YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.5 トロント最後の夜

「それは?」

「これが原稿さ。言っただろう、書いてるって」

「結構な量ですね」

「書きたいことが多くてね。でも、もっとまとめていくつもりさ。それに、柔さんのことを書くけど、他の人にも許可取らないといけないからね」

「許可?」

「勝手に書いて後から文句付けられたくないからね。それに本の出版はアメリカでする。これを英語に書き直して、出版するんだ」

「アメリカ、訴訟大国ね。変なこと書くとすぐ訴えられる。用心するのはいいことだわね」

「でも、誰に許可を取るんですか? 結構沢山の人と関わってますけど」

「そりゃ、最初は君さ。出版の許可は貰ったけどまだ内容に関しては許可貰ってないから下書きが出来たら読んでもらうよ。書いて欲しくないところや事実と違うところは訂正して欲しい。それから本阿弥さやかやジョディだろう、富士子さんに花園。そして柔さんの家族さ」

 

 一番難しいのはここかも知れない。家族内のことを世間に知られるのは誰だって抵抗がある。しかし柔の柔道人生を書く上で、父親のことは外せない。

 

「既に公表されている事実は許可は無くても書けるけど、個人的な事情や感情が挟むことには一応許可を貰っておきたい」

「私はマツダが書くものなら信用してるからいいだわね。時間もったいない。他の人のところいくだわね」

「じゃあ、後で簡単にインタビューさせて欲しい。聞きたいことは沢山あるんだ」

「OK!」

「あたしの家族からはあたしが許可を貰いましょうか?」

「いや、そこは俺が行くよ。滋悟郎さんと虎滋郎さんは今度の世界選手権には行くだろう? ハミルトンであるから俺も取材に行くことになったんだ。その時に時間貰って話をしようかと」

「あの、その事なんですけど」

「どうした?」

「あたし、世界選手権出られないかもしれなくて……」

 

 思わぬ言葉にジョディとルネは息を飲む。出られない理由がわからない。だが耕作はその理由に心当たりがある。

 

「体重別か……」

「はい……」

「どういうことだわね?」

「柔さんは体重別選手権に出場しなかった。それは世界選手権の出場をかけた試合だったんだ。それに出ないってことは選考から漏れていても不思議じゃない」

「ヤワラが強くてもか?」

「そうだ。でも、まだ望みはある。無差別級の選手として選ばれる可能性は十分にある。全日本に優勝してるからな。それに、富士子さんは強化選手として行って出場した経験もあるし」

「あの時は富士子さんも体重別に出てましたからね。今回のケースとは違いますよ」

「でも、こんな重要な試合なのにどうして滋悟郎さんは柔さんが出ないことを許したんだ?」

「わかりません。出たくないなって言ったらあっさり『よかろう』って」

「思惑があるのか、ただ単に」

「ボケたのかしら?」

「そんなわけ……」

 

 滋悟郎がボケる姿を誰も想像が出来ない。きっと何か理由があるのだろうが、誰にもその理由はわからない。

 

「マツダ! 明日はNYに戻るのだわね?」

「その予定だけど……」

 

 耕作はまだNYの観光地に柔を連れて行くことに抵抗があった。爆破テロがあってから警戒態勢は強化されているが、いつ何が起こるとも限らない。出来るだけ人の多い観光地には柔を近付けたくないのだが、いつまでもカナダにいるというわけにもいかない。

 

「ナイアガラの滝は見ただわね?」

 

 二人は首を横に振る。ナイアガラはカナダとアメリカの国境となる滝で、その迫力と美しさはよくテレビでも取り上げられるほどだ。

 

「オーそれは勿体ない。トロントからNYに向かう列車があるね。それに乗ればナイアガラの滝見れる」

「へーそれはどのくらいの時間が掛かるんだ?」

「12時間くらいだわさ」

「12時間!」

 

 飛行機で行けば1時間半から2時間。列車だとそんなにかかるのだ。

 

「松田さん、どうしますか? あたしの方は大丈夫ですけど、お仕事は……」

「俺は明日いっぱいまで休みで、仕事は明後日からだから別にどちらでも構わないよ」

「お仕事はNYですか?」

「いや、イリノイ州へ行くよ」

「そーですか……じゃあ、列車で戻りたいです」

「じゃあ、って何?」

「気にしないでください。あたしの都合です」

「そう……」

「決まったね? じゃあ、さっさと片付けて寝るね」

「まだ早いわよ」

「朝の8時には駅に行く。早起きだわさ」

 

 時刻は午後10時。荷物をまとめたり、シャワーを浴びたりしたら直ぐに日付をまたぎそうだ。柔は手際よく準備をしてもう寝るだけの状態となった。

 

「ジョディそろそろ……」

 

 リビングでは耕作がジョディに取材しているようだった。柔のことを話しているのは明白だから、割って入るのも気が引けそのままベッドに入った。少し寂しい気もしたが、耕作を応援したいという気持ちは本当で、そのためには我慢することもあることは覚悟の上だ。胸がモヤモヤとしつつも、トロント観光で疲れた体はベッドの心地よさに吸い込まれ気づいたときには朝を迎えていた。

 

 


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