夕食はジョディと柔の手料理となった。日本食の材料などもちろんないが、柔は洋食も好んで学んでいたので何とかある材料で料理が出来た。
時刻は午後7時。まだ空は青い。
「変な感じね、夕飯食べてるのに外が明るいわ」
「日本は夏でも夜が早いね?」
「そんなことないけど、このくらいだともう暗いわ。それに夏なのに涼しい」
「トロントも東京よりは涼しいね。ここはもっと涼しいね」
「オーロラ見れるかしら?」
ジョディはルネに聞いているようだ。二人は何か話し合って柔にはわからない。
「ねえ、松田さん。何て言ってるんですか?」
「ん? オーロラのことはよく知らないみたいだよ。二人とも少ない情報をすり合わせてるような感じかな」
「意外ですね。カナダって言えばオーロラなのに。現地の人が知らないなんて」
「そんなもんじゃないか。俺たちも日本の気象現象とか観光地って隅々まで知らないだろう」
「そう言われればそうですね」
「ヤワラ、待たせたね。オーロラはここでは見れないね。イエローナイフ辺りで見れるらしいだわよ。私たちは寒い時期に寒いところには行かないので、よくわからないね。申し訳ないだわさ」
「そんな、いいのよ。ここは景色もいいし、見れたりするのかなーって思っただけよ。気にしないで」
「そうか! 景色はいいね。明日はボートに乗って湖を回るのもいいね。マツダなら漕げるだわね」
「そうだな。明日乗って見ようか?」
「はい」
可愛らしく返事をする柔をジョディとルネはニヤニヤしてみていた。
空はまだうっすら明るいが、午後8時を過ぎている。外にはほかに民家は見当たらなくて、静かで都会育ちの柔には少々怖さも感じる。
「お風呂なくてごめんだわさ」
「シャワーがあれば大丈夫よ。ありがと」
「ヤワラの料理、ルネ美味しい言ってたね。後で作り方教えてだわね」
「うれしい。ジョディの料理も美味しかったわ。教えてね」
「OKだわね。ん?」
「どうしたの?」
リビングでは耕作とルネがウイスキーを開けていた。流暢な英語で談笑する耕作はやっぱり日本にいた時とは比べ物にならない位、かっこよくなった。身振りが外国人に似たからなのか、何かやっぱり変わった。
「二人でお酒。ずるいね」
「ジョディもどうだい?耕作が用意してくれたいい酒だ」
「私の引退祝いのお酒じゃないの?マツダ」
「そのつもりでもあったけど、お世話になりますって持ってきたものでもある」
「じゃあ、食事の時に出してくれればよかったのに」
「忘れてたんだよ。さっきシャワーの時に荷物から出てきて思い出した」
ジョディが呆れて、経緯を柔にも話すと同じように呆れてそして笑った。
「松田さん、ウイスキーなんて飲むんですね」
「酒は何でも飲むよ。ビールが手軽でうまいけどな。柔さんもどう?」
「あたしはウイスキーは……」
「ヤワラ、ワインなら飲めるね?」
「ジョディ、いいのよ。お酒飲まなくても別に……」
「せっかくだわね。前に日本に行ったときはヤワラ、お酒飲めない年齢。それに試合前にも飲めない。今がいいタイミングね」
そう言われればそうか。ジョディとは少しの間だけど、一緒に暮らしてたが受験で夜遅くまで勉強してた柔は、無理矢理起こされては稽古に連れて行くジョディを疎ましく感じていた。食事も沢山食べて作るのが大変だった。ゆっくり食事をしたり、おしゃべりした記憶はない。
ユーゴスラビアの世界選手権では買い物なども楽しんだが、試合前なので食事は制限していたしお酒も飲めるような状況じゃなかった。
「うん、あたしもいただくわ。ワインなら飲めるだろうし」
「その調子ね。チーズ、サラミ、サーモンジャーキー、ナッツにチョコレートもあるだわさ」
「そんなに出さなくても……」
「遠慮は無用ね」
「そう言うわけじゃなくて……」
ジョディは沢山のおつまみをかごに入れて持っていくと、大きなソファに腰かけた。柔も耕作の横に座る。
「チョコレートって合うのか?」
「マツダ! ウイスキーとチョコレートの相性は抜群ね。試すといい」
恐る恐るチョコを口に含む耕作。その後に、ウイスキーを一口。チョコの苦味と甘みがウイスキーの香りと相まって何とも言えない美味しさとなる。
「これ、凄く合う!」
ルネは満面の笑みだった。この飲み方がお気に入りなのだという。
「柔さんも試してごらんよ」
「うん」
ウイスキー自体初体験なんだけど……と、思いながら口に入れる。甘いチョコとウイスキーが本当に良く合って、柔はとろけそうな気持になる。
「あ! これって知ってるわ」
「どうしたね?」
「ウイスキーボンボンだわ」
「なんだいそれ?」
「チョコの中にウイスキーが入ってるお菓子ですよ。知りませんか?」
耕作は首を傾げる。甘いものは食べるが店でわざわざチョコレートを購入するほどではないから、チョコ売場へ行ったことがないのだ。
「子供の頃にお母さんにちょっとだけってもらった思い出があるんですよね。甘くて苦い思い出です」
「アルコール入ってるよね?」
「ええ、だからちょっとです。でも、フワッとした記憶があります」
軽く酔ってたんだなと耕作は推察する。
「そろそろ、外に出てみようだわさ」
「こんな時間に?」
「こんな時間だからね」
四人はほろ酔い気分で外に出る。夏とは思えないほど涼しくそして暗い。だけど見上げれば満天の星空。空を埋め尽くさんばかりの無数の星の集合は柔を圧倒する。
「なんて……綺麗な景色なの。あたし、初めて見るわ」
「ここ暗い。星良く見えるね」
「すごいわ。星ってこんなにあるのね。あ! 流れ星。見た? ねえ、松田さん」
「ああ、見たよ。願い事はしたかい?」
「え? 出来っこないわ。一瞬だったもの。松田さんは?」
「俺は……」
「ヤワラ! マツダ! こっちで飲むだわさ」
ジョディが外にある木のテーブルに酒とつまみを用意し、星空を肴にもう一杯と考えているようだ。部屋の灯りは消して外には柔らかいランプの灯りだけになる。手元は危なっかしくなるが、星は良く見える。
「贅沢だな。こんな酒飲んだことないよ」
「あたしも。ジョディ、ルネありがとう」
「こちらこそありがとうだわさ。ヤワラとの出会いは私の柔道を人生を楽しくしてくれた。感謝ね」
ジョディは柔を抱きしめる。すると柔はまた涙が流れた。
「酔ってるのね。何か涙もろくて嫌だわ」
「私も酔ってるね」
柔の頭にポタポタと何かが落ちる感覚があった。それが何かわかると、柔は寂しさで胸が苦しくなる。
その様子を耕作とルネは目を細めながら見ていた。