「猪熊さん?」
「は、はい!?」
人通りが多いわけではないこの道で、偶然出会ったのはハミルトンに応援に来たツアー客の西野だった。
「あーやっぱりそうだ。偶然だね。お友達と食事会?」
「ええ、まあ」
「三葉女子のみなさんじゃないですか?」
「あたしたちのこと知ってるの?」
「そりゃ、猪熊さんのファンなら当然ですよ」
「ふーん」
「それじゃあ、夜道気を付けてくださいね。猪熊さん、柔道頑張って」
「ありがとうございます」
西野は夜の闇に消えるように遠ざかる。まさかこんなところで会うなんて思わなかった。案の定、どんな関係なのか聞かれたので「お客様」とだけ言った。何か不穏な空気を感じたのか、マリリンがタクシーを止めて柔を強引に押し込んだ。
「これ、タクシーチケットね。じゃあね~」
「え? マリリン。どうしたの、急に?」
「丁度タクシー来たからよ。早く行かないと渋滞しちゃうわ」
柔が窓から出した顔を引っ込めるとタクシーは発車した。手を振るマリリンを柔は困ったように見つめた。
マリリンは笑顔で見送り、その後ろから南田が小声で話す。
「あんたも気づいたの?」
「当然じゃない。あんな目つきのやつ、そうはいないわ」
「冴えてるじゃない」
「この業界にいるとよく出くわすの。ああいう怪しいヤツ。だんだん目つきでわかるようになるわ」
「あたしも署内で見るわ。あの目は危ない。あ、ごめん。二人にはよくわからないわよね」
南田の作り笑顔に反するように、今日子と早百合の顔は硬直していた。
「あの人、見たことあります。幼稚園の行事で何度か見かけました。園児の父親かと思ってたんですけど……」
「あたしもデパートで見かけたことあるわ。妙に印象に残ってるの」
今日子も小百合も西野を見たことあるという。しかも印象に残るほど、異質なものを感じたようだ。
「目がよく合うんですよ。普通は自分の子供を見てるじゃないですか。でも、あたしはよく目が合うなって思って……」
「あたしもそうよ。よく目が合うの。でもね何も買って行かないからおかしいなって思うの。一人でいるし食べ物にも興味なさそうにしてるのよね」
「今日も偶然かしら?」
南田のその言葉に全員背筋が凍る。熱狂的なファンと言うのは存在する。マリリンもそう言う経験があるからこそ、気づいたのだ。そして南田の警察官としての勘も動く。
「柔ちゃんに警告だけでも出しておいた方がいいわよね」
マリリンが提案する。だが、本当にただの偶然でただ目つきが悪いというだけかもしれない。下手に怖がらせてしまうのも良くないと言う今日子と小百合だが、南田はマリリンに賛成する。
「柔ちゃんは確かに強いけど、不意に男に掴まれたら、しかも悪意を持って襲われたら抵抗できないかもしれない。有名人になって警戒してるかと思ったけど、おっとりした性格はそのままだったわ。危ない目に遭う前に言っておくべきだわ。あたしが警官として注意だけは促しておく」
「そうね。それがいいわ」
西野が歩いて行った方向を見ながら、寒気を覚えた。本当に暗い道だ。どこに向かって歩いているのかわからない。一人でフラフラ歩くような場所ではないのだ。
「こんな時に松田さんがいたらよかったんですけど……」
「肝心な時にいないのが松田さんよ」
いない人を頼っても仕方ない。今出来る事をしようと、全員で決意し今日は解散した。