ジョディの車に柔と耕作が乗り、他の3人はタクシーでホテルに戻った。
ジョディはちょっと気を利かせて、遠回りをした。
「おじいちゃん、あんまり話してくれませんでしたね」
「そうだな。戦争のことってみんなあまり話したがらないよな。あの時代は何を話しても戦争に結びつくからな。はぐらかしたり、嘘を交えるのはそのためかもな」
「日本に帰ったらまたおじいちゃんに聞いてみます。何か聞けるかもしれないし」
「そんな、悪いよ」
「いいんですよ。あたしも聞きたいですから。おばあちゃんのこととか、あまり聞けてないですから。お父さんからも聞ければいいんだけど」
「虎滋郎さんからは聞けたんだけど、やっぱり親のことは知らないことが多いみたいだ。カネコさんも虎滋郎さんに話すこともなかったらしい」
「そうですか。じゃあ、やっぱりおじいちゃんに……」
突然、視線を感じる。ジョディがバックミラー越しに柔を見ている。
「どうしたの?」
「せっかく、遠回りして時間を作ったのに何の話してるだわね」
「本の話よ」
ジョディは盛大なため息を吐く。
「恋人同士が久しぶりに会って、甘い言葉の掛け合いもしないだわね。そんなのおかしいだわね」
「だって、ジョディがいるし。甘い言葉って何よ」
「マツダならわかるだわ」
「な! 俺にふるな。俺がそんなこと人前で言えるような男に見えるか!」
「……見えないだわね」
折角の気遣いも無駄になり、柔をホテルに送り届けたあと残った耕作にジョディは檄を飛ばす。
「何やってるね! マツダ! ヤワラのこと愛してるなら抱きしめてキスよ。誰がいようと関係ないね」
「いや、俺たち日本人はそう言うのは人前ではしないし」
「でもまた離れ離れ。ヤワラも寂しい。あのままじゃ、浮気するだわね」
「うわきーー。そんな馬鹿な」
「相手はいくらでもいるね。世界のヒロイン。さっきの男も柔に気があるね」
「ぐぬ~。しかし、俺たちは……」
「わかってるだわね。ナイショの関係。だからこそ男が黙ってない。しっかり手を握っておかないと、どこかに行ってしまうだわよ」
車はホテルに着くとジョディを見送った。耕作だって不安だ。離れているから変な男が柔に近づいても気づけないし、追い払うことも出来ない。柔は魅力的な人だ。今まで男が言い寄って来なかったのは滋悟郎の庇護下にいたことが大きかっただろう。しかし最近はそれも弱くなっているという。そうなると隙をついて来る男は多いかもしれない。
耕作は再びタクシーに乗ってホテルへ向かおうとした。しかし今から行っても到底会わせてもらえるわけがないと冷静になり部屋に戻った。そして部屋の電話から柔の部屋に電話を掛けた。相部屋だと言っていたが、もしかしてその相手がでたらどうしようかと思っていると受話器から声がした。まさかの声だ。
「もしもし、誰ぢゃ」
「滋悟郎さんですか? 松田です」
「さっき会ったのに何の用ぢゃ」
「あの柔さんは?」
「風呂ぢゃ」
柔は柔道界ではさほど友人もおらず富士子がいなくなってからは、誰と相部屋になるのか気になっていたが祖父の滋悟郎と聞いて厄介だと思いながらもホッとしたのは事実だ。特に今回は、試合後出かけるし、余計なことを聞かれると返事に困る。祐天寺の計らいか何かだろう。
「のう、松ちゃんよ」
「なんですか?」
「おぬしは何が聞きたかったんぢゃ」
「え?」
「さっきぢゃ。昔話などさせて、何を知りたかったんぢゃ」
いつもと声のトーンが違う滋悟郎。耕作はこれはいい機会だと思い書籍のことを話す。
「柔のことを書く為にわしのことを知りたいということか?」
「はい。滋悟郎さんは謎が多い人です。もちろん知られたくないことくらいあるでしょうけど、今の柔さんを作った滋悟郎さんの半生を知りたいと俺は今回本を書くにあたって強く感じました」
「それならばわしの本を読めば解決ぢゃろう」
滋悟郎の自伝「柔の道は一日にしてならずぢゃ」のことだ。この本を読んで柔道を始めた人もいるくらい、柔道界では名の知れた名著だ。
「もちろん読みました。私生活のことも書かれていましたが、ほとんどが柔道のことです。俺は柔道以外のことが知りたいんです」
「わしの口からは言えん。言えることは本に書いてある」
電話は切れた。ここまでして語りたくないこととはなんだろうか。受話器を見つめる耕作。
「あ!」
耕作は柔に電話したはずなのに、滋悟郎と話して終わってしまった。もう一度かけたとして同じ部屋に滋悟郎がいるんじゃ、柔も落ち着いて話せないだろう。ジョディの言葉も気になるが今回は諦めて、柔が日本に帰ったらあらためて電話をしよう。