1月半ばになると、柔も仕事と真田屋のお手伝い、柔道と英会話など目まぐるしい忙しさが戻ってホッとしていた。柔にとっては恋愛ごと以上に精神的に影響を及ぼすことはない。考える時間が短くなれば、その分思い悩む時間は減る。
「柔、お母さん来週から『真田屋』のお手伝いに入ろうと思うの。虎滋郎さんもフランスに行ってしまったしちょっと退屈なのよ」
一人で夕飯を食べていると、用意してくれた玉緒が言い出した。過労で倒れたことなどなかったように、玉緒の体力は回復し元に戻ったように見えた。
「まだ、早いんじゃ……」
「もう大丈夫よ。柔はもっと自分のことを大切にしなさい」
母には全て見抜かれていたのだ。耕作のことを考えないようにするために忙しくしていたが、夜眠れないことだってあった。いくら体力に自信がある柔でも、疲労は蓄積されそれが現れていた。
玉緒は湯呑を置いて柔の向かいに座る。
「お母さんがね、『真田屋』のことを黙っていた理由を話してなかったわね」
「うん……」
「昔は今の柔と同じ理由。虎滋郎さんがいなくなって淋しかったの。家のことをしてても気づくと考えていたわ。どうして出て行ったのか、どこで何をしているのか。あたしの何がいけなかったのかって。昼間なんて地獄よ。一人でいる時間が多いから嫌でも考えちゃうもの。そんな時に、『真田屋』に言って先代の女将さんに話を聞いてもらって働くことになったの」
「気が紛れた?」
「ええ、好きな仕事だったしみんないい人だった。でも、おじいちゃんには言えなかった」
「やめろって言われると思ったから?」
「そんなんじゃないわ。心配を掛けたくなかったの。ああ見えて、おじいちゃんは虎滋郎さんがいなくなったとき、あたしを心配してくれたの」
「信じられないわ。あの、おじいちゃんが」
「本当よ。でも、働いていてお給料を貰えてたから虎滋郎さんを探しに行くことも出来たからとても助かったわ」
「最近はやっぱり先代の女将さんが亡くなって人手不足だから、多く働いていたの?」
「ええ。お世話になったから。何か役に立ちたくてね。もう、柔に言ってもよかったんだけど今更言うのも変かなって思ってる間に倒れちゃったから」
柔が真田屋で聞いた話によると、虎滋郎が見つかる前は昼から夕方まで働いていたが、見つかってからは先代の女将から続けるかどうかは自分の判断でと言われていてそのまま同じように働いていた。フランスに行く時以外は、平日に4日間程度仕事をしていた。女将が亡くなって人手が減り、その穴を埋めるべく玉緒は柔と滋悟郎が家を出た直後から働きに出ていた。
家のこともきちんとしなくてはいけない。柔に頼ればよかったと思うが、耕作がいないことで落ち込んでいたり、富士子が引っ越して淋しい思いをしていることも知っていた。だからあまり負担はかけたくないと無理をしていたことで倒れたのだ。
「あたし、あのお店大好きよ。最近は野菜を切ったりしてるの。手際がいいのはお母さんの娘だからかしらって言われて……」
「ありがとう。でも、このままってわけにはいかないから。それに柔はちゃんと自分の気持ちに向き合わないと。折角話を聞いてくれる人がいるんだから。お母さんの時とは違うでしょ」
「うん……」
「松田さんは柔をずっと見てたのよ。気づいてるわ。柔の様子がおかしいことも。お互いに何に遠慮してるのかわからないけど、何も言わないでいて勝手にこじれるのは最悪よ。自分の気持ちをちゃんと伝えなさい。松田さんは嫌ったりしないわ」
「そうかしら。面倒だって思わないかしら?」
「思うならとっくに思ってるわ。でも、そんなことないじゃない。今もこうやって原稿を送ってくれたり、クリスマスもプレゼントいただいてたでしょう。思いの大きさは測れないけど、信じてもいいんじゃないの」
「わかったわ。お店も今週で終わりにする。でも、無理そうだったらあたしが代わりに行くから」
「うん、ありがとう」