YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.2 繋がる人の輪

「ジゴロー・イノクマですよ」

 

 耕作は一瞬息が止まった。ここに来てその名前。何かの導きとしか思えない。

 

「滋悟郎さんとシゲルさんのお父さんは知り合いだったんですね」

「ええ、いつも一緒にいて取材していたと言います。全日本柔道選士権で初優勝した時にもその場で取材していたと言っていました」

「それから五連覇するんですよね」

「そうです。でもその前に父は渡米しましたが……」

ねえ!盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろ英語で話してくれない?

 

 ジェシーが苛立った様子で口を挟んだ。まだまだ話したいことはあるが、仕事の話を先にしておかないとスミスにも悪い。耕作は英語でシゲルと会話を始める。

 

柔さんの本を出してくれる理由はわかりました。俺もこの偶然に何かの導きすら感じます

私もです。スミスから電話を貰った時、最初は柔道を良く知りもしないアメリカ人が書いたのだろうと思ったのですが、私が日本に行ったときに購入した新聞の記者と同じ名前だったこともあり是非にとお受けしました。うちは小さな出版社ですから、最初はそんなに部数は多く出せませんし置いてもらえる書店も少ない。それでも構わないでしょうか?

ええ、もちろんです。出していただけるだけありがたいです。実を言うと、もう何社も断られてまして、出版は不可能かと思っていたところなんです

そうでしょうね。アメリカはまだまだ差別的なところもありますし、ビジネスには厳しい。柔道もさほど人気のスポーツではないから売れないかもしれないと思うのでしょう。五輪の直後ならまだしも、もう一年経って出版する頃にはもっと経ってます。人々の記憶から消えてしまっています

そうなんです。残念ですがそれが現実です。だから俺はもう一度、アメリカ人に日本人の強さを知って貰いたい。柔道は、滋悟郎さんの柔道は一本を取る柔道。勝てばいいだけじゃない。いかにして勝つか。その内容も問われ、例え勝ったとしても見苦しい試合をしたならばそれは勝ちではない。心で負けたということなんです

その通りです。私もそう言った精神的な部分をもっと世界中に知って欲しいと思っています

だから俺はこの本で一本とるつもりでいます。誰も見向きもしなかった本だけど、きっと多くの人に読んでもらえると信じています。だからご協力をお願いします

 

 頭を下げる耕作に、シゲルは握手を求める。目指す場所は同じ。柔道を知って貰うために、力を尽くすこと。今は柔のことを書くだけだが、後々にはもっと深い柔道の本を書くのもいいかもしれない。滋悟郎の「柔の道は一日にしてならずじゃ」を翻訳するのもいいかもしれない。とにかく、進まなければ意味がない。

 この後、スミスとシゲルは契約についての話が行われ、耕作が不利になるようなことは一切ない公平な契約を結ぶことが出来た。そして時間の許す限り耕作はシゲルから父親のことを聞いて、そしてあるものを手渡されオフィスを出た。外はとっくに夕暮れ時で、少し風が冷たいくらいだ。

 

話しは終わった?もう帰るよ

 

 ジェシーがそう言うと、耕作は頷いた。その瞳はまっすぐ前を見つめていた。

 

 

 

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