
デイビットならリハビリと称し院内を歩行しても怪しまれないし、雑談程度なら付き合ってくれるナースもいるだろう。テロの被害者なら皆邪険にはしない。
「それで、どんな情報だ?」
「ああ、なんと彼はここの医師だ」
「え?医師?ここの?」
「そう。灯台下暗しだよ。僕を最初に診察したのは彼だったようだ。骨が折れてないのを知ると別の医師が処置をしてくれたんだ。つまり彼は整形外科医だよ」
「身なりの良さからそれなりの職業だと思ってたが、医師だったとは」
「あんまりあっさり見つかったんで、他にも聞いてみたんだ。すると不思議なことに、彼のことを知っている人はあまりいない」
「どういうことだ?透明人間みたいな言い方だな」
「実態はあるさ。でも、私生活は一切わからない。趣味も好きな食べ物さえも謎に包まれている」
「雑談しない人ってことか。確かに、話好きには見えなかったな。じゃあ、これ以上は情報はなしか」
「いや、だからこそ覚えてたんだ。ナースの一人が、ブルックリンの公園でロイドを目撃した。それだけでもレアな話だが、なんと彼はスーツに似合わないスポーツバッグを持っていたそうだ」
「家が近所とか?」
「いいや、彼の家はマンハッタンの方だ。つまりセントラルパークの方が近い。それなのにこんなに遠い公園に行くなんて意味があるとしか思えないだろう」
耕作はグレンの言葉を思い出す。教え子は金髪の女。そうか、どこかに稽古に行っていたのかもしれない。
「デイビット、ありがとう。やっと糸口が見つかりそうだ」
「さっそく会いに行くのか?」
「いや、本人は教えてくれそうにないから調べるんだ。公園にも行ってみるよ」
「じゃあ、僕はもう動かない方がいいね。警戒されたら公園に行かなくなるかもしれないし」
「ああ、すまない」
「いいんだ。これでナースと普通に楽しいおしゃべりができる」
「……頑張ってくれ」
「コーサク、貸しだからな」
「わかってるよ。退院したらおごるよ」
◇…*…★…*…◇
デイビットに教えてもらって以来、耕作は公園に通っている。しかし1ヶ月経ってもロイドは現れない。入れ違いになっている可能性もあるし、広い公園ですれ違っている可能性もある。聞き込みをしようにも写真の一枚もないと伝えにくい。
もう一人、ロイドの教え子と思われる長い金髪の女性ももしかしたらここに来ている可能性がある。ロイドの教え子ならきっと強い柔道家に違いない。グレンを短期間であそこまで鍛えた人だ。今後、日本女子柔道の脅威になりかねない。とはいえ、長い金髪の女はここNYにもこの公園にもゴロゴロいる。どちらにせよ容易く見つかるわけもない。
それにしても広い公園だ。正直甘く見ていた。やはり日本とは規模が違う。自転車で回って入るが、一周するのに随分と時間が掛かる。耕作は休憩するためにベンチに腰かけた。目の前は広い湖が広がっている。水面の揺れるさまを見ていると長閑すぎて、目的を忘れそうになる。
すると隣のベンチに初老の男性が座った。アジア系で小柄ながらがっちりとした体格のようだ。近所の人なのだろうか、手ぶらだった。
「良い天気ですね」
突然話しかけられた。耕作が同じアジア系だから親近感がわいたのだろうか。
「そうですね。それにここはあまり観光客などはいないようで、穏やかで静かですね」
「観光地というわけではないですからね。昼間は静かですね。私のような年寄りが多くなりますから」
「そうですか……若い人は休日に利用するんでしょうか?」
「ええそのようですね。近所の人は早朝ですね。ジョギングしてる人は多いみたいですよ。学生や社会人は時間が限られてますから」
盲点だ。ロイドは社会人だが不定期の休みだからと適当な時間に来ていたが、もしロイドの教え子が学生か社会人でこの辺りに住んでいるならジョギングするのは早朝の可能性が高い。
「あの、この辺りに柔道場か柔道できる場所はありませんか?」
「昔は公園の外のYMCAで教えていたみたいだが、今はもう教えてないんだ」
「そうですか」
気づくと辺りは少し日が落ち、冷たい風が吹いていた。もう直ぐ夕暮れ時だ。
「それでは気を付けて……」
男性がそう言うと耕作は「ありがとうございます」と返事をした。暮れゆく空をボーっと眺めていた。鳥が飛び立って水面に波紋が広がる。
「あ! 日本語!」
男性の姿はとっくにない。耕作は日本語で話しかけられて日本語で返した。彼は日本人だ。
「くそー、柔道のことも知ってたし手がかりじゃないか。俺はなんてバカなんだ」
項垂れる耕作は、重い足を引きずって自転車に乗った。アパートまで1時間。長い道のりはまだ続く。