元人間の神使の日常   作:九戸政景

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政実「どうも、四季の中では春が一番好きな片倉政実です」
貴使「どうも、神山貴使です。春か……たしかのんびりと出来るし、気候も暖かくて過ごしやすいよな」
政実「そうだね。もちろん、他の季節も好きだけど、一番を決めるなら春かな」
貴使「そっか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第2話を始めていきます」


第2話 神使としての目覚め

「……ん」

 薄らとした光を(まぶた)の裏で感じ、俺はゆっくりと目を開けながら静かに体を起こした。

「……あれ?たしか、俺……雷に打たれたはずだよな……? というか、ここどこだ……?」

 俺は自分がいるのがどこなのかを知るべく、とりあえず周囲を軽く見回した。すると、まず目に入ってきたのは、とても落ち着いた雰囲気の漆塗(うるしぬ)りの文机や和箪笥(わだんす)といった家具、とても綺麗な模様が描かれた襖だった。そして次に、自分の様子に注目してみると、何故かさっきまでの制服姿ではなく、浅葱(あさぎ)色の狩袴に深緑色の狩衣(かりぎぬ)といったの平安時代の公家の人が着ていた衣服を着ているのが分かった。

 え……なんで俺は狩衣を着てるんだ? それに、ここがどこなのかまったく分からないし……。

 ますます謎が深まる中、俺が寝かされていた布団から体を出し、更に辺りを探り始めようとしたその時、廊下からゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる足音が聞こえ、俺は動きを止めてその足音に意識を集中した。すると、その足音の主は俺のいる部屋の前でピタリと足を止め、少し安心したように息をつくと、襖の向こうから声を掛けてきた。

神山貴使(かみやまたかし)さん、お加減はいかがですか?」

「え……あ、はい。具合が悪いとかどこかが痛いとかは無いです……」

「……そうですか。それならば良かったです」

「あの……貴方は一体? それに……ここはどこなんですか?」

「そうですね……それをここで説明しても良いのですが、貴方の事をとても心配している者が一人おりますので、とりあえず私についてきて頂けますか?」

「は、はい……」

 襖の向こうにいるのが誰なのかや俺の心配をしているという人が誰なのかなど分からない事ばかりだったが、このままここにいても何も進まない気がし、とりあえずついていく事に決めた。そして、布団から完全に体を出し、襖をゆっくりと開けると、そこには俺と同じ狩衣姿のの上から青い(ひとえ)を着た長い黒髪を紫色の麻紐で結った若い男性がいた。

「あ、えっと……初めまして」

「ふふ……はい、初めまして。と言っても、私的には初めましてでも無いのですけどね」

「え、そうなんですか?」

「はい。ですが、こうしてちゃんと面と向かって話をするのは初めてなので、初めましてで良いとは思います。さてと……それでは早速参りましょうか」

「は、はい……!」

 少し緊張しながら答えた後、俺は男性の後に続いてさっきまでいた部屋を出て、廊下をゆっくりと歩き始めた。そして、辺りを見回しながら廊下を歩いていた時、他の部屋の襖越しに小さな黒い手足が付いた白くてふわふわとした何かがこっちを見ているのに気付いた。

「あの……さっきからこっちを見ているのに何かがいるんですけど、あれって何ですか?」

「……ああ、彼らは綿玉(わただま)という名前でして、言うならば式神のような物です」

「式神……という事は、貴方は陰陽師なんですか?」

「ふふ……いえ、違いますよ。ただ、彼らは色々な場所に入っていけるので、話を掛けてみてあげれば、中々面白いお話が聞けますよ」

「話……できるんですか?」

「はい、出来ますよ。なので、後でも良いので、話し掛けてみてあげて下さい。中には話し好きでは無い者もおりますが、基本的には話し掛けられるのがとても好きみたいですから」

「あ、分かりました」

「ありがとうございます──っと、着きましたよ」

 その言葉と同時に、男性が襖をスーッと開けた。すると、部屋の中心には市松模様の炬燵布団(こたつぶとん)が掛けられた炬燵や漆塗りの戸棚などがあり、炬燵には色こそ違えど俺と同じ服装の男性と水干(すいかん)姿の二人の女性が入っていたが、三人の男女は男性の姿を見るやいなや炬燵から体を出し、揃って正座をした。

春蛇(しゅんだ)夏弧(かこ)秋兎(あきうさ)、待たせてしまってすみません」

「いえ、問題ありません」

「そうですよ。私達は貴方様に使える者、このくらいは大した事ありませんから」

「そ、そうですよ! なので、お気になさらないで下さい!」

「ふふ、ありがとうございます。さて……それではそろそろお話をしましょうか。貴使さん、炬燵の空いているところに入って下さい。もっとも、春なので炬燵というよりは、普通の机として使っていますが」

「はい、分かりました」

 そして、空いているところに俺が入ると、男性は俺達を見回してから静かに口を開いた。

「さて……それではまず、私達が誰かという事からお話ししますね。私は天乃実豊尊(あまのみとよのみこと)、この『神薙神社(かんなぎじんじゃ)』に祭られる祭神(さいじん)です。そしてここにいるのは、全員が私の神使で橙色のツンツンとした髪をしているキリッとした顔立ちの男性が春蛇、青くて長い髪の綺麗な女性が夏狐、桃色の短い髪の可愛らしい子が秋兎です」

「神薙神社の神様にその神使の皆さん……という事は、ここって神薙神社の中なんですか?」

「はい、本殿の中に創りあげた私達の居住場所です。因みに、貴使さん達からはそう見えなかったかもしれませんし、普通には入る事は出来ませんが、『力』を持った者や私が認めた方ならば、ここを認識する事が出来、入ってくる事が出来ます」

「そうなんですね……」

「はい。そして、貴使さんがここにいる理由ですが……貴使さん、体に力を──具体的にはおへその辺りに力を込めて頂けますか?」

「え……は、はい……」

 天乃実豊尊様の言葉の真意はよく分からなかったが、とりあえず俺はその通りにしてみた。すると、体から突然強い光が放たれる同時に、体の奥から熱い『何か』が湧き上がってくるような感じがし、俺は体をくの字に曲げながらそれを必死に耐えた。

 ぐ……何なんだ、これ……! 体がスゴく、熱い……!

「ぐっ、あがっ……!」

「すみません、貴使さん。大変なのは分かっていますが、これはこれからの貴方にとって必要な事なのです」

「はぁはぁ……必要な、事……?」

「はい。なので、今だけは耐えて下さい。お叱りならば幾らでもお受けしますから……」

「はぁ、はぁ……大丈夫ですよ、天乃実豊尊様。あの死んでいてもおかしくない状態だったはずの俺が、今こうして生きているのは、たぶん貴方が助けて下さったからなんですよね?」

「……はい、その通りです」

「……なら、これはこれから俺が生きていくのに必要な事なんですよね? だったら……幾らでも耐えてみせますよ。こうして助けて頂いた以上、俺は貴方に恩返しをしたいですから」

「貴使さん……」

 驚いた顔で俺を見つめる天乃実豊尊様に対してニコリと笑いながら頷いていたが、正直な事を言うならとても辛かった。けれど、さっきも言ったように助けて貰った分は何か恩返しをしたいと思っていたので、俺はまずは今俺の中で起こっている出来事に意識を向ける事にした。そして、痛みと苦しみ、体の熱さに耐える事数分、突然感じていた物が全てスーッと消え始め、それと同時に体から放たれていた光も消え、俺はそのまま机の上に突っ伏した。

「はぁ……はぁ……終わっ、た……?」

「……はい、終わりです。貴使さん、本当にお疲れ様でした」

「は、はい……ありがとうございます……」

 机の上に突っ伏したままで天乃実豊尊様の言葉に答えていると、突然後ろからガバッと抱きつかれる感触があり、それに驚きながらゆっくりと振り返ると、そこには目をウルウルとさせながら俺を見る秋兎さんがいた。

「秋兎……さん?」

「良かった……本当に良かったですぅ……」

「良かったって……」

「ふふ、先程言った貴方の事を心配していた者というのが、実はこの秋兎なんです。秋兎はいつも神薙神社のお掃除や参拝客の案内を買って出てくれている貴使さんの事がとても好きみたいで、貴方が眠っている間はとてもソワソワしていたんですよ」

「そう……だったんですね……」

 後ろから抱きしめてくる秋兎さんの顔を見ながら答えていた時、ふと秋兎さんの事が愛おしく感じ、俺は不意に秋兎さんの頭を優しく撫でていた。その瞬間、秋兎さんはビクッと体を震わせたが、すぐに「ふにゅ~ ……」と気持ち良さそうな声を上げながら俺に更に体重を預けだし、俺は少しだけ苦しさを感じ始めていた。

 う……あんな試練みたいな事があった後にこれはちょっとキツいな。けど、秋兎さんは俺の事を心配してくれていたみたいだし、これくらい良いとしようか。

 俺に体重を預けながら今度は頬ずりまで始めた秋兎さんの姿に苦笑いを浮かべながら頭を撫で続けていたその時、襖が静かに開くと同時に、ホカホカと湯気を上げる湯飲み茶碗を五つ乗せたお盆を持った春蛇さんと夏狐さんが部屋に入ってきた。そして、湯飲み茶碗を静かに置き始める春蛇さんに対して、夏狐さんは俺に抱きつく秋兎さんの姿を見てクスリと笑った後、ゆっくりと俺に顔を近付けてきた。

「ねえ、貴方。秋兎に抱きつかれてどんな気持ち?」

「え、それは……まあ、悪い気はしないですけど……」

「ふふっ、そう。因みにこの子、貴方の事を本当に好きで、貴方が神社に来る度にピョンピョンと跳びはねていたのよ。それはまるで、恋しい人に会えて嬉しがる乙女のよ──」

「ちょ、ちょっと! 夏狐さん、いきなり何を言っているんですか!?」

「何をも何も……その通りだろう?」

「うぅ……春蛇さんまで……」

 呆れ顔で溜息をつく春蛇さんと妖艶な雰囲気を醸し出しながらクスクスと笑う夏狐さん、そしてプクーッと頬を膨らませる秋兎さんの姿を見ていた時、そんな平和な光景に俺は思わずクスリと笑っていた。

 神使と聞いて少し緊張していたけど、皆さん良い人そうだし、これからも良い付き合いが出来そうだな。まあ、これからも会えるかどうかは分からないけど……。

 そんな事を思いながらふと天乃実豊尊様に視線を向けると、天乃実豊尊様は優しい笑みを浮かべながら同じようにクスリと笑ってから、両手を軽くパンパンと打ち鳴らした。

「皆、まずは貴使さんに色々とお話をしないといけませんから、とりあえず座ってくれませんか?」

「……はい」

「畏まりました」

「あっ、はい!」

 そして、春蛇さんと夏狐さんがそれぞれ向かい合うようにして座って、秋兎さんが俺の隣に座り、天乃実豊尊様が俺達の向かいに座った後、天乃実豊尊様はコホンと咳払いをしてから静かに話を始めた。

「さて……神山貴使さん、まずは先程は苦しい思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。あれは貴方も予想していた通り、これから貴方が生きていく上で必要な試練のような物でしたので、私達は手助けをする事が出来なかったのです」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

「はい。そして、あの試練にどのような意味があったかなのですが……あれは貴方の中にある私の神力を貴方の魂に完全に馴染ませるための物だったのです」

「俺の中に神力が……でも、どうしてそんな事を?」

「それなのですが……貴使さん、貴方にとっては中々受け入れづらい事かも知れませんが、貴方はあの時に一度亡くなっているんです」

「亡くなっているって……もしかして、雷が落ちた事による感電死ですか?」

「その通りです。因みに、貴方が見つけた男はどうやら神薙神社の御賽銭を盗もうとしていたようで、貴方が雷に打たれてしまった後、駆けつけてきた神主さんと警察の方によって無事に捕まえられ、今は警察のお世話になっているようです」

「道雄さんが……でも、どうして道雄さんは駆けつけられたんですか?」

「話を聞く限りでは、貴使さんが携帯電話を落とした際、偶然神主さんに電話がかかり、神主さんが物音に不信感を覚えた事で警察に通報をした上で神薙神社まで駆けつけてきたとの事でした」

「そうだったんですね……」

「そして、そんな貴方が何故ここにいるかなのですが、それは神主さんと警察の方が犯人の男を捕まえている間に、私が貴方の魂を一度私の中に回収し、ここに戻ってきた後に私の神力を使ってまったく同じ姿をした魂の器を作り、その中に魂と私の神力を入れたからです」

「……つまり、俺はもう人間では無い、という事ですか?」

「……申し訳ありませんがその通りです。今の貴方は私の力を宿した存在、言うならば私の神使の一人という事になります」

「俺が神使に……」

「はい……この神薙神社を愛し、どんな日でもお掃除などを欠かさずに行って下さった貴方を救いたいという思いがあったとはいえ、勝手にそのような真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした……」

「天乃実豊尊様……」

 深々と頭を下げる天乃実豊尊様の姿を見た後、俺は自分の両手や体に視線を向けた。

 人間だった俺が神使になった、か……なんだか実感は湧かないけど、これはあくまでも天乃実豊尊様が俺の事をどうにかしてくれるためにして下さった事だし、怒りなんて湧くはずは無いよな。

 そう思いながらニッと笑った後、俺は頭を下げ続ける天乃実豊尊様に対して声を掛けた。

「天乃実豊尊様、頭を上げて下さい」

「貴使さん……」

「たぶん、貴方は俺が怒ると思っていたかも知れませんが、俺は貴方に対して怒りは感じませんよ。あの時、俺はただ死んでいくだけだったはずだったのに、貴方はどうにかして救おうとして下さったわけですから、怒る方がおかしいです。むしろ、俺は貴方にお礼を言う側ですからね」

「…………」

「天乃実豊尊様、俺を救って頂き本当にありがとうございました」

「……いえ、こちらこそありがとうございます。貴方にそう言って頂き、とても安心致しました」

「……ふふ、それなら良かったです。ところで……俺が亡くなってから今までどれくらい経っていますか?」

「そうですね……今日でちょうど一週間経ったはずです。そして、貴方のお葬式は既に済み、火葬まで行われているのも確認しているので、貴方の人間だった時の体はもう完全にこの世からは消失してしまっています」

「……やっぱり、そうですよね」

 一週間も経っていたのは正直予想外だったけど、()()()()すぐに葬式を出したり火葬をしたりするよな……。

 そんな事を思いながら少しだけ寂しさを覚えていると、隣に座る秋兎さんは心配そうな顔をしながら恐る恐るといった様子で俺に話し掛けてきた。

「……貴使さん、もしかしてなんですけど……ご家族とあまり仲良く無かったんですか……?」

「……はい。ウチの家族は、俺と亡くなっている祖父ちゃん以外は神様とか妖怪とかのような物に興味が無くて、自分の家の事でも無い神薙神社の手伝いをしに行っていた俺や祖父ちゃんの事をあまり良く思っていなかったんです。だから、その事で喧嘩する事もしょっちゅうだったんです……」

「そうだったんですか……」

「まあ、俺自身はあまり気にしていなかったんですが、こうしてあまり良く思っていなかったとはいえ、すぐに葬式を出したり火葬をしたりしたのは、元家族として少し寂しいなとは思ってます。これでも、大切な家族だとは思っていたので……」

「貴使さん……」

「けど、これで踏ん切りはつきましたよ。家族がそうしてくれた事で、俺は人間の神山貴使では無くなり、天乃実豊尊様の神使として新しい人生を送られるわけですから。ただ……」

「ただ……?」

「……道雄さんや詩織、祝玖(ときひさ)の事だけが気がかりなんです……。元々は祖父ちゃんが連れてきたのがきっかけとはいえ、俺が神薙神社の手伝いをするのを断ればと道雄さんが考え、自分達が一緒に帰っていれば結果は変わっていたかもしれないと詩織や祝玖が考えていて、その事を気に病んでいたとしたら、とても申し訳ないですから……」

 神薙神社の手伝いは自分の意志で始めた事だし、あの日に一人で帰る事になったのは仕方ない事だったけど、皆優しい上に理由が理由だったから、そう考えていてもおかしくは無いよな……。

 皆の顔を思い浮かべながらどうしたら良いかを考えていたその時、「……貴使さん」と何かを思いついた様子の天乃実豊尊様が話し掛けてきた。

「天乃実豊尊様、どうかなさいましたか?」

「私に一つ考えがあるのですが、聞いて頂けますか?」

「あ、はい……それはもちろんですが……」

「ありがとうございます。それでは──」

 そして、天乃実豊尊様は俺の耳に顔を近付けると、その考えを俺に話し始めた。




政実「第2話、いかがでしたでしょうか」
貴使「なんかこの調子だと、次の第3話で一区切りみたいな感じだな」
政実「そうなるかな。そして、これからも大体3話構成でやっていくつもりだよ」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」
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