YAWARA!~2020 LOVE/WISH   作:いろいと

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vol.6 かおり

「かおり!?」

 

 風祭が驚きの表情でその人の名前を言った。だが、驚いたのは柔たちの方だ。

 

「かおりなの?」

「え? 柔さんはかおりを知ってるんですか?」

「え? だってかおりは高校の同級生ですよ。でも、あまりに姿が変わって自信がありませんが」

 

 目の前のかおりは悲しげに微笑んだ。

 

「かおりよ。二人が今、頭の中に浮かべたかおりはあたし」

「かおり……何があったの?」

「あたし、変わったでしょ。自分で変えたの。一生懸命ダイエットして、綺麗になる努力をした。だって『ダイエットしたら世の男性の何人もの人生を狂わすことになる』って言ってくれた人がいたから」

 

 かおりはチラリと視線を外す。薄く微笑むと柔を再び見た。

 

「あたしね、高校の時、あたしよりも小さく非力で気が弱い柔を守ってるつもりでいた。でも本当の柔は柔道が強くて誰よりも輝く存在だった。自分の希望を叶えて女子大にも行って、オリンピックで金メダルも取ったわ。あたしは柔のことを何も知らなかった。それが悔しかった。情けなかった。何も話してくれないほど頼りないのかと思ったわ。高校を卒業して、柔はまた新しい世界を広げてあたしのことは忘れちゃったみたいで」

「そんなことないわ……」

「いいのよ。だって柔は一緒に柔道をする友達を見つけた。紫陽花杯を見に行ったの。とても楽しそうだった。あたしたちには見せたことない顔よ」

「それは、かおりたちとは柔道をしてなかったから」

「わかってる。今更あたしは柔道をしようと思わなかったけど、また一緒にショッピングに行ったりお茶に行ったりすることは出来るかなと思った。それで思い出したの。いつも柔と一緒に洋服を買いに行ってもあたしはサイズが大きくて全然買えなくて、それを柔は気にしてくれてたじゃない。清水や和美だけなら気にしないでいいことを、あたしがいるばっかりに遠慮して……」

「そんなこと……」

「だからあたしダイエットしたの。もちろん、それだけが理由じゃないけど、自分を変えるためには必要なことだった。短大に入って周りのみんなはキラキラしてて、あたしは何も変わってなくて失うばかり。それがとても怖くて堪らなかった」

 

 優しかった高校の同級生たちと離れて、自分がいた場所がとても暖かい場所だと改めて知った。その場所に戻りたいと思ったけど、それは叶わないこと。だったら自分を変えないといけないと思った。

 

「短大二年の夏にはほぼこの姿になったわ。恋人も出来て楽しかった。でも、就職して暫くして別れて、そんな時に風祭さんと再会したの」

 

 二人の間に何かあるとは思っていた。風祭が呼び捨てで呼ぶ女性など、関係を持った女性くらいしかいないだろう。

 

「あたしのこと全然気づいてなかった。それは好都合だった。高校の時からちょっと軽いなとは思ってて、探りを入れるつもりで近づいた。向こうもまんざらでない様子で、口説いて来てあたしたちは割り切った付き合いをはじめた」

 

 この告白には柔以上に清水も和美も驚きを隠せなかった。そして一人よそ者のように座る風祭に視線が集まる。

 

「いや、その、大人の付き合いってやつですよ」

 

 邦子や三葉女子の友達に聞いてはいたけど、実際に風祭と関係を持った人が目の前にいるというのは衝撃だ。しかも相手は柔の友達のかおり。

 

「高校の時はみんな風祭さんに憧れていたわ。でも風祭さんは柔を特別に思っていたから、あたしたちは大人しく身を引いたの」

 

 風祭の表情が僅かに明るくなる。

 

「その特別はやっぱり本物で、付き合い始めてからそのことがより一層感じられた。だから見てて不憫だった。この人は本当に好きな人とは結ばれないのかなって。自業自得だけど、柔には関係のない話。でも一昨年のクリスマス・イヴ、二人は千載一遇のチャンスが訪れたわ。あたしはこの時から風祭さんとの関係を終わらせて、二人を応援しようと思ったのに柔はここには来なかった」

「そこまで知ってたの……」

「ドタキャンされて一人ぼっちになった風祭さんから、留守電が入ってたのよ。その頃あたしはイタリアにいたから、どのみち無理なんだけど」

 

 風祭は思い出す。バーで女の子に電話を掛けた中に、かおりはいた。そして誰とも連絡はつかず、ドライマティーニを一人で飲んだ苦いクリスマス・イヴを。

 

「その前から柔は柔道をやめてて何かあったんじゃないかとは思ってた。それは楽しいことじゃないことだってことも想像はついてた。だからこそ、ここで二人は結ばれるべきだと思ったのよ。傷ついた心に寄り添う、大人の男が柔には必要だと思ったの」

「ご期待には応えられませんでしたけどね……」

 

 風祭が自虐的に笑う。

 

「それなのに、翌日から柔は柔道に復帰したじゃない。もう、何が何やらわからなかったわ。そうこうしてるうちに、風祭さんは結婚しちゃうし柔はあの記者と噂になっちゃうし」

「それは……まあ、色々とあったりなかったりというか」

「記者との関係は否定してたから、きっとまだ風祭さんのことが好きだけど言えないでいるんだと思っていたの。だって既婚者でしょ」

「それでこんな手の込んだことを考えたってわけね」

「ええ。きっかけが必要だと思ったの。二人には、何かきっかけが。でもね、清水と和美と三人でさっき下でお茶してて気づいたの。もしかしてあたしたちの思い過ごしで、柔は風祭さんに気持ちが全くなかったとしたらそれは危険なことじゃないのかと。だって、風祭さんは柔のことまだ好きだと思うし」

「それで乗り込んできたわけね」

「ええ。まだ、間に合うと思ったから」

 

 かおりだからわかるのだ。風祭のベッドへ誘うまで、そしてその後のパターン。

 

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