YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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女神はツリーの前で
vol.1 朝目覚めたら


 カーテンの隙間から朝日が差し込んで柔は目を覚ます。いつもとは違う景色に柔は飛び起きる。

 

「え!」

 

 ここが耕作の寝室であることは瞬時にわかった。昨日ここも片づけたのは柔だ。でも、自分でベッドに入った記憶はない。

 

「どうして!」

 

 自分自身をよく見てみる。しっかり服を着ている。体にも異変はない。つまり何もなかったのだ。

 

「うそ!」

 

 信じられなかった。記憶の最後はテレビの画面。わけのわからない仮装をして騒いでいる人がいたのを覚えている。それからは……夢か現実か判別できないことばかり。

 柔はベッドに眠るのが自分だけなら耕作はどこにいるのかと思い、そっとドアを開けた。もしかしてソファで眠っているのかもと思ったが、姿は見えなかった。冷え切った部屋は昨夜とは全く違う。なんだか寂しささえ感じた。

 

 ――松田さん、きっと呆れたわ。それどころか怒ってるかもしれない。

 

 そう思うと柔は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。仕事部屋だというもう一つの部屋は片づけはあまりしないで欲しいと言われていたので、殆ど入っていない。恐らくそちらに耕作はいるのだろう。だからと言って入って行く勇気もない。扉の前で俯いて部屋に戻った。

 

◇…*…★…*…◇

 

 ブラインドは閉じていなかった。容赦なく窓から朝日が差し込み、普段寝る事のない埃っぽいベッドで耕作は目覚めた。昨夜は柔がソファで寝てしまい、自分のベッドまで運んだがさすがに隣に眠るわけにもいかないので、しかたなくこのベッドの上を片付けた。寝心地は良くないが、寒さはしのげた。

 大きな壁時計を見ると午前7時を指していた。寝坊したわけじゃなさそうだ。冴えない頭を起こして、ついでに体も起こす。

 

「うー、寒っ」

 

 厚手の上着を羽織って、リビングに行く。静かなこの部屋は昨日柔が掃除したおかげでとても綺麗で自分の部屋じゃないようだった。耕作はストーブのスイッチを入れると、柔が起きてくるまでに温まればいいなと思いながら顔を洗いに行った。

 あくびをして冷え切った水を恐る恐る触って、反射的に手を引っ込めてしまう。それと同時に玄関の方から音がした。耕作は体を強張らせる。昨日鍵は掛けたと思うが、ドアチェーンはしただろうか。ここは日本ではない。用心に用心を重ねないといけない。ましてや柔が来ているのだ。昨日のような恐ろしい目に遭わせたくはない。

 しかし無情にもドアは開く。チェーンはしていない。アメリカは銃社会だ。もし拳銃なんか持って押し入られたら手も足も出ない。なけなしの金を渡して出て行ってもらうしかない。そう瞬時に考えていると玄関の人影の正体が判明した。

 

「柔さん!」

「あ、おはようございます」

「その格好、ランニング行ってたのかい?」

「はい。目が覚めちゃったので。この辺りをぐるりと走ってきました」

 

 耕作は深いため息を吐いた。

 

「ここはアメリカで、君は土地勘もない。日本のように安全なわけじゃない。当たり前のように拳銃を持った人がいる国だ。わかってるのか!?」

 

 語尾を荒らげる。あまりに普通に無防備に外出したことを気づかなかった自分にも腹が立った。

 

「この辺りは治安がいいって言ってたじゃないですか!? 昨日だって松田さん、夕食買いに出かけていたし……」

「俺はいいんだ。慣れているし、でも、君は女性だ。俺とは違うよ」

 

 その言葉に柔は何も言えなくなる。しかも少しだけ嬉しいとさえ思った。

 

「君を責めているとかじゃなくて、ただ俺が気を付けていればいいことで。そもそもわかってたことだ。早朝に何らかのトレーニングをすることくらい。それなのに俺は何も気づかないで……何も怖いことはなかったかい?」

「何もありませんでした。外を歩いている人は少しだけどいましたし」

「そうか……今度からは声を掛けてくれよ。頼りないとは思うけど……」

 

 耕作が俯き加減でそう言うと、柔は胸が苦しくなる。

 

「そんなこと……ないですから。頼りないなんてことないです」

 

 柔はそう言って部屋に入って行った。耕作は少し強く言い過ぎたかと反省していると、寝室のドアが開き柔が出てきた。察しがついた耕作は洗面所の前から離れた。

 

「朝飯だけど、昨日の残りみたいなのでいい?」

 

 すれ違いざまにそう言う耕作に柔は「はい」とだけ言うと、シャワールームに入って行った。

 

◇…*…★…*…◇

 

 テーブルの上には昨日食べきれなかったチキンやベーグルが並べてある。一応、ベーグルはトーストしてチキンも温めなおした。耕作でも出来る料理の一つ、ゆで卵も並んでいる。それを見た柔は「わー」と感嘆の声を漏らす。

 

「そんなものしかないけど。あ、コーヒーでいい?」

「はい。でも松田さんゆで卵出来たんですね」

「それくらいはな。後も楽だし。持ってもいける。万能食材じゃないか」

「まあ、そうですね……」

 

 でも、一日に何個も食べられるものじゃないし、これだけ食べてればいいってものでもない。

 昨夜、冷蔵庫の中を見たが野菜は一切入っていなかった。入っていたのはビールとつまみになりそうなものがいくつか。後は、キッチンの棚の中に缶詰やスナック菓子などがいくつか。料理なんてする気がないのかとさえ思っていたが、一応はゆで卵を作ってはいたらしい。それでも、やっぱり心配だった。

 

「なんか元気ないけど、さっきのこと気にしてる?」

 

 マグカップのコーヒーを見つめているわけじゃなかったが、耕作から見ればそう見えてしまうほどじっとコーヒーを見ていた。

 

「いえ、気にしてるのは食事です。松田さん、野菜食べてますか?」

「え? 昨日は食べただろう」

「少しですよね。アメリカ来てからずっとこんな感じの食事ですか?」

「まあ、売ってるものはこんなものばかりだからな」

 

 今更自炊しようだなんて全く思っていないようだ。不規則で家にいないことも多い仕事だから仕方がないと言えば仕方がないが。

 

「心配です」

「いや……」

「心配です」

 

 柔はじっと耕作を見る。何を言いたいのか目が語る。

 

「……これからは野菜を食べるよう、努力します」

「はい!」

 

 にっこりとほほ笑む柔。でも本当なら自分がそばにいて作ってあげたいのだが、アメリカと日本は遠すぎる。出来る事は少ない。

 風が窓を鳴らし二人は同時に外を見た。日差しは出ているし、雲も見当たらない。

 

「いい天気だな」

「そうですね」

「これから自由の女神でも見に行かないか?」

「そうですね! NYと言えば自由の女神ですね」

「だろ? じゃあ、飯食ったらさっそく出発だ」

 

 

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