YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.3 ニューヨーク・ラプソディ

 空港から15分ほど走ると大きな橋が見えてきて、今までの景色とは変わりNYらしい高層ビルも見え始めた。さらに15分ほど行くと賑やかな街並が柔の胸をくすぐった。

 耕作はアパートの駐車場に車を停めた。当初の予定ではどこかいい感じの店でブランチでもして、柔の好きそうなショッピングなんかを計画していたが柔から、

 

「松田さんがいつも行っているお店に行ってみたいんです」

 

 なんて可愛いことを言われたら従わないわけにはいかない。耕作は「仕方ないな~」なんて言いながら車を走らせた。日刊エヴリーが借りている駐車場は路上に停めるよりもはるかに安全だ。滑らかに車は駐車場に入り、耕作の右腕が柔がいる助手席の後ろに回されてものの数秒で綺麗にバック駐車は完了した。

 

「お疲れ~着いたよ。ん? どうした?」

「え!? あの、何でもないんです。お疲れ様です」

 

 挙動不審な柔に首を傾げつつ、耕作は車を降りた。柔は胸に手を当ててさっきの耕作の凛々しい表情にやや興奮した気持ちを落ち着けていた。

 

 ――ずるいわ。あんな姿見たことないんだもん。

 

 

 ニューヨークの街は東京とは全然違う。コンクリートの近代的な建物の中に、西洋風のオシャレな装飾が融合しそこに住む人々と同じように街にも個性が溢れている。しかも今日はクリスマス。街の装飾もド派手でいかにもアメリカと言った様子だ。日本でもイルミネーションや装飾はなされるが本場とは規模が違う。

 目をキラキラさせながら隣を歩く柔はどこにでもいる女の子だ。とはいえ、23歳なので女の子という年齢ではないのだが、耕作は高校生の時から柔を見ているので時折見せる無邪気な笑顔に懐かしさを感じる。大人になったと言えば聞こえはいいが、無邪気に笑うことすら出来ない環境に彼女はずっと、そして今も居続けているのだ。

 そう願ったのは自分なのに。それなのに、少し心が痛む。だからせめて自分と一緒にいる時は屈託のない笑顔でいて欲しいと願う。

 

「松田さん?」

「ん? どうした?」

「なんか、考え事でもしてたんですか?」

「不思議だなと思って」

「何がですか?」

「柔さんとニューヨークにいることがね、不思議なんだ。今までは東京以外だと試合会場ぐらいしか一緒だったことがないだろう。だから……」

「ソウルでは公園に一緒に行きましたよ」

「まあ、そうなんだけど」

「これからは、色んなところに行きましょうね」

 

 キラキラの笑顔を向ける柔。耕作はそれだけで胸がいっぱいになる。

 

「そうだな。世界中、行ってみたいな」

 

 

 耕作がよく行く店はいかにもアメリカ人が好みそうなハンバーガーショップだった。日本のものとは大きさも量も桁違いに大きい。国民性が出ているようでダイナミックなそのハンバーガーを見た途端、柔は絶句した。

 

「大きいだろう? 食べきれなかったら残していいから」

 

 バケツみたいなカップに入ったコーラを飲みながら、耕作が言うと柔はガブリとかぶりついた。勢いよくいったつもりだったが、パティにすら辿り着いていない。何口目かにようやくパティとソースの部分が口に入ってきた。その途端、柔は美味しさに目を見開く。ほぼ無心で柔はその化け物みたいなハンバーガーを平らげた。

 

「はー美味しかったー」

「さすが、猪熊の血筋……」

「何か言いました?」

「いや、ははっ」

 

 耕作でもこれを食べればお腹が苦しいくらいなのに、それをぺろりと平らげる柔。滋五郎の遺伝子は確実に柔にも存在している。柔道以外にも、確実に。

 

「そういえば短大行ってた時に、柔さんハンバーガーショップでバイトしてたよな」

「ええ、直ぐに辞めちゃいましたけど」

「ソウル五輪に三葉女子柔道部のこともあってバイトどころじゃなかったもんな」

「ええ、でもいい経験になりました。松田さんも来て下さったことありましたよね」

「ああ、全日本選手権の前に何してんだって……」

 

 そうあの時くらいから、柔を取材対象だけではなく一人の女性として見るようになった。高校を卒業して女子大生になって、子供から大人に変わる様を身近で見ていたのは耕作だった。でも、耕作の中には長嶋や力道山に憧れてそんなスーパースターの記事を書きたいという夢もあった。記者として傍にいることも、一人の男として傍にいることを分けて出来るほど器用じゃない。だから遠回りした。

 

「腹いっぱいになったし、買い物でも行くか?」

「ホント!? 楽しみ」

 

 柔の満面の笑みに耕作は心底幸せを感じる。だがアメリカに来て仕事三昧の耕作に、買い物、しかも女性が好む場所を知っているわけもなくこっそりガイド本を開く。英語はそこそこ会話程度なら出来るようになったが、文字はまだ読むのに時間が掛かる。手をこまねいていると、柔が不意に耕作の視界に入る。鞄に慌ててガイド本をしまおうとするが悲しくも地面に落ちた。

 

「あ! いや、これは」

「考えることは同じですね」

 

 柔は日本で買ってきたガイド本を手ににこりと微笑む。

 

「松田さん、お仕事忙しいだろうし、お買い物とか興味もないんだろうなって思ったから」

「図星だが、情けない」

「そんなことないですよ。二人で初めて行くのも楽しいですよ。エスコートされるよりも新しい発見を二人で出来た方が思い出になります」

「そうかな」

「そうです!」

 

 二人はさっそくガイド本に従い五番街へ向かう。その道中も柔は楽しそうにあちこちを見ながら、立ち寄りながら歩いていた。ところがいざ五番街へ行ってみると、思ったよりも混み合ってはいなかった。

 

「意外だな。クリスマスってもっと賑わってると思った」

「賑わってるのは昨日までのようですよ。当日は教会に行ったり家族と過ごしたりして、外出する人はあまりいないようです」

 

「日本の正月のようなものか」

「そう言われれば、そうですね」

 

 活気と言う面では物足りないが、クリスマス装飾がされた五番街は特に美しい。各ブランドのウインドウはまるで芸術作品のようで見ていて飽きない。何を見ても「きれい」「かわいい」と感動する柔は本当にどこにでもいる女の子だ。

 

「お店はどこもお休みですね」

「そうだな。店とか関係ない場所ないかな」

「タイムズスクエアなんてどうですか?」

「タイムズスクエアか……」

「だめですか?」

「いや、行こう。せっかくNYまで来たんだから」

 

 NYの観光スポットであるタイムズスクエア。数年前までは治安が悪くて近寄ることも出来なかったが、近年は市長の働きもあり徐々に治安は回復しつつある。しかし油断は禁物だ。ここはアメリカなのだから。

 タイムズスクエアは巨大なビルボードやネオンで有名である。昼間に行ってももちろんビルボードの広告は色鮮やかに光り続けている。

 

「うわー」

 

 柔は立ち止まって見上げて目を真ん丸にしていた。その横を何人もの人が通り過ぎ耕作はさすがに柔の手を引いた。

 

「危ないから」

 

 突然のことに柔は「は、はい」と顔を赤くする。

 車も行きかい、人も多い。いくら柔道の達人とは言え柔は小柄な女性だ。不意に何かされたら手も足も出ない。

 

「柔さん、そろそろ別のところに……」

「あー! ここ! 映画で見たところだわ」

 

 瞳をキラキラさせながらそういう柔に耕作はこれ以上何も言えなかった。

 柔は耕作の手を引いて、人ごみをかき分けて歩いて行く。そして気づくと明らかに人通りの少ない道を歩いていた。

 

「ここ! 『ニューヨーク・ラプソディ』のラストシーンの撮影場所だわ。松田さんも見たことあるでしょ。思い合う二人がすれ違いなかなか結ばれなかったけど、最後にここで再会して言うのよ。『最初からこうなる運命だった』って。素敵よね」

 

 夢の中にいるような表情で小汚い路地を見上げる柔。耕作はその映画を何となく見たことはあったが、あまり興味を持っていなかった。だが覚えてるのは、ギャングの少年と大企業のお嬢様がこの場所で出会い、引き裂かれ、数年後にこの場所で青年実業家になった少年と実家の会社の倒産で行方不明になっていたヒロインを探しだし、娼婦になる寸前で再会を果たすというもの。

 だからこの場所は特別治安が良くないのだ。人もまばらなのがいい証拠。耕作は辺りを警戒していた。

 

「Hey!Girl!」

 

 

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