「Hey!Girl!」
野太い声がして、二人の前に大きな影が出来る。
「こんなところに来て、映画のヒロイン気取ってんのか?」
振り返ると、2メートルはありそうな大男が異様な目つきで立っていた。酒に酔っていのか薬物かはわからない。ただ、ここにいては危険と言うことだけがわかった。
「行こう。相手にしちゃいけない」
柔も無言で歩き出す。しかしいつの間にか背後にも男が二人いて、通り過ぎることが出来ない。
「すまない、通してくれないか」
「ダメだ。ここは俺たちの道だ。通りたきゃ金を払いな」
「松田さん、なんて言ってるの?」
「気にしなくていい。俺が何とかするから」
耕作はポケットから財布を取り出そうとした。すると後ろの男の一人が、柔の細い腕を掴んだ。柔は考えるよりも反射に近い速度で、その男を投げ倒した。倒れた男は不意を突かれたせいで受け身を取りそこね、道路で意識を失っていた。それに激昂したもう一人の男が柔に襲い掛かろうとしたが、耕作の前にいた大男が制止した。
「やめろ!もういい!」
そう言われ、柔に腕を伸ばしていた男は引き下がった。
「行け!もう二度とここには来るな!」
何が何だかわからないが、耕作は柔の手を引いてその場から立ち去る。早足で引っ張るように歩く耕作に柔はただ付いていく。耕作は柔の腕が小さく震えていることに気付いていた。怖い思いをさせてしまって、守ってもやれない自分が不甲斐なく、言葉も掛けられないまま無言で歩き続けた。
「松田さん……松田さん……松田さん!!」
柔の大きな声に耕作は我に戻り、柔の顔を見た
「ごめん……」
「どうして謝るんですか? あたしが勝手に裏通りに行っちゃっただけなんですよ。あたしが悪いのに、なんで松田さんが謝るんですか?」
耕作はただ俯く。自分の力が足りないこと以上に、柔に助けて貰ったことが情けなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。せめてアメリカにいる時くらいは普通の女の子でいさせてやりたかった。それなのに……。
耕作は柔が腕を押さえていることに気付いた。自分が握っていた方の腕だ。
「痛かっただろう」
「そんなこと……」
「ごめん……ほんと、ごめん」
どうしてこんなことになってしまったのか。楽しいはずの観光、一緒にいるだけで幸せな気分になっていたのに今二人の間には自分を責める感情で塞ぎこんでいる。
そんな二人の間に突然、オレンジ色の風船の花が差し出された。驚いて二人は顔を上げる。そして腕の主の方を見た。
「わぁ~」
柔は驚きの声を上げる。
ピエロの格好で長い脚の大道芸人が笑顔で柔に風船の花を差し出していた。
「ありがとう」
思わず日本語で言ってしまったが、わかっていたようでニコッと微笑むと相方の方へ行ってしまった。
「俺たちの雰囲気を見て、いたたまれなくなったのかな」
「かもしれませんね」
柔と耕作は貰った風船を持ってピエロの方へ行くと丁度大道芸が始まったところだった。風船を使って人形などを作ったり、スティルトと呼ばれる竹馬に乗ってジャグリングをしたり、周囲の人の目を引き楽しませた。もちろん柔も耕作もその芸を夢中で見ていた。
一通り終わるとスティルトに乗ったピエロがかぶっていた帽子をひっくり返すと、チップを入れてとジェスチャーした。楽しませてくれたお礼に柔ももちろんチップを入れる。
「楽しかったわ、ありがとう」
さっきとは違う柔の笑顔に、ピエロも満面の笑みで答える。耕作も「Thank You」と慣れた感じで言うと、二人は手を取り合ってその場を立ち去った。ピエロはやれやれと言った様子で、再び仕事に戻った。
◇…*…★…*…◇
午後4時になった頃、耕作はそろそろ柔をホテルにチェックインさせようと考えていた。
「ホテルはどこを取ってるの?」
「テンプルトンです」
「ここから近いな。先にチェックインだけして、後から車で荷物を運ぼう」
「はい……」
先に歩いて行く耕作の背中を見ながら柔は俯く。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです」
柔は笑顔を作って歩いて行く。
テンプルトンホテルはここから歩いて10分程度の場所にあった。五年ほど前に建てられたので外観は近代的でセンスのいいホテルだった。しかし、ここで思いもよらないことが起こる。
「なんだって!どういうことだ?」
耕作がフロントスタッフにこんな強い口調になったのには理由がある。英語が流暢に話せない柔に変わって耕作がチェックインをしようとしたのだが、スタッフによると予約が入っていないという。代理店勤務の柔がそんなミスをするはずがなく、何かの手違いじゃないかと思いもう一度調べてくれと頼んだが、結果は同じだった。
「柔さん、ホテルはここであってるんだよな」
「ええ、でもあたしが予約したんじゃないんです。社の規定で自分の予約は他の人にしてもらわなきゃいけなくて、それで頼んだんですけど……」
「その時に、ミスったか、何か手違いがあったか」
頭を抱える耕作とは打って変わって、柔はとても冷静だった。なぜなら柔には少々心当たりがあったからだ。
今回のニューヨーク旅行は急きょ決まったものだった。格安航空券の空きが出て、しかも自分の休みも合いクリスマスというグッドタイミング。ダメもとで耕作に電話で確認すると、仕事も一段落するから遊びにおいでと言われ予約をしてしまったのだ。ホテルはさすがに取れないだろうと思っていると、昼休みに同僚の狭山が、
「もしかしたら一件キャンセルが出るかも」
と、言ったので空きが出たら予約して欲しいと頼んでいたのだ。
「もし、予約できなかったらどうするの?」
と、もう一人の同僚の塚本に言われると柔は困った顔をしたのだが狭山が
「会いに行く人がいるなら泊めて貰えばいいじゃない? ホテルだって無理矢理取らなくてもいいんじゃないの。その方が別にお金使えるわよ」
などと言うものだから柔は必死にそんなんじゃないと否定をした。友達に会いに行くのだと言えば言うほど二人の視線はニヤけてくる。
「授賞式の時のあの人でしょ?」塚本が言う。
「クリスマスイヴの前日に会社に来た人だよね?」と狭山。
全部図星の柔だが全力で否定した。
「そこまで否定するなんてあやし~」「秘密の関係なの?」などと散々遊ばれ昼休みが終わる頃には狭山から「ホテルの話、可能性は低いからもしもの時のことも考えておいた方がいいわよ」と冗談だが本気だかわからない言葉を掛けられた。
実際、本気の発言だったと今まさに柔はわかったのだが。
「どうしたらいいんだ」
うんうん唸る耕作の横で柔は涼しい顔をしていた。
「とにかく、ここから出ましょう。迷惑になりますし」
柔はフロントスタッフに軽く会釈をすると、出口に向けて歩き出した。耕作もそれに追随していった。それを見送るスタッフに声を掛ける人が。
「何かトラブルでもあったのか?」
「いえ、たいしたことではありません。社長が気にされることなど何も……」
「そうか……」
そう言って、柔と耕作を見つめる彼はこのホテルの社長。背が高く顔も整っていてセンスのいいスーツに身を包み不敵に微笑んでいた。その表情がまた美しく恐ろしかった。
「これからホテルを探して空きがあるか……いや、諦めちゃダメだ。しかし、クリスマスだ……」
耕作は深いため息を吐く。でもニューヨークはホテルが多い町だから一件ぐらいなら空きがあるかもしれない。そう思い、近場のホテルを片っ端から聞いて回ったがどこも満室。離れた所に行くしかないかと思った時、柔の表情が目に入った。
「ごめん、疲れただろう? 日も落ちて寒くなって来たし」
「いえ、あたしがしっかり確認してなかったからいけなかったんです。松田さんにご迷惑をお掛けしてしまって……」
「そんなこというなよ。迷惑なんて全く思ってないんだから。ただ、泊まる所が……」
「松田さんのアパートがあるじゃないですか」
「は? あそこは……」
「何か不都合でも?」
「いや……ないが……あるというか」
柔は首を傾げた。
「あ! また部屋が散らかってるんですね? そんなの全然気にしませんよ。片づければいいことですし」
「それもそうなんだが……」
「松田さんがダメだって言うなら、あたしこのまま野宿するしか……」
「わかったよ。野宿なんてさせられるわけないだろう。凍死するぞ」
お詫び 2020.2.6
ピエロが立ち去ったシーン以降が抜け落ちてしまっていました。
次のお話と続かなくて違和感を持たれた方もいたかもしれません。
申し訳ございません。