家で倒れた翌日、区立病院で玉緒が目を覚ますと、外は明るく穏やかに晴れていた。個室だったようで人の気配はしない。静かすぎて夢の中にまだいるような気がした。そう言えば見ていた夢は虎滋郎に出会ったばかりの頃の夢だった。土手を走る虎滋郎といつもすれ違っていた。お互いに認識してると知ったのは結婚後。新婚旅行先でそれとなく聞いたら、恥ずかしそうにうなずいた。あまり思いを口にしない人だけど、表情や仕草で読み取れる。それもまた面白い。失踪してからもわざと痕跡を残して、生きてると教えてくれた。玉緒はその痕跡を探して旅をした。わかりにくい、本当にわかりにくい手紙を受け取ったような気がした。でも、わかると嬉しい。こんなふざけた両親を持った娘は大変だっただろうと、今更ながら柔に申し訳なく思う。
ナースコールを押すとスピーカーから声がして、直ぐに行きますと言うので黙っていた。よくわからないがこのままでいいようだ。
看護婦は医師を連れて入って来て、玉緒は頭がぼんやりする以外特に異常はないようだった。だがまだ自分の状況が把握できていない。看護婦に昨日のことを聞かされて、柔と滋悟郎に心配を掛けてしまったことを深く反省した。
「たまには心配させてあげた方がいいのよ。お母さんって頑張って当たり前って思われるでしょ。でも、年も取るし人間だし限界もあるってわかって貰った方がやりやすいわ」
いかにもベテラン看護婦がそう言うと、玉緒は幾分か気が楽になったが家のことをやって疲れが溜まったわけじゃないことには後ろめたさも感じた。
午前11時頃、ノックの音がして入って来たのは滋悟郎だった。玉緒が起きているのを見て明らかにホッとしたように表情が崩れた。
「起きて大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。先ほど、先生にも診ていただきましたから」
「そうか。それならいいんぢゃ」
「お義父さん。ご心配お掛けして申し訳ありません」
「何を言っておる。家族なんぢゃから当たり前ぢゃ。それに玉緒さんにはうちのバカ息子が何年も心配をかけた。その事もあって今回のようなことがあったんぢゃろう。謝るのはわしの方ぢゃ。すまんかった」
「お義父さんが謝ることじゃありませんよ。今回のことはわたしに原因があります。ですが、以後気を付けますので気にしないでください。あの、柔はどうしてますか?」
「あやつは今朝も普通に稽古をして、仕事に行きおった。帰りに病院に行くとは言っておったから、来るとは思うがの」
「そうですか。それならいいんです」
滋悟郎は柔に持っていくように言われた荷物を置いて、出て行った。長くいてもすることがないし、午後からは鶴亀トラベル柔道部の指導がある。顔を出さないわけにはいかない。
お昼ご飯は普通に運ばれて来たが、味がいまいちなのもあるが食欲があまりなくて殆ど食べられなかった。それからぼんやり窓の外を眺めたり、眠ったりしながら過ごしているといつの間にか外は暗くなっており窓には自分の姿が写っていた。
――年を取ったわね。
そう思っていると、ドアがノックされ開いた。入ってきたのは柔だった。
「お母さん、起きてて平気なの?」
「ええ、何もしないって言うのは落ち着かないわね」
「そんなこと言って、休まないと体が元に戻らないわよ」
「そうね、ごめんね」
「お母さん……あたしの方こそごめんなさい。お母さんが倒れるほど疲れてたなんてわかってなくて。あたしもおじいちゃんも体力だけはあるから気づかなかったの」
「違うのよ。何も家事だけしてて倒れたわけじゃないわ。実はねそのことも踏まえて柔にお願いしたいことがあるの」
「お願い?」
「看護婦」と書いているのはこの時代ではそうだったからです。
ご了承ください。