YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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絵画のような湖畔で
vol.1 ジョディ・ロックウェル引退


 東京からNYまで飛行機でおよそ12時間。前回よりはリラックスした気持ちで乗っていられたものの、胸の高鳴りは消えることはない。耕作に会ったら話したいことがたくさんある。そのことを思うだけで柔自身も浮き上がってしまいそうだ。

 空港に到着し、相変わらずごった返している中、二人は引き寄せあうように見つけることが出来る。柔は人ごみをかき分けて耕作の元に向かう。以前とは少し様子が変わったように感じる耕作だが、優しさとか熱意の度合いは変わってない笑顔を見せていた。

 第一声は何だろうか。きっとロマンチックなことは言わないだろうから「久しぶり」とか「元気だった」とかそんなことだろう。それでも嬉しいのだが。

 

「松田さ……」

「荷物はそれだけ?」

「え? ええ」

「じゃあ、行くよ」

「え?」

 

 耕作は柔の手を引いて以前行った駐車場とは違う場所に歩き出した。よく見ると耕作も大きな荷物を持っている。肩には柔がプレゼントしたバッグもかかっている。

 空港内は広く柔は何も言い出せないままただ付いていく。握りしめられた手が熱い。

 やっと到着したのは出発ゲートだ。

 

「松田さん! どこに行くんですか?」

「へ? カナダだよ」

「どういうことですか?」

「もしかして手紙届いてないのか? ジョディから」

「ジョディから? 来てませんけど」

「あちゃー、だからそんな顔してたんだな。でも、時間がないから出国する。話は飛行機の中で。はい、チケット」

 

 柔は何が何だかわからないまま受け取ると、再び出国手続きをして飛行機の中へ。時間ギリギリだったみたいで、席に着くとすぐに出発のアナウンスが流れた。上空での安定飛行に入るとやっと柔は気が抜けた。ふと、横を見ると耕作がいる。肘おきには大きな手があって、さっきまでこの手に握られていたかと思うと顔が熱くなる。

 

「ごめん、柔さん。ドタバタしちゃって」

「いえ、あの、なんでカナダへ? ジョディと会うんですか?」

「ああ、まあ。本当に手紙見てないの?」

「はい。もしかしたらまたおじいちゃんが持ってるかもしれないですけど」

「あー、そう言うこともあるか」

「それで、ジョディは何であたしと松田さんをカナダへ?」

 

 耕作はしばらく言葉を噤んだ。柔はじっと耕作を見ている。心のせめぎ合いの末、耕作は事情を話した。

 

「ジョディから伝えることになってたんだ。俺はちょっと前から知ってたけど、手紙か電話で伝えるって言ってて、それで柔さんがアメリカに来るって知ってせっかくだから今日、会見しようってことになったんだ」

「全然、話が見えません」

「ごめん。俺が言ってもいいのか迷ってて。でも、言うしかないな」

 

 意を決したように耕作は柔の方を向く。

 

「ジョディが引退する」

「え?」

「引退会見を今日、昼からトロントで行う。一緒に来て欲しいって言われてる」

「引退……どうして? 去年、また試合したいって言ってたのに」

 

 同じ空の上なのにさっきまでとは全然違う感情が柔を襲う。寂しさも苦しさもある。それとまた取り残されたような悲しさ。

 

「俺が聞いたのは、足の怪我がまた悪くなったらしいということ。きっと他にもあるはずだからそれは直接聞いた方がいい」

「そうですね……」

 

 柔は明らかに動揺していた。次のオリンピックでも試合出来ると思っていた。それだけ努力をするつもりだった。富士子もいない、ジョディもいない。心の支えとなる良きライバルたちは皆、畳を去る。柔は不安しかない。

 その時、柔の冷たい手に大きく温かい手が覆う。思わず耕作の方を向くと、優しく微笑んでいた。言葉にしなくて気持ちは伝わった。

 

 トロント空港へは一時間半ほどで到着した。柔は二度目となるトロント。以前はジョディと夫のルネが迎えに来ていたが、今回はそう言うわけにもいかずタクシーで会場に向かった。

 

「会見まで時間があるからジョディと話すといいよ。俺は記者として会場に入るから、一緒にはいけないけど」

 

 俯いていた柔は勢いよく顔を挙げて耕作を見る。不安が顔中に広がっている。

 

「大丈夫、ジョディには話をしてあるからルネが待っててくれる。一緒に行けばいい。会見にはもしかしたら日本からも記者がいるかもしれないから、俺たちの接触は最低限がいいと思う」

 

 柔は頷く。耕作はこんな表情の柔を見たことがない。富士子の引っ越しで寂しい思いをしてる中、ジョディの引退は精神的に堪えてるのだろう。

 

「柔さん、ごめん」

 

 耕作は柔を抱き寄せた。

 

「こんなことしてどうにかなるわけじゃないとは思うけど、不安そうだから」

 

 柔は思わぬ事態に、一瞬驚いたが直ぐに耕作の胸の中で安らぎを感じていた。一人じゃないんだと思えた。柔も耕作の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 

「や、柔さん?」

「もう少しだけ」

「あ、うん」

 

 自分からやっておきながら耕作は心臓がドギマギしていた。それは思いっきり柔にも伝わっているのだが、柔はその心臓の音が聞こえるほどそばにいることに幸せを感じた。

 

「もう、大丈夫」

 

 柔は耕作の胸から顔を上げる。にこりと笑う柔に耕作は再び抱きしめたい衝動に駆られるが、抑えこんで何食わぬ顔をした。

 ホテルの裏手で柔を降ろしルネに預けると、耕作は正面の方に向かった。ジョディはカナダではスーパースターで結婚式の時も盛大に祝われたほどだ。その彼女が現役引退をするとなれば、スポーツ界の一大事。国内の記者は元より、バルセロナ五輪での死闘も記憶に新しい中、海外からの記者も大勢詰めかけていた。

 ざっと見た所、アジア人記者は何人か見える。知った顔はいないが、日本人か日系人か、他のアジア系かパッと見では区別できない。柔とは出来る限り一緒にいない方が後々を考えれば賢明かもしれない。

 ホテルの係員に誘導されて会場に入る耕作。カメラは後方、記者は前方に着席した。会見まではまだ時間がある、控室では今まさに柔とジョディが引退について話している頃かも知れない。

 

 

 

 

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