貴使「どうも、神山貴使です。まあ、それって定番の組み合わせだよな」
政実「うん。後、それにプラスして温かいお茶でもあれば最高だね」
貴使「たしかにな。さてと……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・貴使「それでは、第3話をどうぞ」
俺が
「うん……どうやら、しっかりと集まってくれたみたいだな。後は天乃実豊尊様の考え通り、俺が皆に説明をするだけだ」
そんな事を独り言ちながら、俺は数時間前の出来事を想起した。
数時間前、天乃実豊尊様はニコリと笑うと、静かな声で話を始めた。
「貴使さん、先程私は貴方が私の神使になったとお話ししましたよね?」
「あ、はい」
「それによって、貴方は今の人の姿とは別に、一体の動物の姿に変化する事が出来るようになったのです」
「動物……あ、もしかして
「はい。彼らもそれぞれの名前に入っている動物の姿に変化する事が出来ます。もっとも、彼らは元から私の神使だったわけではなく、以前は別の神に仕える神使だったのですけどね」
「え、そうだったんですか?」
「はい、そして、
「俺も動物の姿に……でも、それが何なのかまでは分からないんですよね?」
「そうですね。ですが、その動物に姿を変えられれば、貴使さんが気になさっている方々に会いに行き、貴使さんが伝えたい事を伝えられると思うのです」
「なるほど……たしかにそうですね。それじゃあまずは、どんな動物の姿になるのかを確認しないといけませんね」
「そうですね。では早速、どのような動物の姿に変化するのか確かめてみましょうか」
「はい!」
そして、天乃実豊尊様から動物の姿に変化する方法を聞いた後、俺はどのように皆に話をするかを考えながら再び体に力を込め始めた。
「それにしても……俺が姿を変えられるのが『あの動物』だったのは結構意外だったな。まあ、おかげで皆を集めやすかったし、あの姿には感謝だな。さてと……それじゃあそろそろ始めようかな」
そう独り言ちた後、俺は皆に話をするためにゆっくりと拝殿の陰から歩き出した。すると、足音に気付いたらしい道雄さんがこちらに顔を向け、「え……?」と信じられないといった表情を浮かべ、それに続いて詩織と
あはは……まあ、仕方ないよな。死んだはずの俺が、普通に歩いてきてるんだから。
皆の顔を見ながら苦笑いを浮かべた後、俺は皆の前に立ち、一度礼をした。
「皆、久しぶり……で良いのかな?」
「あ、うん……一週間振りではあるから、そうだと思うけど……」
「そ、そうだな……」
「えっと……君は貴使君……なんだよね?」
「はい、そうです。もっとも、もう人間では無いんですけどね……」
「人間じゃないって……まさか、幽霊だとでも言うのか?」
「いや、正確にはこの神薙神社の
「神使として……?」
「ああ、どうやらそうみたいなんだ。さっき、お前達の所に何か来ただろ?」
「うん、綺麗な毛並みの白い狼みたいのなのが貴使からの手紙を咥えて来たけど……え、まさか……!?」
「ああ、あれは俺だよ。神使になった事で、狼に姿を変えられるようになったみたいなんだ。まあ、狼の姿だったのは、自分でも意外だったけどさ」
俺がニッと笑いながら言う中、詩織が少し安心したように「そっか……」と言った後、俺はふぅと息をついてから再び口を開いた。
「……さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか。皆、俺の気にしすぎだったら良いんだけど、俺が雷で感電死した事について自分に少しでも原因があると思ったり気に病んでたりしないよな?」
「……あ、えっと……」
「それは……まあ、うん……」
「……正直な事を言えば、そもそも貴使君が神薙神社の手伝いをしたいと言った時に断っていればとは思っていたよ……」
「やっぱり……か。でも、俺が死んだのはあくまでも俺が自分の意志で神薙神社に行ったからで、皆のせいなんかじゃない。だから、これ以上は気に病まないで欲しいんだ」
「貴使……」
「まあ、人間では無くなった以上、詩織と祝玖とはもう一緒に学校には行けなくなったけど、たぶんこれからは神薙神社で皆の事を見守りながら神使としての務めを果たしつつ、これまで通りに神薙神社の掃除なんかを──」
「でも……!」
「……詩織?」
突然大声を上げた詩織に対して俺が疑問の声を上げると、詩織は目に涙を浮かべながら声を震わせて言葉を続けた。
「私……貴使が死んだって聞いた時、スゴく後悔してた……。あの時、貴使に少し待っていてもらうように頼んでいれば、貴使が死ぬ事は無かったんじゃないかって、スゴく思ってたの……!」
「詩織……」
「……詩織の言う通りだな」
「祝玖……」
「俺も……実はそうだったよ。考えても仕方ないって分かっていても、頭の中でずっと自分の事を責めてた。なんでアイツを一人で帰らせたんだって、ずっと思ってたんだ……」
「二人とも……」
暗い表情で俯く二人の姿を見ていたその時、「でも……それじゃあいけないよな」と道雄さんがポツリと言った事で、俺達の視線が道雄さんに集中した。
「お祖父ちゃん……?」
「だってそうだろう? たしかに私達にはそれぞれに貴使君についての後悔があり、それは決して消える事は無い。けれど、それを引きずったままでは、私達は絶対に前に進めないし、貴使君だって気に病んだままになってしまう。それならば、もう自分を責める事はやめ、貴使君が天乃実豊尊様の神使となった事などを受けとめ、これからまた共に歩んでいく事にしたら良いと思うんだ」
「け、けど……」
「まあ、すぐにはそう思えないだろうし、私だって実はまだそう思い切れていないところはある。けれど、それが私達に出来る事ならば、私はそうしようと思うが、二人はどうする?」
「わ、私は……」
「俺は……」
道雄さんの言葉を聞き、詩織と祝玖は不安げに顔を見合わせた。しかし、すぐに覚悟を決めた様子でコクンと頷き合った。
「……やっぱり、このままじゃいけないもんね」
「だな……今俺達が出来る事は、ただ後悔する事じゃなく、貴使が神使になった事を受け止めて、その上で貴使の助けになる事だからな。貴使、神使となった以上は何かやらないといけない事はあるんだろ?」
「んー……まあ、まだ詳しくは訊いてないけど、たぶんあると思う」
「それなら、俺達にもそれを手伝わせてくれ。もちろん、俺達じゃ出来ない事もあると思うけど、精一杯サポートするからさ。なっ、詩織、道雄さん」
「う、うん……! もちろんだよ!」
「まさかこの歳になってから、天乃実豊尊様やその神使となった貴使君の役に立てる事になるとは思わなかったが、私も精一杯頑張らせてもらうよ」
「皆……うん、ありがとう」
「どういたしまして。……そうだ、貴使。せっかくだから、祭神の天乃実豊尊様やその神使について色々話を聞かせてくれないか?」
「……ああ、もちろん良いぜ」
そう言いながら賽銭箱の前の階段に座り、皆も揃って周りに腰を下ろした後、俺は安心感を覚えながら天乃実豊尊様や春蛇さん達の事について話を始めた。
話し始めてから数時間後、空がすっかり暗くなったのを確認し、俺は「そろそろかな……」と言いながらその場に立ち上がった。
「もう結構良い時間みたいだし、そろそろお開きにしようか」
「ん……そうだな」
「ちょっと名残惜しいけど……神社に来ればまた会える……んだよね?」
「そうだな。まあ、俺のこれからの事については聞いてないから、まだ何とも言えないけど、少なくとも神使として神社で何かする事にはなるだろうから、神薙神社に来てくれれば会えると思う」
「そうか……それなら、私は毎朝会える事になるのかな?」
「あはは、そうですね。さてと……それじゃあ皆、気をつけて帰れよ」
「ああ。それじゃあまたな、貴使」
「またね、貴使!」
「それじゃあ貴使君、また明日」
手を振りながら去っていく皆の姿を同じく手を振りながら見送っていると、「……どうやら、どうにかなったようですね」と背後から話し掛けられ、俺はクルリと振り返った。すると、賽銭箱の横にいつの間にか天乃実豊尊様が立っており、俺はニッと笑いながらコクンと頷いた。
「はい。おかげさまで伝えたい人達にはしっかりと伝えられました」
「ふふ、それなら良かったです。さて……それでは、そろそろ私達も中に入りましょうか」
「はい」
そして、天乃実豊尊様の後に続いて拝殿の中に入り、そのまま本殿の中へ入ると、そこには春蛇さん達や綿玉達の姿があった。
「皆さん……」
「ふふ……皆、新しい仲間の事が心配だったようで、貴使さんがお話をしている間、ずっとここで見守っていたんです。それで、話を終えたところを見計らって、私が声を掛けに行ったというわけです」
「そうだったんですね……皆さん、本当にありがとうございます」
「……礼には及ばん」
「ふふ……そうよ。同じ仲間なんだから、これから仲良くやりましょう」
「貴使さん、これからよろしくお願いいたします!」
「……はい! こちらこそよろしくお願い致します、皆さん!」
そう言いながら皆さんに対してペコリと頭を下げると、天乃実豊尊様はニコニコと笑いながら俺達を見回した。
「さて……それではそろそろ居間へ戻りましょうか。貴使さんのこれからについてもお話をしないといけませんからね。そして綿玉の皆、全員分のお茶の用意をお願いしますね」
「はい!」
「畏まりました!」
綿玉達の内の何体かが可愛らしい声で答えながらぴょんぴょんと跳びはねる姿を見てクスリと笑っていると、天乃実豊尊様は俺の肩をポンと叩いてニコリと笑った。
「さて、私達も行きましょうか、貴使さん」
「はい!」
天乃実豊尊様に返事をした後、俺達は揃って居間へ戻り、再び炬燵へと入った。そして、天乃実豊尊様はコホンと咳払いを一つすると、ゆっくりと話を始めた。
「さて……まずは貴使さん、本当にお疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます。でも……正直な事を言えば、道雄さんがああ言ってくれたから詩織と祝玖も納得してくれたところはあるかもしれませんけどね」
「ふふ、そうかもしれませんね。けれど、私は貴使さんの気持ちが神主さんに通じたからだと思っていますよ。だから、もっと自分に自信を持って良いと思います」
「天乃実豊尊様……はい、分かりました」
俺の言葉に天乃実豊尊様は満足げに頷くと、ニコニコと笑いながら再び話を始めた。
「次に……貴使さんに私の神使となって頂いたお詫びと言ったらなんですが、あの部屋はもう貴使さんの部屋という事にしておりまして、貴使さんが神主さん達を呼びに行っている間に貴使さんが住みやすいように綿玉達に手入れをしてもらっていたので、今日から自由にお使い下さい。もちろん、何か必要な物があれば、すぐに手配をしますので、遠慮無く申し出て下さいね」
「あ、はい」
「そして次なのですが……貴使さん、とても心苦しいのですが、貴方にはある事に協力をして頂きたいのです」
「ある事……ですか?」
「はい。それは……この神薙神社への信仰集めです」
「信仰……集め?」
「その通りです。実は……我々祭神というのは、その地域に住む方々の信仰を糧として力を発揮しているのですが、最近は神社に参拝をしにいらっしゃる方も少なくなり、私の力も以前よりは弱まっているのです」
「そんな事が……」
「そして、力の弱い祭神を祭る神社には、高天原から使いがいらっしゃり、注意や警告を受けたり、最悪の場合祭神を交代させられたりするのです」
「で、でも……流石に天乃実豊尊様が交代をさせられるなんて事は……無いですよね?」
俺が声を震わせながら訊くと、天乃実豊尊様は哀しそうな表情を浮かべながら首を横に振った。
「実はもう既に警告を受けていて、次はもう無いと言われているのです。なので、このままでは高天原からの使いがいらっしゃり、私は祭神の座を降りる事になるでしょう」
「そんな……」
哀しそうに言う天乃実豊尊様の言葉を聞いて俺も同じく哀しみを感じていたが、ふと春蛇さん達を見ると、春蛇さん達はそれよりも哀しそうな顔をしており、秋兎さんに至っては目に涙を浮かべていた。
「天乃実豊尊様……もしかしてなんですけど、春蛇さん達は元々別の祭神に仕えていた神使だったんですか?」
「その通りです。本来なら交代をさせられた祭神に仕える神使は、次の祭神に仕える決まりになっているのですが、春蛇達はそれを拒みまして、高天原の決定に背いたという事で存在を抹消させられそうになっていたところをそれぞれの祭神の懇願によってどうにか免れ、結果として彼らの共通の友であった私の元へ来る事になったのです。なので、春蛇達にとっては今回の件は私以上に辛い出来事なのですが、私にとってもこの神薙神社の祭神で無くなってしまうのは絶対にあってはならない事なのです。あの約束を果たし続けるためにも、私はこの祭神である必要があるのです」
「あの約束……?」
「はい……数十年前、私はある人間の方と出会いました。彼はとても強い霊感を持っており、元々この神社とは何の縁もゆかりも無かったのですが、偶然参拝に来た事がきっかけで幼かった頃の神主さんと出会い、その数日後に私とも出会いました。最初はとても驚きましたよ。私の姿を視る事が出来る事に驚いたのはもちろん、まるで同じ人間と接するかのように私に話し掛けてきたのですから。けれど、私はそんな彼の裏表の無い性格が気に入り、いつしか私達は掛け替えのない友となり、長い月日を共に過ごしてきました。そしてそんなある日の事、彼は自分の孫を連れて、この神薙神社を訪れると、その孫もこの神薙神社を気に入ってくれ、今では亡くなった彼の後を継ぐようにこの神薙神社の掃除や参拝客の手助けをしてくれるようになりました」
「……天乃実豊尊様、もしかしてそれって……」
「はい。もちろん、それは貴方の事で、私の友というのが貴方のお祖父様である
『それなら俺にも手伝わせてくれ、天乃実豊尊。なに、俺はただの人間に過ぎないし、周囲からは偏屈に思われてるみたいだが、道雄を含めて何人かは人間の友人もいるから、ソイツらの願いを協力して叶えてやれば、きっと信仰集めも捗るはずだ』と。
正直な事を言えば、とても申し訳なかったのですが、彼のその気持ちはとても嬉しかったですし、彼と一緒ならどうにかなると思っていたので、彼にも協力してもらう事にしたのです」
「…………」
「そして、そんな毎日が過ぎていったある日の事、年取った彼は自分のお孫さんの貴使さんを神薙神社へと連れて、私に会いに来てくれました。お孫さんがいる事は聞いていましたし、その時は特に驚きませんでした。そして、幼い貴使さんを連れて帰った後に彼は再び神薙神社を訪れると、信仰集めが上手く行っていない事を謝った後、私にこう言いました。
『天乃実豊尊、恐らくだが儂ももう長くは ない。だから、無二の親友であるお前に頼みがある。もし、儂に何かあった時は貴使の事を代わりに見守り、貴使に何かあった時には助けてやってくれ。アイツの両親はお前達神や妖怪のような物について興味は無いし、今日のように神社へ連れて行く事をあまり良くは思っていない。だから、儂が死んだ後はあまりここへは来ないように言うかもしれないが、たぶん貴使はそれを無視してここに来るだろう。だが、アイツは自分の身を守る術は持っていないし、儂のような霊感持ちでも無いから、悪意を持った輩に襲われたらどうしようもない。だからこそ、そうなった時のためにお前に貴使の事を託したい。お前ならば信用がおけるし、もしも何かあったとしても全力で助けてくれそうだからな』と……」
「祖父ちゃんがそんな事を……」
「そして、その後に私は約束を交わしたのです。この神薙神社の祭神として彼が亡くなった後は私が彼に代わって貴使さんを見守り、何か起きた際には全力を以てお助けする、と。もっとも、そんな約束を交わしておきながら私は貴使さんに命を落とさせてしまったのですけどね……」
天乃実豊尊様が哀しそうな表情を浮かべながら俯く中、俺は「天乃実豊尊様」と声を掛け、それに対して天乃実豊尊様が不思議そうに首を傾げた後、俺はニッと笑いながら首を横に振った。
「天乃実豊尊様は今でもしっかりと約束を果たしていますよ。実際、死んでしまった後にすぐに魂を回収して、こうして神使という形で生まれ変わらせてくれましたし、部屋や家具だって提供をしてくれた。それに、俺の死因だって雷による感電死という状況としてはどうしようもない物でしたから、祖父ちゃんだってそれに関して恨むような事は無いと思います」
「貴使さん……」
「天乃実豊尊様、先程お話をされていた神薙神社の信仰集め、俺も喜んで手伝わせてもらいます。俺だって天乃実豊尊様が祭神でなくなったり、新しい神様に神使として仕えたりするつもりは無いですし、そんな事になったら祖父ちゃんも哀しむと思いますから」
「……貴使さん、本当にありがとうございます」
「お礼なんて良いですよ。後、俺の事はさん付けで呼ばなくても良いですよ、天乃実豊尊様。一応立場としては、俺の方が下に当たるわけですし、そういう呼ばれ方はあまり慣れてないのでくすぐったいというか……」
「……ふふ、分かりました。それでは、これからは貴使君と呼ぶ事にしましょうか」
「はい。それと、春蛇さん達も俺の事は好きなように呼んで下さいね」
「……ああ、そうさせてもらうぞ、貴使」
「改めてよろしくね、貴使」
「貴使君、改めてこれからよろしくです!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってから天乃実豊尊様や他の神使の皆さんに対してペコリと頭を下げたその時、「……そうだ」と天乃実豊尊様は何かを思いついた様子でポンと両手を打ち鳴らすと、ニコニコと笑いながら話し掛けてきた。
「貴使君、せっかくなので神使としての名前も決めておきませんか?」
「あ、それもそうですね。それなら……皆さんの中に『冬』がつく方はいないようですし、俺の動物の姿は狼だったので、それを合わせて『
「冬狼……はい、私はとても良いと思いますよ」
「……私も異論はない」
「同じく異論は無いわ」
「わ、私もスゴく良いと思います……!」
「分かりました。それじゃあ神使として誰かの前に出る時は、冬狼と名乗る事にします」
「分かりました。それでは……貴使君、改めてこれからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
そして、天乃実豊尊様と握手を交わすと、天乃実豊尊様から伝わってくる『温かさ』と『温かさ』に心から安心感を覚えた後、俺は綿玉達が運んできてくれたお茶を飲みながら天乃実豊尊様達と色々な話をした。
「……ふぅ、いい湯だったなぁ……」
数時間後、夕食と入浴を済ませた俺は、着ていた狩衣の代わりに誰かが用意してくれたらしい寝間着に着替え、自分の部屋に向けて月明かりと縁側に置かれた行灯の明かりに照らされた廊下を一人で歩いていた。
それにしても……この寝間着は一体誰が置いておいてくれたんだろう? 夕食の時に天乃実豊尊様から、自分でそういう物は持っていかなくても良いって言われてたから持っていかなかったんだけど……。
そんな疑問を抱きながら歩いている内に自分の部屋に着き、俺は中に入るために襖に手を掛けた。するとその時、中からバタバタッという大きな音が聞こえ、それと同時に焦った様子の誰かの声が聞こえだした事で、急いで襖を開けると、中では天井から吊された幾つかの行灯の灯の中で三体の綿玉がどうしたらいいか分かっていない様子であたふたとしており、綿玉達の視線の先には畳に落ちた敷き布団と掛け布団があった。
え、えっと……何があったんだ、これ……?
状況がまったく分からなかったため、綿玉達を見ながら小首を傾げていると、綿玉の内の一体が俺へ視線を向け、「はわわっ!?」ととても驚いた様子で声を上げ、急いで俺の目の前へと飛んできた。
「も、申し訳ありません、貴使様! ただ今、お布団を敷きますので!」
「あ、いや……別にそれは自分でやるから良いんだけど、一体何があったんだ?」
「え、えっと……実は、先程お布団の準備を進めていたのですが、仲間の一体が体勢を崩した瞬間、その仲間を巻き込んだままお布団を落としてしまいまして、今どうにかして助ける手段を考えていたところだったのです……」
「そういう事か……分かった、とりあえずその仲間を助けてやるか。皆、ちょっと離れててくれるか?」
「は、はい……!」
「「畏まりました……!」」
そして、綿玉達が離れた後、俺は布団へと近付き、そっと持ち上げた。すると、布団の下で一体の綿玉が目を回しており、俺は怪我が無い様子なのに安心した後、布団を静かに裏返し、目を回している綿玉をそっと持ち上げた。
「おーい、大丈夫かー?」
「う、うぅ……?」
そして、綿玉はゆっくりと開け、俺がいる事に気付くと、途端にとても慌てた様子を見せた。
「た、貴使様!? お見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ありませんでした!」
「いや、それは別に良いんだけど……大丈夫か? 怪我とかはしてないか?」
「あ……はい、特に痛む箇所は無いので、大丈夫だと思われます……」
「……そっか、それなら良かったよ。さてと……それじゃあそろそろ寝る準備をしようか。皆、ちょっと手伝ってくれるか?」
『はい!』
綿玉達が揃って返事をした後、俺は綿玉達と共に布団や枕の準備を始めた。そして準備が整い、ようやく布団に腰を下ろした後、俺はふとある事が気になり、それを綿玉達に尋ねた。
「ところで……さっき狩衣の代わりに寝間着を置きに来てくれたのってもしかしてお前達なのか?」
「はい。私達は貴使様のお世話係を天乃実豊尊様より仰せつかっておりますので」
「そうだったのか。ありがとうな、皆。でも、どうしてお世話係なんて?」
「それは……私達が自ら希望をしたからです」
「実は私達は……仲間の中でも落ちこぼれと呼ばれている四体で、他の仲間に迷惑をかけて、いつも怒られているのです」
「それで、貴使様がお出かけになっていた際、天乃実豊尊様が他の神使様のお世話係を務めている綿玉以外の全員を招集致しまして、その中から貴使様のお世話係を務めたい者はいるかとお尋ねになったのです」
「もちろん、他にもやりたいという綿玉はいましたが、私達にとっては自分達の成長に繋がるとても良い機会だと思いましたので、揃って天乃実豊尊様にお世話係を務めたいと申し出たところ、こうしてお世話係をお任せされたのです」
「ですが……やはり、私達では力不足でした……。せっかく名誉挽回の機会を与えて頂けたのに、全然貴使様のお力になれないどころかお手を煩わせる結果となってしまいましたし……」
「うぅ……やっぱり落ちこぼれは落ちこぼれなのかな……」
綿玉達が揃って項垂れる中、俺は手の中に落ちてきた綿玉の頭を優しく撫でながら話し掛けた。
「落ちこぼれなのって、そんなに悪い事かな?」
「……え?」
「落ちこぼれっていうのは、その組織の中でも一番ついて行けてない奴の事を指す。つまり、後はもう下がりようが無いから上がっていくしか無いだろ? 言ってみれば、その組織の中の誰よりも伸びしろがあって可能性があるって事にもなるんだよ」
「誰よりも伸びしろがあって……」
「可能性がある……」
「そう。だからさ、これからは俺と一緒に色々な事をやって、どんどん可能性を広げてみないか? こうして出会えたのも何かの縁なわけだしさ」
「貴使様……」
「まあ、俺もまだ力や知識が不足してるところはあるけど、一緒に色々な事をやっていけば、きっとそれはこれからのための力になるって思ってる。努力は決して裏切らないなんて言葉もあるしな」
「そう……かもしれませんね」
「頑張れば……他のみんなにも馬鹿にされないようになるかもしれない……!」
「ああ、きっと誰もが羨むような綿玉になれるはずだ。だから、そうなれるように一緒に頑張っていこうぜ」
『はい!』
綿玉達が嬉しそうに返事をする様子を見て、俺も嬉しくなりながらコクンと頷いていたその時、俺は再び気になる事が出来、それを綿玉達へ尋ねた。
「そういえば……お前達綿玉には名前ってあるのか?」
「名前……いえ、個人名などはありません」
「よく見て頂けるとお気づきになるかと思いますが、私達にはそれぞれどこかしらに個人を特定出来る特徴が有ります」
「……あ、言われてみれば確かにそうだな」
「なので、個人名を持つ必要はないのです」
「そういう事か……でも、なんだかそれだと味気ない気がするし、せっかくだからお前達だけにでも名前をつけてみようか?」
「え、よろしいんですか?」
「ああ、もちろんだ。だから、ちょっと待っててくれるか?」
『は、はい……!』
綿玉達がワクワクした様子で答えた後、俺はさっき綿玉達から聞いた特徴を確認してから、綿玉達にピッタリな名前を考え始めた。そしてそれから数分が経った頃、良い名前が思いついた事を嬉しく思った後、俺は期待の視線を向ける綿玉達に話し掛けた。
「とりあえず思い付いたから、聞いてもらっても良いか?」
「は、はい!」
「もちろんです!」
「分かった。それじゃあまずは、白い毛の中に黒い毛が一本混じってるお前は
「水亀……ですね」
「ああ。それで、青い毛が一本混じってるお前は
「私が木龍で……」
「私が火雀……」
「そして、私が虎金……ですね。あの、由来とかはあるのでしょうか?」
「由来は……中国神話に伝わる四神という霊獣で、それぞれが事なる力を持っている上に色や方角が当てはめられてるんだよ。それで、皆の特徴や皆が四体だという事から四神が良いなと思ってそうつけてみたんだけど……どうかな?」
「はい、とても良いと思います!」
「こんなに素敵な名前をつけて頂けてとても嬉しいです!」
「名付けて頂けたせいか、スゴく力が湧いてきた気がします!」
「貴使様、本当にありがとうございます!」
『ありがとうございます!』
「どういたしまして」
嬉しそうに言う綿玉達に返事をしていた時、「ふわぁ……」と欠伸が漏れ、それと同時に強い眠気に襲われた。
「さてと……そろそろ寝るかな。皆、行灯の灯りだけ消してもらっても良いかな?」
『はい、もちろんです!』
「うん、ありがとう」
そして布団へ入り、枕に頭を載せた瞬間、行灯の火が静かに消え、それと同時に部屋は闇に包まれた。
「それじゃあ……皆、おやすみ」
『はい、おやすみなさいです!』
その声と同時に目を閉じた瞬間、俺の意識はスーッと落ちていき、やがて俺は眠りについた。
政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
貴使「これでとりあえず一区切りだな」
政実「そうだね。言ってみれば、これでプロローグ的なのが終わりで、ここからストーリーが本格的にスタートしていく感じだよ。尚、作中の虎金の名付けについてちょっと解説を加えるなら、綿玉達は元々が白くてふわふわとしたモノだから、白虎の『金行』のイメージである金属から、銀色の毛が混じってる綿玉に虎金って名付けることにした感じかな」
貴使「分かった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
貴使「ああ」
政実・貴使「それでは、また次回」