「柔!」
扉の方から声が聞こえると同時に、風祭は床に倒れていた。柔は一か八か一本背負いを仕掛けたのだ。風祭は有段者で男だし、柔の柔道を良く知っている。投げられないかもしれないと思ったが、簡単に空を舞った。
「相変わらず、いい投げっぷりですね」
風祭は笑っていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「気にしないでください。僕が悪いんですから。ところで柔さんのお友達が心配そうに見てますよ」
「え?」
顔を上げると、目の前には清水と和美が青い顔をして立っていた。
「柔……ごめん。あたし、てっきり……」
「和美が悪いんじゃないわ。あたしだってそう思ってたんだもの」
状況が全く掴めない。風祭は立ち上がってソファに腰かけると、ウイスキーを一口飲んだ。そして立ち尽くす3人の女性を見ていた。
「どういうことなの? 何でこんなこと……誰が……」
相変わらず黒のロングヘアーの清水は泣きそうな顔で言った。
「あたしたち勘違いしてたの。柔は高校の時からずっと風祭さんを好きだったじゃない。さやかさんと婚約したときもショックで泣いてた」
「あの時は、そうだったけど……」
本人が後ろにいるのに、さっきもう想いはないことを言ったばかりなのに話をぶり返されるのは辛いものがある。
「高校を卒業しても柔と風祭さんの関係は変わらなかった。近づいているようだったけど、そうでもなかった。さやかさんがいたからなのか、タイミングなのか分からないけど」
「どうしてそんなことわかるの?」
今度は和美が話す。眼鏡を外してコンタクトに変えた和美は、ベリーショートな髪型がオシャレだったが今は表情が暗く映えない。
「あたしたちだって柔のこと見てたもの。テレビで見ることの方が多いけど、狭い街だからたまに見かけることだってあった。偶然みたんだけど短大の卒業式の後、二人で食事してたでしょう。でも、同じ日にさやかさんともテレビに出てた。柔はきっと悩んでるんだと思ったけど、口を出せなかったの……遠い存在になった気がして」
「あたしね、今年のお正月に神社で柔を見かけたの。花園くんと一緒にいたでしょ」
「ええ。富士子さんとフクちゃんもいたわ」
「あの時に、花園くんの家族をとても眩しそうに柔が見ていて、それが悲しい恋をしてる目に見えたの。望んでいるものを得られないような悲しい目よ」
「そんな風に見てたかな? 全然、覚えてないけど……」
「無意識にそうさせたのよ。それであたし、和美に相談したの」
「清水から相談を受けて、もしかしてまだ柔は風祭さんに思いがあるんじゃないかと思ったわ。だって柔は恋人を作ってないようだし、それに英会話まで初めてわざと忙しくして淋しさを埋めてるんじゃないかと思ったの」
「どうして英会話習ってるの知ってるの?」
「あたし、柔の通ってるスクールの日本人スタッフなのよ」
「嘘! 見たことないわよ」
「日本人スタッフはあまり表に出ないのよ。雰囲気が壊れるから。それに柔は会社からの申し込みで殆ど事務手続きはしてないじゃない。あたしの出るとこなんてなかったわ」
「和美、話ずれてる」
「ああ、ごめん。それから、柔のことは気になってても何も出来ないでいた時、パトリックから聞いたの。柔が『大切な人が恋人とは限らない。会いたくても会えない人がいる』って。それって風祭さんのことじゃないかと思って……」
結婚した風祭とは、決して恋人にはなれないし、会いたくても会えない。そう和美は解釈した。
「それは、違うのよ」
「ええ、よく考えればいろんな人に適用される言葉よね。でもあたしたちは勝手に結び付けて、柔を応援しようとした」
「それでこんなことを……」
万が一、風祭が本気で柔を自分の物にしようとしたら、きっと柔は逃げられないだろう。そしてそれが友人たちが悪意なく仕組んだことだと知った時、柔は深く傷ついても友人らを責めることもできない。でも、人を信用できなくなる。そう思うと体が震えた。友達だからと呼び出され、警戒していても部屋には入った。何かあっても言い訳できない。
「ごめんね。もっとちゃんと考えればこんなことしなかった」
「何事も無くて良かった」
「もういいわ。でもどうして途中で入って来てくれたの? そういうことなら今ここにいないでしょ?」
「それは……」
二人は薄暗い廊下を振り返る。壁の陰から彼女は現れた。スラリとした長身にサラリと長い茶髪。短めのジャケットとロングスカートは白く雑誌のモデルのような美人だ。
「かおり!?」
風祭が驚きの表情でその人の名前を言った。だが、驚いたのは柔たちの方だ。