クリスマスのイルミネーションが眩しいNYの夜。
耕作は渋い顔で歩いていた。最近は仕事にも慣れて来たし、日本での評判も上々。本の原稿も英語にするのにあと少しと言ったところまで来ていた。順調すぎるほど順調なのに、たった一つだけ上手くいかないことがある。
柔との関係だ。出会ったころから疎まれながらも傍にいて、言いたいこと言って怒らせることもあった。二人は記者と選手という関係でも友人でも、もちろん恋人と言う関係でもないのに、お互いを信頼しているのは何となくわかっていた。
それが恋人同士という関係になり、もっと信頼して話をしてくれるんじゃないかと思っていたが、柔は何でもないことはよく話すが悩みや不安をあまり口にしない。耕作が読み取れないだけかと思ったこともあったが、記者をしている耕作が聞き逃したり見過ごすわけがない。
柔は内に秘めるタイプなのだ。それを無理矢理聞き出すことは出来ない。自然に自分から口に出して貰うことが必要なのだ。だがそれも電話だとなかなか出来なくて、様子がおかしいとは思いながら核心に触れられない。いっそ、クリスマスに来た時に聞いてみようと思ったが、先日柔からクリスマスにNYに行けなくなったと言われ望みを絶たれた。
様子がおかしい理由が玉緒が倒れたことなのかとも思ったが、それだけじゃないような気もした。心配で不安なのはわかるが柔が抱える別の何かが耕作には全く分からないのだ。
「コーサク!こっちこっち」
スパイスガーデンではいつものメンバーが待ち合わせもしてないのに、当たり前のようにいて当たり前のように耕作を呼ぶ。そして耕作も自然に合流する。
「シケタ顔してどうした?この前まで顔全体にウキウキ感が出てたって言うのに」
「うるせー。クリスマスに彼女がこっちに来るって言ってたんだけど、お母さんが倒れて行けなくなったって連絡があって」
「それで落ち込んでるのか?」
「それだけじゃないけど、遠距離って難しいなって思っただけさ」
イーサンはちょっと前に彼女が出来て、余裕が出て来たのか耕作にも優しい。肩を叩いて慰める。
「彼女だけが女じゃないさ。周りを見渡せばいい女は沢山いる」
「いや、彼女以上の女はそうはいないよ。俺は6年片想いしてたんだ」
「マジかよ!そんなに!じゃあ、いっそ結婚しちゃえよ」
「は?」
「聞き取れなかったのか?結婚だよ。遠距離で不安って言うなら彼女を妻にしてNYで暮せばいい。てっとり早いだろう」
耕作はイーサンをじっと見て、その呑気な発想に笑ってしまう。
「無理だね」
「なんで?彼女は日本にどうしてもいたい理由があるのか?」
「いや、俺が彼女は日本にいて欲しいんだ」
「わからないな~」
「いいんだよ。これも俺のわがままだ」
「だったら、会いに行ったらどう?」
デイビットが口を開く。相変わらずズボラな髪型で今日は無精ひげまで伸ばしている。テロで負った怪我はとっくに治り、すっかり普段と変わらない日常を過ごしている。
「そうしたいんだけど、仕事の都合上勝手に帰国すると仕事を失う恐れがある」
「そもそも一人でこのアメリカのスポーツを取材するのは無理あるぞ。そこんところ会社はわかってるのか?」
「そりゃね。だからこそ日本人が好むスポーツに焦点を当てて取材してるわけで」
「何か理由を作ったらいいじゃないか。仕事のことでも何でも。もう1年以上は帰ってないだろう?」
「そうだな……考えてみるよ」
「そういえば、コーサク。アリシアとはその後どうだ?」
「どうもこうもないよ。公園で会えば話はしてくれるけど、稽古の様子は見せてくれないし、試合も出ないって言ってる。強情なお嬢様さ」
「誰の話してるんだい?」
「前に話しただろう。コーサクが追ってる女性柔道家のアリシアだよ」
「あ!思い出した。強い指導者がいて彼女もかなりの腕前だって」
「かなりの腕前だろうと予想してる。なにせ彼女は試合に出ない。練習も一人でしてるところしか見れない。何のために柔道をしてるのかわからないんだよ。でも、その体の動きはキレがありスピードがある。勿体ないよ」
「いいのかい?大きなアメリカ人の選手が出てきて力を付けたら、日本人はオリンピックで金メダル取れなくなるぞ」
「各国の選手が強くなることはいいことだ。日本だってその分つよくなれる。それに柔道は力技じゃない。体格のいいアメリカ選手が出てきても脅威じゃないが、アリシアはきっとそれを分かってると思う」
耕作はアリシアの身のこなしが時々柔と重なることがある。アリシアに柔道を教えているのはロイドだが、彼もまた相当な腕前だと思うが何故表舞台に出てこなかったのか。疑問は深まるばかりだ。