朝は少し冷えるジョディの別宅。昨夜は夜更かしをしたが、朝の稽古のために早朝には目を覚ました柔。ジョディと一緒にランニングをしようと思っていたが、隣のベッドで気持ちよさそうに眠っているのを起こすのもしのびなく柔は一人で部屋を出た。
「おはよう、早いね」
耕作がリビングにいた。まさか起きているとは思ってなかったので驚いた。
「おはようございます。今から走りに行ってきます」
「あ、待って俺も行くよ」
「でも……」
正直、柔は耕作とじゃ走る速度が違うから走りにくいなと思っていた。でも、カナダに来てまで本気の稽古でもない。体がなまらない程度にほぐすのもいいだろう。
「お待たせ。さあ、行こう」
白いTシャツと黒いジャージのズボンで現れた耕作。
「持ってきたんですか?」
「ああ、ランニング行こうと思って」
「そうですか。意外です」
「そうか? さあ、行こう」
二人は別宅を出て走り出す。霧がかった湖にひんやりとした空気。今が8月とは思えない。
「松田さん、何か雰囲気変わりましたよね」
「そうか? 日焼けしたのは間違いないが。他はそうでもないぞ」
「んーでも変わりましたよ」
「どこが?」
「わかりません。あ! 走るの早くなりましたね。昔、取材で来た時一緒に走りましたけど、松田さん付いてくるのがやっとでした」
「あの時は、不甲斐なかったよ。今は、全米飛び回って走りまわってるから結構体力もついたし、足も速くなったかも。記事を書くスピードもあがったぞ」
「ジョディのことは書いたんですか?」
「もちろんさ。今回は写真はないけど記事だけは、トロントのホテルからFAXしたよ」
「あの時ですか? それは仕事が早いですね」
「だろ? 仕事が残ってるとゆっくりできないもんな」
昨日は随分と遅くまでルネと話していたようだった。英語の会話なのでよくわからなかった。柔も英会話は習っているがまだ本格的な英語は全然聞き取れない。英語が話せたら、ルネとも話が出来たのに。柔は残念に思う。
ランニングを終えると、柔は良さそうな草の上で受け身の練習を始める。その様子を耕作は懐かしそうに眺める。
「松田さんもやりますか?」
「俺?」
頷く柔。今まで何度も耕作を投げてきた。もっと上手に受け身が取れれば体を痛めることもなかったはずだ。柔道には詳しいが柔道をしたことがあまりないのだろう。別にやりたくないわけじゃないのなら一緒にやってくれると柔も嬉しい。
「じゃあ、教えて貰おうかな。柔先生に」
「やめてください」
「冗談だよ」
柔は見本を見せて、耕作はそれにならい指導を受ける。くるくると回っているうちに耕作は目が回ってきた。
「ちょっと、待って。目が回る」
「まだ始めたばっかりですよ」
「相変わらず君は平気そうだな。やっぱり三半規管が常人とは違うな」
「また人をネコみたいに言って」
二人は顔を見合わせて笑った。初めて遊園地に行った時にも同じような会話をした。あの時はまだ柔が高校生で、恋やオシャレをしたいのに柔道柔道と騒がれてしかも滋悟郎がさやかのコーチになるかもと言う報道も出て、柔道をやめたくて仕方なかったのだ。落ち込んでいる柔に耕作から遊園地に遊びに行こうと誘った。ジェットコースターの回転で目を回した耕作に対して平気な顔の柔。まだ子供っぽかった柔のふくれっ面は今思い出してもかわいいなと耕作は思った。
草の上に寝転がる耕作は思い切り深呼吸した。東京からNYへ行ってあまり自然に触れ合うことがなかった。ここは山形の実家とよく似ていて何だか落ち着く。
「隣いいですか?」