クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 Another Story   作:クロスボーンズ

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第17話 喪失者達

 

さて、シルフィーが機体整備をしていた時のサリア達の様子を見てみよう。

 

現在サリアとヴィヴィアンは自室でくつろいでいた。サリアは読者用の眼鏡をかけて何かを読んでいる。

 

「ここでクイズです!サリアは何の本を読んでいるのでしょうか!?」

 

ヴィヴィアンがクイズを繰り出した。

 

「教本よ。今後、いかに部隊を統率していくか。

それの参考になる手がかりを探しているのよ」

 

「なーんだ。あの本じゃないのか」

 

「あの本?」

 

「ほら。あれだよ。男と女がイチャイチャチュッ

チュする本」

 

「!!!??」

 

人というのは、他人には知られたくない秘密の一つや二つあるものだ。サリアの人には知られたくない秘密の一つ。それは恋愛小説の閲覧者という事だ。

 

しかしその秘密はヴィヴィアンに発覚していたようだ。

 

「ああ!私こわい!・・・これからどうなっちゃうの?」

 

「大丈夫だよ。ボクにその体を委ねて全てを見せてごらん?」

 

一人二役で行われるヴィヴィアン劇場が開幕した。その瞬間、ヴィヴィアン目掛けて何かが高速で投げられた。それはナイフであった。

 

「ウォッ!?」

 

ヴィヴィアンは間一髪でそれを避けた。

 

「見たの?」

 

サリアがドスの効いた声で言っている。

 

「えっ・・・ウッ・・・エェ」

 

「次勝手に漁ったら・・・刺すわよ」

 

果たして脅しなのか、本気なのか。それはサリアにしか分からない。

 

「・・・ごめんちゃい!」

 

【ぐ〜〜〜】

 

するとヴィヴィアンの腹が鳴った。彼女の腹時計は正確である。

 

「おおっ!ご飯タイムだ!サリアもどう?」

 

「悪いけど遠慮しておくわ。先に食べてなさい」

 

「んじゃ!」

 

そう言うとヴィヴィアンは部屋を後にした。

 

サリアは再び教本に目を通した。

 

(今のままじゃいつか隊はバラバラになってしまう。そしたらアンジュは死ぬ。それにあの様子だと、

シルフィーも・・・例えアンジュが仲間と見てなくても、例えシルフィーの正体が不明でも、二人とも第一中隊のメンバー。死なせない!私の隊では誰一人!)

 

サリアが隊長としての決心を固めた。

 

そしてその頃、ヴィヴィアンが食堂へと向かう最中ある人物と出くわした。

 

「あっ、シルフィー!そうだ!一緒にご飯食べよー!」

 

「・・・」

 

彼女は頷いてそれを了承した。特に断る理由がないからだ。食堂ではいい匂いが漂っていた。スパイスの効いたいい香りだ。

 

「おおっ!今日の食事はエルシャカレー!!」

 

ヴィヴィアンが何か興奮している。名前からしてエルシャが調理したカレーなのだろう。カレー皿を受け取った二人は席を探していた。するとそこでとある二人を見つけた。

 

「あっ!アンジュにナオミ!一緒に食べよ!」

 

「ヴィヴィアン。それにシルフィー。いいよ。食べよう」

 

こうして四人の食事が始まった。カレーを一口食べるなり四人が同じ事を口走った。

 

「美味しい」

 

そう。美味しいのだ。皇室育ちで美味しい物を食べてきたアンジュでさえ、目の前のカレーの美味しさを素直に表した。他のアルゼナルの飯が不味いだけなのかも知れないが・・・

 

「エルシャのカレーは世界一だからね!」

 

まるで自分事の様にヴィヴィアンが胸を張った。

だがそこまでだった。

 

「・・・」

 

その会話が終わると皆が黙ってしまった。話そうにも話を切り出せる空気ではない感じがする。

 

特にアンジュとシルフィーなど、目の前に座りながら互いの存在を無視しているかの様に、ひたすらにスプーンにカレーを乗せ口の中に放り込んでいる。何やら独特な壁と言うか、隔たりを感じさせる。

 

「二人とも。何か話さない?」

 

我慢できなくなったのか、ナオミが提案した。だがアンジュは無視、シルフィーは首を横に振った。

そして再び黙々と食事を摂る風景が続いた。

 

(何か共通の話題を見つけないと・・・)

 

「そうだ!3人とも!これあげる!!」

 

ナオミが考えを巡らせている間に、ヴィヴィアンが元気よく切り出した。彼女のこのような所は他の何よりも勝るものなのだ。そしてヴィヴィアンがポケットから何かを取り出した。それは奇怪な形をしていた。熊だろうか?いや、熊にしては妙に歪だ。

 

「・・・なにそれ」

 

「ペロリーナだよ!知らないの!?」

 

「ペロリーナ?」

 

「・・・懐かしいわね」

 

ナオミは知らないらしいが、口調からしてアンジュは知っているようだ。

 

「アンジュ。知ってるの?」

 

「外の世界で一時期流行ったキャラクターよ。まあブームは去ったけど」

 

「へぇ。アンジュって物知りなんだねぇ」

 

「別に」

 

「ほら!私とヒルダ。アンジュとシルフィーでフォワードを組めばきっと今より強くなれると思ってさ」

 

「えっ。私は?」

 

「ナオミはついで!」

 

元気よく言われた一言にナオミは苦笑した。

 

「くれるってことは、好きにしていいのよね?」

 

「もっちろん!」

 

【ボチャ】

 

次の瞬間、アンジュは受け取ったペロリーナをカレーの上に落とした後、席を立った。

 

「アンジュ・・・」

 

ヴィヴィアンはそれを拾い上げた。

 

「・・・貰う。勿体ない」

 

そう言うとシルフィーはペロリーナとアンジュの残したカレーを受け取った。

 

「ねぇシルフィー」

 

「何?」

 

「もう少し、皆んなと馴染む事は出来ないかな?」

 

「馴染んでるつもりだけど」

 

「じゃあ、笑顔とか周囲の人に見せてみたら?」

 

「・・・笑顔・・・か」

 

やがてカレーを食べ終わり、三人が帰ろうとした時だ。厨房からコック姿のエルシャがやってきた。

 

「ねぇナオミちゃん。人手が足りないの。よかったら手伝ってくれない?」

 

「えっ?でも私・・・」

 

「心ばかりの日当を出すわよ」

 

「喜んでやらせて頂きます!!」

 

そう言うとナオミは満面の笑みで、エルシャとともに厨房へと入っていった。

 

(あれが笑顔か・・・)

 

そう思い二人は食堂を後にした。

 

 

 

シルフィーは部屋へと帰った。そこにアンジュはいなかった。だが何処にいるのか気にもせず、ペロリーナをタンスにしまうと、そのままベットへと潜り込む。シーツを身体に巻きつけると、直ぐに眠りに落ちた。

 

その頃、ヒルダ達三人の内、ロザリーとクリスは

お楽しみの疲れでそのまま眠りについていた。

 

ヒルダは懐からあるものを取り出した。それはゾーラ隊長の義眼であった。窓際により、窓を開け放った。

 

「好きだったよ。ゾーラ・・・」

 

次の瞬間、大きく振りかぶって義眼を投げた。少しして【ポチャ】という音が小さく聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・んんっ」

 

不意にシルフィーが目覚めた。時計を見ると時刻はまだ午前3時半を少し過ぎた程度であった。何気なく隣を見るとアンジュが眠っている。

 

「・・・」

 

やがてシルフィーは部屋を出た。特に点呼時間までは部屋にいろという規則はない為に問題行動ではない。廊下は静まり返っていた。皆が安眠を満喫しているのだろう。

 

いや、シルフィー以外にもいたのだ。一人だけ。

 

(あれは・・・ヒルダ?)

 

廊下の奥深く、コソコソと辺りを警戒しながらヒルダが歩いていた。こちらには気がついていない様だ。やがてヒルダは機体デッキへと足を進めた。

 

(何してるのかな・・・)

 

少し気にしたが、シルフィーは気にせず歩き続ける。その足で砂浜の広がる外へと出た。月明かりによって光は灯されている。潮の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「・・・・・・」

 

やがてシルフィーは制服を脱ぎ出した。全裸になると、そのまま夜の海に身体を浸らせた。しばらくして泳ぎ始めた。泳いでる最中に息継ぎする時に海水が口に入る。塩っぱい。

 

「この感じ、久しぶり・・・」

 

海を泳ぐ。これはアルゼナルに来てから一度もした事がなかった。少し魚などを探して泳いだが、海中の暗さも相まって魚は1匹も捕まえる事は出来なかった。

 

やがて泳ぎ疲れたのか、陸に上がると砂浜に大の字になって寝転がった。夜空には瞬く星と綺麗な満月が浮かんでいた。その光景は島で見た光景となんら変わりなかった。

 

「それに比べて、変わったわね。私も・・・周囲も」

 

彼女は名もなき島で一人育った。腹が減ったら魚を取りに海へ、木の実を取りに森へ。喉が乾けば島を流れる川へ、そして滝へ。たまに食材の取り合いで熊や猪と奪い合った事もある。自分以外の話し相手などいなかった。シルフィーと呼ばれる事もなかった。それ以前に、シルフィーという言葉もなかった。

 

それが今では違う。腹が減っても飢え死ぬ心配はとりあえずない。喉が渇いたなら蛇口を捻ればいい。それにあったかい水も出る。寝床も暖かい。なによりここで過ごす事で、島ではなかった何かを得ている。まるで欠けていた何かが満たされている。その様な気分になれた。

 

やがて朝陽が昇って来た頃。そろそろ戻ろうと身体を乾かしていた時だ。

 

「ビービービービー!!」

 

突然基地内に警報が鳴り響いた。オペレーターの声が響く。

 

「シンギュラー反応確認!第一種遭遇警報発令!パラメイル第一中達は出撃準備へ」

 

ドラゴンが来た。シルフィーは制服を着込むと、駆け足で基地内へと戻っていった。ロッカールームでは既に何名かがライダースーツへの着替えをしていた。

 

ライダースーツに着替え終わると、皆が発着デッキ目指して駆け出した。

 

「シルフィー。早くオメガ起動させて!」

 

メイの催促する声を聞き、シルフィーが機体に乗り込みコントロールユニットを差し込む。するとオメガにエンジンがかかる。モニターなどの様々な動力源も起動し始めた。ふと隣を見るとアンジュがいた。手に何かを持っていたが、それを投げ捨てていた。

 

「全機!発進どうぞ!」

 

発進許可が降りたと同時に、第一中隊の機体はその身を戦場に向かうため、空を舞った。

 

「シルフィー。機体の速度を少し落としなさい。

隊列を乱しているわ」

 

「・・・イエス・マム」

 

モニターに表示されている速度メーターはかなり低い。それでも他のパラメイルとの速度の違いが露わになっている。

 

(やっぱりあの機体。普通じゃないのかしら)

 

そう思っている第一中隊の前に、ドラゴン達が現れた。するとヴィルキスが隊列を離れた。向かう先はドラゴン達の大量にいるシンギュラーポイント、

つまりは敵の溜まり場だ。

 

「アンジュ!勝手な行動はやめなさい!」

 

しかしサリアの注意もアンジュは聞かなかった。

 

「くっ!各機散開!駆逐形態でドラゴンを殲滅する!!」

 

サリアの指示の元、皆が機体を駆逐形態へと変形させた。

 

アンジュは一人でドラゴンの群れと張り合っていた。このままの勢いなら今回も一人でドラゴンの大半を狩り尽くすだろう。

 

その時、突然ヴィルキスの先端が爆発を起こした。先端部分からは黒い煙が吹き上がっている。敵の

攻撃による被弾ではない。

 

「アンジュ!早く機体を立て直しなさい!」

 

アンジュは必死に機体を立て直そうとしている。

だが機体は尚も降下をし続けている。

 

そこにスクーナー級ドラゴンが一体組みついてきた。

 

ヴィルキスはドラゴンと共に海面へと落下した。

見る見るうちにヴィルキスの姿は遠のいた。

 

「サリアちゃん!大きいのが来るわ!」

 

シンギュラーからドラゴン。ブリック級が現れた。ご丁寧に子分の様なスクーナー級もそれなりに現れた。

 

(ここでヴィルキスを失うわけには・・・

でも・・・)

 

「・・・各機。ブリック級の殲滅にあたる!」

 

苦虫を噛み潰したような表情と口調でサリアが言った。

 

「全機!凍結バレット装填!一気に仕留める!」

 

皆が凍結バレットを装填する。シルフィーも凍結バレット弾を装填する。そしてブリック級へと狙いを定めていた。

 

その時である!

 

【ガタン!】

 

妙な音が響いた。すると突然全員の機体が落下をし始めた。特に下降する操作をしているわけではない。むしろ、機体が自然落下していると言うべきか。立て直そうにも機体は操作不能に陥った。

 

「なにこれ!?一体どうなってるの!?」

 

「なんで動かないの!?」

 

皆が必死になって機体を動かそうとする。しかし機体は動かない。まるで何かに機能が阻害されているかの様だ。計器類などは滅茶苦茶な数字の羅列を並べる。通信なども完全に使えなくなっていた。何よりエンジンも停止している。

 

【バシャン!】

 

海面に一番近くで戦っていたオメガが、最初に落下した。

 

「シルフィー!」

 

ナオミが叫ぶ。オメガは海流に流されていった。

そんな最中も他の機体も落下しそうになる。すると突然機体のコントロールが戻されたのだ。サリア達は慌てて機体を上空へと持ち直す。

 

何とか機体は安定させる事が出来た。だが次の瞬間にはブリック級達が襲いかかってきた。あの影響はドラゴンにはなかったようだ。ドラゴン達の仕業なのだろうか?

 

何とか態勢を立て直し、ブリック級達を殲滅する事に成功した。

 

「シルフィーは!?」

 

ナオミが慌てて落下ポイントを見てみる。だがそこにオメガの姿も、シルフィーの姿もなかった。アンジュの時もそうだが、ここら辺の海域は潮の流れが複雑で激しい。その為もう機体は目に見えない所まで流されていた。

 

「そんな・・・アンジュだけじゃなくて、シルフィーも・・・」

 

するとアルゼナルから通信が送られてきた。相手はジル司令であった。

 

「全機。一度帰還しろ」

 

「二人はどうします?」

 

「それらを決定する為に一度帰還しろ」

 

「イエス・マム。ナオミ、一度帰還するわよ。このままじゃ燃料がなくなって貴女まで帰れなくなるわ」

 

「・・・イエス・マム」

 

そう言うとサリアは現在地にマーカーポイントを付けると、中隊メンバーを引き連れその場を後にした。

 

(二人とも。無事だよね・・・)

 

今のナオミには、二人の無事を祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰って行く第一中隊。それらを遠くから眺めている存在がいた。

 

「ふぅ。帰ったようだね。あの人達」

 

「あの。よろしかったのでしょうか?」

 

「ん?何が?」

 

「私達はドラゴンとの戦闘を避けるためにステルスを使うはずでした。それなのに間違ってジャミングを使うだなんて・・・」

 

「まぁ誰にでもミスはあるよ!気にしない!気にしない!」

 

「少しは気にされた方が・・・まぁいいです。それで方角はどちらでしょうか?」

 

「んー・・・現在地から南南西ね!」

 

機体の操作不能の原因を作ったと思わしき二人は、このようなやり取りの後、ステルス迷彩の施された機体ごと何処かへと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

とある島にて。

 

「いゃ〜大漁大漁。これで当分食うに困らないぞ〜」

 

その島で男は歩いていた。手にはそれなりの魚が握られていた。

 

(・・・・・・何やってんだ俺・・・他の生き物の命を奪って・・・生きて・・・一体なんのために?)

 

「んっ?」

 

男の視界の端にとある物が映り込んだ。それは砂浜に乗り上げていたヴィルキスであった。

 

(あれは・・・ヴィルキス!?)

 

男は慌ててヴィルキスに駆け寄る。そしてコックピット部分を見た。そこには意識を失ったアンジュがいた。

 

「女の子!?この子がヴィルキスを・・・」

 

男はアンジュを背負うと、その場を離れた。

 

 

そしてその頃、それとはかけ離れたもう一つの島では。

 

「あーあ。暇だ暇だ。暇で暇人になりそうだ!」

 

エセルが海で水切り遊びに励んでいる。その背後にはドミニクが呑気に眠っている。

 

「暇なら寝ればいい。気がつけば夜になる」

 

「私はあんたみたいにしょっちゅう寝むれねえんだよ!」

 

「・・・?」

 

突然ドミニクが立ち上がった。

 

「どうしたドミニク?」

 

「・・・何か来た」

 

そう言うと彼女は砂浜を歩いて行った。その後をエセルも付いて行く。やがて砂浜に座礁するとある機体を見つけた。

 

「おい!あれってオメガじゃねぇか!なんでここに流れついでんだよ!」

 

「シルフィー」

 

「えっ?」

 

「乗ってる人。シルフィー。意識を失ってる」

 

「なんだって!じゃあ早く・・・」

 

「介抱するには体力が必要」

 

そう言うとドミニクは砂浜の上に横になった

 

「寝溜めしないと」

 

「だぁぁ!!だから寝ようとすんじゃねぇ!!」

 

「後五分。後五分で体力満タンになるから・・・」

 

「お前の五分は五時間だろうがぁ!!」

 

そう言うとエセルは、一人コックピットへと駆け寄った。そこには意識を失っているシルフィーがいた。

 

(ちっ!シオンがいない今、まさかこの娘と出会うとはな・・・)

 

そう思いながらシルフィーを背にかつぎ、寝ているドミニクを引きずりながら、エセルはその場を後にした。





最近周回などが忙しくてなかなか書く暇がない。

島の話を1話で終わらせるか2話で終わらせるかは
悩みどころです。

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