YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.2 柔のライバル

「お義父さんは厳しい人ですが柔を大事に思っています。たった一人の孫娘が可愛くないはずがないですよ。自分の夢のために強くしたのだと柔も言いますが、お義父さんがいたから柔はまっすぐ成長できたのですよ」

「そうですね。二人は反発し合いながらも、お互いの気持ちを良く理解し続けていたように思います。最初は滋悟郎さんが反対していても結局最後は折れる。その中で柔さんも強くなる。いい関係です」

「そうだ。だから俺は帰らなかった。自分の柔道を極めることも続け、そして柔のライバルになりうる選手を育てたいと思うようになった。親父が柔自身を育て、俺はその相手を育てることでより高みへと進むことになるだろうと思ったんだ。日本中を歩いて探して、強い選手もいたが年齢的に柔のライバルにはなりえない選手ばかりだった。柔の強さは規格外で日本では敵なしだっただろう。ただ、海外には強い選手がいる。日本から出て海外で戦った時、柔は負けるのではないかという危機感があった」

 

 柔にとって幸運だったのは、日本に強い選手がいるという情報が流れたことでジョディが会いに来てくれて実際試合をしたことだ。海外の選手の実力を知り、そして試合をする喜びを知ったのだ。

 

「海外へも行かれたのでしょうか?」

「もちろん行ったとも。87年の西ドイツの世界選手権で俺はテレシコワの強さを知り、マークしていたのだから」

「テレシコワ自身も柔さんを完全に射程に入れたトレーニングをしてましたね。ジョディを負かして、怪我を負わせてもお構いなしの機械人間のようでした」

「まさにその通りさ。機械人間のテレシコワは完璧なトレーニングと完璧な肉体で隙のない柔道をしていた。彼女は柔のライバルになりえるが柔が彼女に興味を持つかがわからなかった。しかしロックウェルに怪我を負わせたことで柔に火を点けた」

「柔さんの中で何でもない人から、ジョディを傷つけた人に変わったわけですね」

「そうだ。そうなれば柔は必死に試合をする。柔は試合をするのに理由がいるんだ。なぜなら柔道に興味がないからだ」

「ジョディほど強い相手だと分かっていれば、試合をする気にもなるだろうけど、わからない相手とは最初からエンジンがかからないんですよね」

「松田くんも良くわかっているな。柔は柔道に無関心なんだ。それが日常でそれが普通じゃないと知っているから」

 

 耕作は気づく。柔が柔道をする理由を作らなくてはいけない。それを虎滋郎は作っていたのだ。

 

「だから、本阿弥さやかのコーチを引き受けたのですか?」

 

 虎滋郎は耕作をじろりと見た。

 

「まさにその通りだ。しかし本阿弥もまだ柔のライバルに足る素質を持っていなかった。むしろ持っていたのは花園富士子の方だった」

「富士子さんですか?」

「彼女が柔道を始めて2ヶ月の時に、様子を見に行ったことがあった。2ヶ月とは思えないほどの素質が見えた。それは直感ではなく、目で見て分かったことだ。親父に指導されていたとは言え、そこまで上達するとは思えない。実際他の部員たちは素人同然だっただろう」

「ええ、その通りです。富士子さんだけが別格でした。バレエ経験があるとはいえ、全く違う分野です。熱意と根性だけではあそこまで上達はしません。それに結果的におよそ4年で、産休を挟んでオリンピックで銅メダルを取るほどの逸材です」

「俺は彼女がもっと小さい時から柔道をやっていれば、いい柔のライバルになりえたと思った。しかし始めたのも遅くしかも柔の友達になるのが先だった。これではライバルにはなれない。だがいい起爆剤にはなった」

「さやかが富士子さんと戦って引き分けたあの試合ですか?」

「よくわかったな。あの試合で本阿弥は自分の実力を知った。現実逃避していたが、紫陽花杯の決勝で柔が筑波女子を五人抜きしたのを見て、表情が変わった。口に出すことはないがわかってはいるのだろう。柔道では柔の方が才能に恵まれていることを。それを自覚したことが分かってから俺は本阿弥の稽古を開始した、それまでは本阿弥のお遊びのような柔道では一生かかっても柔の足元にも及ばず、ライバルにもなりえないと思った」

「さやかを見出したのは滋悟郎さんですが、育てたのは虎滋郎さんってことですね」

「そうなるだろうな。だが誤算もあった」

「柔さんが柔道をやめてしまったことですね」

 

 虎滋郎は厳しい顔をしていた。

 

「俺はそこまで考えが及ばなかった。自分との絆で柔道を続けていると考えていながら、ライバルを育てることで柔がそこまで傷つくとは思っていなかった。俺を嫌い本阿弥を倒しに掛かると思っていたのだが……」

「そうはなりませんでしたね。柔さんはショックで柔道をやめました。復帰は絶望的だと思っていました。俺はもし柔さんが復帰しなかったら記者をやめるつもりでいました」

「まあ、そこまで考えてくださってたんですか?」

 

 玉緒が思わず口に出す。

 

「でもおふくろに怒られまして……途中で投げ出すな、最後までやり遂げろ。ユーゴスラビアまで行ったやる気はどこに行ったんだって。それで俺はもう一度柔さんに会いに行ったんです。俺にはその責任があったから」

「柔は復帰した。君のお陰だ。俺も柔を動かせるのは君しかいないと思って、手紙を書いたかいがあった」

「手紙ですか?」

「君と一緒にいたカメラウーマンに渡したんだが……」

 

 耕作は貰った覚えがない。でも結果オーライなのでそこは追及しないでおくこととなった。

 

「でもどうして柔さんがあの時復帰したのか未だにわからないんですよね。前日までは聞く耳すらなかったのに……」

「その辺りは本人に聞くのがいいだろう。俺たちじゃわからない」

 

 男二人の頭上に「?」マークが飛び交う中、玉緒はクスリと笑う。

 

「きっと二人にはいつまでたってもわからないでしょうね」

「玉緒さんはご存じなんですか?」

「ええ。直接聞いたわけではないですが、よくわかります。でも教えません」

 

 また男二人の頭上に「?」マークが飛ぶ。

 

 

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