NYの早朝。日が昇った頃合いに耕作は再び公園に向かった。仕事までまだ時間がある。公園は朝の清々しい空気で一杯で、男性の言っていたように若い人がジョギングをしたり犬の散歩をしたりして昼間とは違う空気だった。
「さて、金髪の女の子は……」
やはり珍しくもなく沢山いる。しかしみんなが長い髪と言うわけじゃない。自転車で探しながら昨日、男性と会ったあのベンチに行きついた。この辺りは人気が少なく、静かな場所だった。ジョギングコースから外れているからかもしれない。だからよかった。聞き覚えのある音が聞こえたのだ。
ギュッ、ギュッ。
力を込めて引っ張るゴムの音だ。これはよく柔や富士子が道場や屋外でやっていた稽古だ。ゴムチューブを壁や木に固定して、打ち込みの練習をする。一人でもできるその稽古は相手がいないときに重宝する。
耕作は音がする方に歩いて行った。この公園には大きな木は沢山ある。使いたい放題だ。でも人目をはばかるように森の奥でそんなことをしているのは、あまり見られたくないからだろう。だとすると、予想はつく。そして耕作の前に現れたのは長い金髪の若い女性だ。練習に熱中しているようで耕作の存在に気づいていない。しかし、その稽古の様子は長年見てきた柔のそれに匹敵するような切れ味だった。
五分くらい経っただろうか。女性はゴムチューブを片付けリュックサックに入れると、ジョギングコースに戻って走り出した。耕作も急いで自転車に乗り追いかけた。彼女も柔と同様、走るのが早い。しかし自転車なのですぐに見つけることが出来た。彼女は公園を出て住宅街に入って行った。知り合いがいれば声を掛け、黙々と走り続ける。ポニーテールの髪が左右に揺れる。
彼女の動きが緩やかになり、白い壁沿いの門の前で足を止めた。インターフォンに何かを言うと人が出入りできるような小さな門が開き彼女は入って行った。アメリカには表札がないのでここが誰の家なのかわからない。門が大きすぎて奥にあるであろう屋敷すら見えない。
「あら、あなたそこで何をしているの?」
品のある女性の声がして耕作は振り返る。
「おはようございます。自転車でこの辺りを走っていたら、とても綺麗な白塗りの壁と美しい門があったので見ていたんですよ」
「クラークさんの家は、この辺りでは一番美しいですからね」
「門の向こうはかなり広いのですか?」
「門から屋敷までまだまだありますよ。お庭も美しいですし、屋敷自体も芸術品のような美しさですよ。でもあなた、興味があっても侵入なんかしちゃダメよ。警察に捕まってしまうわ」
「そんなことしませんよ。それよりさっきここに女性が入って行くのを見たんですが」
耕作は苦笑いをした。彼女には耕作がどのくらいの年齢に見えているのか。
「アリシアね。ここのお嬢様よ。とっても優しくていい子だわ。まさかあなたアリシアに気があるんじゃないでしょうね?」
「まさか、そんなことはないですよ。さっきちらっと見ただけですし」
「そう、ならいいわ。アリシアは大切なお嬢様なのよ。変な虫でも付いたら最悪だわ」
「はははっ、そうですね」
――それって俺のことか?
耕作は若く見られたり、虫に見られたりと散々だった。しかしこの家のお嬢様のアリシアが柔道をやっているのは間違いない。これ以上、このマダムから何か聞き出すのは危険だ。変に思われてアリシアに耕作のことを知られるわけにはいかない。
「では、ご親切にありがとうございました」
「いいえ。では、気を付けて」
耕作はニコニコとしながら、自転車を漕いだ。とりあえずアパートに戻らないと仕事にも行けない。約1時間の道のりの中、耕作は「アリシア・クラーク」の稽古の風景が頭から離れなかった。
「どんな試合をするのか見てみたい」
耕作は自分の柔道を見る目には自信がある。それ故に、彼女の実力は本物だとわかった。
しかし、耕作の記憶の中でもアメリカ代表に彼女の名前は見たことがない。一体どういうことだろうか。
新キャラ登場です。
「アリシア」は金髪のお嬢様です。