楽しい時間は速く過ぎて結構な時間が経っているのに気づかなかった。柔も耕作もカナダの夜が明るい事に全然慣れない。
「もう、7時だわね。ディナーの時間ね」
「え? もうそんな時間なの?」
「そうだわさ。CNタワーでディナーよ」
「ええー! あの上?」
「そうだわさ。レッツゴー!」
いつの間にか予約してあったようで、タワーに上るのもスムーズだった。レストランは円を描いたような360°窓があり、景色がどこからでも楽しめた。
テーブルに案内されて着席した。コース料理はあらかじめ予約してあったので、お酒だけ注文し乾杯した。
カナダの有名人であるジョディが来ていることを周りも気づいているようだったが、騒いだり話しかけに来ることもなく穏やかにディナーは進んだ。
美しい夕焼けから夜へと変わり、トロントの街は光輝く。高いところから見る夜景はとても美しい。それにこのレストランは床が回転しているのでいつも景色が違う。それも魅力の一つだ。
「マツダ、どうした?元気がないようだが?」
ルネが心配そうに聞く。耕作はぼんやり窓の外を眺めているようだった。
「東京でもNYでもこんなにゆっくり夜景って見たことなかったなって」
「高いところは苦手かい?」
「そんなことないさ。ただいつも俺は地上を走りまわってる。あの光の隙間を走っているんだなーって思って」
「マツダは自虐的だな。知ってるか、宇宙にはダークマターって言う未知の物質があるんだ」
「ダークマター?そりゃまたとんでもない名前が付いたもんだ」
「そうさ。でも悪いことをしようとしてるわけじゃない。いや、何もわからないというのが正しいな」
「何もわからない?」
「宇宙にあるとされる物質さ。銀河を保つ上で必要な重力を持っているが、光を吸収することも反射することもなく観測も出来ない。でも、そこに存在し必要な物質」
「詳しいな。天文学でも学んでたのか?」
「いやいや、友人がよく話すんだ。受け売りだよ」
耕作は地上を見下ろす。夜景の間の暗い部分。星のように光るライト達の隙間には自分と同じような人がいる。その人たちはここからでは見えないし存在もわからないけど、必要な人だ。この世界を保つために必要な人たちだ。いらない人なんかいやしない。
「松田さん?」
「トロントの街が星空みたいだなって思って」
「本当だわ。地上の星ね」
「そうだ、地上の星だ」
――これなら俺にもなれるかもしれない。
ディナーを終えて、四人はジョディの自宅に向かった。ほろ酔い気分でジョディのマンションに入ると、リビングには体の大きな二人がくつろげるほどのソファがありベランダに続く窓は広く開放的だ。ここにもゲストルームは1つあり、今夜も柔とジョディは同じ部屋だ。柔の荷物を運び入れゲストルームの窓を開ける。気持ちいい風が通った。
「すごいわ、ジョディ。こんな広いところに住んでるの? それに夜景も綺麗よ」
「そうね。トレーニングするのにここが最適。安く住める」
「羨ましいわ。うるさいおじいちゃんもいないし……ルネともいつも一緒だし」
「オー、ヤワラもいつかマツダと一緒に住めばいいだわさ」
「な! 何言ってるの? 松田さんに聞かれたらどうするの?」
「どうもしないだわさ。気になるな……」
「柔さん、ジョディ、ちょっといいか?」
突然の耕作の声に柔は飛びあがる。ジョディはにんまりとしているが、耕作の表情は硬いものだった。
「どうしたね、マツダ? そんなおかしな顔して」
「おかしい顔は否定しないが。ちょっと相談があるんだ」