「カネコさんとはもともと知り合いだったんでしょうか?」
「知り合いと言うほどではないですが、カネコさんのことは知っていました。それにカネコさんと母はお友達だったんです。結婚や戦争、引っ越しにより離れ離れになってしまいましたが、カネコさんは私の母のことを妹のように思っていてくれて、風の噂で私が東京にいることや祖母と二人暮らしであることを知って気にかけていてくれたようなんです」
「優しい人だったんですね」
「ええ、優しくて強くて憧れの人でした。カネコさんは家を失った私に一緒に住まないかと言ってくれました。居候みたいなものですね。私はカネコさんと母のことを知らなかったので、最初は戸惑いましたが私自身にも少しだけカネコさんとはご縁があったので喜んでその申し出を受けました。でも一つ気がかりだったのが、息子さんの存在です。もちろん今になっては虎滋郎さんだってわかっているので何の問題もないですけど、当時は年頃ですし心配でした。でもごあいさつに伺った時に虎滋郎さんを見て私は運命を感じたほどです」
「それはどういう?」
「気づいてますでしょう。早朝のランニングの人が虎滋郎さんだったんです。だから私、最初は戸惑って上手く話すことも出来なくて嫌われてしまったのではないかと思っていました。カネコさんの配慮で私は二階の今の柔の部屋に住まわせてもらっていて、虎滋郎さんの部屋とも離れていて接点はありません。そうなると食事の時以外ではあまり顔を合わせませんので、虎滋郎さんの様子を知ることが出来ませんでした」
「ということは、その時にはまだ友達未満のような関係だったと」
「そうですね。虎滋郎さんは普段は無口な人ですし、道場にいることが多かったので私たちは会話もすることはなかったですね。でも、ある日お店で急に人手が必要になって普段はいない時間まで仕事をして、お店を出たのが遅い時間になったことがありました。お店を閉めて時間も経っていたので油断をしていたのだと思います。お店でよく絡んでくるお客さんが闇夜に紛れていることに気づきませんでした」
昭和のこの時代はまだ外灯も少なく、全体的に今よりも暗い夜だっただろう。それに人通りもないような場所では女性の一人歩きはとても危険だ。
「お客さんは酔っていました。そして私が猪熊家にいることも知っていて、色々と変な想像をしていたみたいでその逆恨みのようなことを言っていました。でもまだ十代の私には十分すぎるほどの恐怖で声も出せずにいたところを、虎滋郎さんが助けてくれたんです」
耕作はホッと肩を撫でおろす。
「虎滋郎さんは私の帰りが遅い時にはいつも稽古だと言って走りに出ては、私に気付かれない距離で家まで付いて来てくれてたんです。この時まで私は本当に気づかなくてでもとても助かったので感謝しているんです」
「その当時から隠密行動をとっていたんですね」
「ふふっそうですわね。その一件以来、私は虎滋郎さんに夢中になりまして、その様子をカネコさんも知って成り行きで結婚したわけです」
「成り行きって……二人は深い絆と信頼で結ばれているように見えますが」
「私が一方的に恋に落ちて、カネコさんと二人で無理矢理結婚に持って行ったんですよ。虎滋郎さんにどういう風に話がされたのかはわかりませんが、気づいたら結婚式の日取りと新婚旅行が決まっていました。私が二十歳の時ですね」
「カネコさんはその後……」
「柔が生まれた翌年に亡くなりました。穏やかで笑顔が素敵な人で、病気で倒れてからも家族への気遣いは失くさずいつもお義父さんと虎滋郎さん、柔と私のことを気にしてくれていました」