クロスアンジュ 天使と竜の輪舞 Another Story 作:クロスボーンズ
「んんっ」
眠りから少女は目覚めた。
鉄格子越しに窓の外を見て見ると、海の奥がほんのりとだが赤くなっている。そろそろ太陽が顔を出す頃だ。
「・・・そうだ。私、今アルゼナルにいるんだ」
昨日は疲れていたから考えなかったが、彼女はアルゼナルにいる事を思い出した。そして現在、見事に閉じ込められていた。
試しに鉄格子を押してみた。当然ながら鍵がかかっており開くはずもない。今度は思いっきり力を入れて折ろうとする。しかしそんな事で鉄が折れるはずもない。
少女はやがて床に大の字になって寝転がった。今出来ることは何も無い。ならばじっとして転機が訪れるのを待つ。島での教訓の一つ。台風などが迫ってきたら洞穴に潜みじっとしている。それと同じだ。
彼女は天井を眺めていた。何か変化などが起きる事も少し期待したが何の変化も見られなかった。
「早いな。もう起きていたのか」
しばらくして不意に声がした。振り向くと鉄格子越しにジル司令が立っていた。
「・・・」
少女は身を低く屈めた。いつでもジル司令に飛び掛かれる様に構えている。
「そう警戒するな。別に私は何もするつもりはない」
そう言うとジル司令が扉を開かた。
「出ろ。お前の処遇について教えてやる」
そう言うと少女はある部屋へと招かれた。ジル司令と机越しに顔を見合う形で椅子に座る。
「さて。本題に入る前に一つ聞いておく。マナと
ノーマを知っているか?」
「・・・なにそれ」
「やはり知らないか。まぁ島で一人で暮らしていたら仕方ないのかもしれないがな」
ジル司令は一つ溜息を吐くと本題を切り出した。
「単刀直入に言おう。ここに住め。生きていくにはそれしか道はない」
「どういう事?」
「お前はノーマだ。ノーマの居場所はここにしかない」
「・・・わかった」
それは意外な答えであった。彼女はジルの命令とも言える理不尽な内容を承諾したのだ。
「ほう。意外に素直じゃないか」
「別に。ただ闇雲に島を探すよりは、ここに住めるならここに住んだ方が良いと判断しただけよ」
「ナオミから聞いた。ドラゴンを倒して生きる。
それがアルゼナルの生き方だって。島でしてた狩り生活と殆ど変わりないわ。周りが賑やかになるだけ。慣れれば平気でしょうね」
少女は毅然とした態度で答えた。
「まぁいい。それではまず名前を決めるとするか」
そう言うとジル司令は黙り込んだ。そしてしばらくの間、少女を眺めていた。
(そう言えばこいつ、今は布切れ一枚だったな。その布は確か生糸で作られてたな)
(生糸・・・シルク・・・)
ジルがタバコを口から話した。口からは見事な輪の形をした煙をフィーと吐き出した。
(シルク・・・フィー・・・)
やがてジル司令は何かを思いついた様に立ち上った。
「よし、今からお前は【シルフィー】だ」
「シルフィー?」
「そうだ。シルフィーだ。不満か?」
「別に・・・」
少女からすれば名前など意味のないものに等しい。これまで誰にも呼ばれる事もなかったからだ。
「ではまず手始めに、その腕輪を渡してもらう」
「えっ?」
不意に言われた言葉に、彼女は反射的に右腕の腕輪を抑えた。
「悪いがアルゼナルに来たノーマの所持品は全て
没収する。それがここでのルールだ」
は最初は嫌そうな顔をしていたがやがて諦めた風にシルフィーは右腕にある腕輪をガチャガチャし始めた。
「・・・あれ?」
腕輪を外そうとしたシルフィーは異変に気がついた。
「どうした?」
「取れない」
「何だと?」
試しにジル司令が腕輪を取ろうとした。だが腕輪はビクともしなかった。まるでコンクリートを引っ張ってる様な感覚である。動く気配、いや、それ以前に手応えさえ感じなかった。
数分後。
「はぁっ。はあっ。はあっ。はあっ」
ジル司令が息を荒くしている。あの後、必至に腕輪を外そうと努力したらしい。最も、それらは全くの徒労に終わったようだ。
「なぁ、今までも腕輪が外れなくなる事があったのか?」
「・・・そもそも腕輪を外そうなんて、考えた事なかった」
「仕方ない。腕輪はつけててよろしい」
ジル司令はタバコを取り出し一服した。疲れたから休憩のつもりなのだろう。
「では次に髪を切らせろ。あまりにも長すぎる」
シルフィーの髪は現在床にまで垂れている。そして歩くたびに床を引きずっている。
彼女を立たせると背後に回り込んだ。ポケットからハサミを取り出すと長い髪の一部を鷲掴みにした。
「・・・腰まであれば十分だろ」
【チョキチョキチョキ】
背後から金属の擦れる音がする。それと同時に徐々にだが後頭部が軽くなっている様な気もする。
「これくらいでいいだろう」
ジル司令が髪の毛の入った袋を目の前に見せつけてきた。かなりの量が入っている。これでまだ腰まで残っているのだ。どれだけ長かったのかがはっきりとわかるレベルだ。
「さて、まずここで住む以上、お前は常識などを知らなければならない。そこでだ、入れ」
すると背後の扉が開いた。振り返って見るとそこにはナオミがいた。
「シルフィー。こいつがお前の教育係だ」
「シルフィーだっけ。改めて紹介するね。私はナオミ。アルゼナル第一中隊のメイルライダー。よろしくね」
そう言うとナオミは右手を差し出してきた。
「よろしく」
少女はナオミの手を握ると握手した。
「ナオミ。最低限で大丈夫だ。だからきっちりと頼むぞ」
そう言うとジル司令は大量の髪の毛の入った袋を持って部屋を後にした。その場にはシルフィーとナオミだけが残された。
「まず朝食。まだ食べてないでしょ?食堂行こう」
そう言うとナオミは部屋を出た。シルフィーもそれに続いた。
やがて人の多い所へと出た。
「ここが食堂。まぁ簡単に言えば食べるところだね。シルフィーはここで座ってて」
そう言うとナオミは列に並んだ。シルフィーは座っている間、周りからの視線を感じていた。それらの殆どが物珍しさ故の視線である。そしてシルフィーも周りをキョロキョロしている。島で一人生きてきた彼女にとっても、沢山の人というのは物珍しいのだ。
やがてナオミが戻ってきた。両腕にはプレートを持っている。
「これがここでの食事。所謂ノーマ飯」
ナオミはプレートの一枚を差し出してきた。そこにはパンとサラダ。そしてスープなどが置かれていた。
それらはシルフィーにとっては未知の食材だ。だが彼女もそれらが食べ物である事は理解できているようだ。
「・・・食べていいの?」
「もちろん」
その言葉に少女の顔が少し明るくなった。少女の手がサラダへと向かって伸びる。それを慌ててナオミが止めた。
「違う違う違う!!これ!スプーン!これを使って!!」
シルフィーの前にスプーンが差し出された。
彼女はしばらくそれを眺めていたが、やがて周りをキョロキョロ見回し始めた。そしてスプーンの使い方を真似し始めた。
(ううっ。これは一苦労するなぁ・・・)
ナオミは心の中でぼやいていた。
「よぉナオミ。例の新入りの教育かい?」
すると背後から声がした。振り返って見てみると、そこにはヒルダとロザリーとクリスの三人がいた。
「よぉ。新入り。昨日は見事な暴れっぷりだったなぁ」
ヒルダ達三人は少女の前に腰掛けた。彼女は三人の顔を一通り見ると食事を続けた。
「おいおい。人見知りか?良くないぜ。そういうのは」
そう言うとロザリーは少女の皿からパンを取り上げた。
「これもーらい」
「やめなよロザリー。かっこ悪いよ」
「なんだよクリス。自分だけいい子ぶるのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど・・・」
茶髪の少女がロザリーで、大人しそうな水色の髪の少女がクリスである。シルフィーは右手をロザリーの前に出した。
「・・・返して」
「へっ!ここではな、欲しいものは力づくで奪うんだ。だから返して欲しけりゃ力づくで奪い返して・・・」
言い終わる前に、見事な右ストレートがロザリーに襲いかかった。その時衝撃でロザリーが軽く吹き飛んだ。シルフィーがロザリーにパンチをかました。その光景に食堂にいた人達の空気が一瞬で凍りついた。
「ちょっと!シルフィー!」
「て、テメェ!やりやがったな!」
「力づくで奪うのは島での暮らしと同じだから」
そう言うと少女は奪い返したパンを食べ始めた。
「テメェ!!」
ロザリーは殴りかかろうとする。それを見たシルフィーは警戒心をより強めた。
「ロザリー落ち着いて!それに今回はロザリーが
原因だよ!」
「うっ!それは・・・」
ナオミに正論を言われ、ロザリーはグウの根も出なくなった。
「シルフィーも!ちゃんとロザリーに謝って!ごめんなさいって」
「・・・ごめんなさい」
この時シルフィー、意外に素直であった。
「へぇ。ナオミの言うことなら聞くってわけか」
後ろで眺めてたヒルダが口を開いた。特にシルフィーは特に反応を示さない。
「新入り。一つだけ教えてやるよ。ここはアンタのいた島じゃない。その事を自覚しないと、いつか痛い目見るよ。それだけは覚えておきな」
そう言うとヒルダとロザリーとクリスはその場を後にした。シルフィーは特になにも思うところもなく食事を続けた。
「ねぇシルフィー。直ぐに手を出しちゃダメ。まず話し合って、わかった?」
「・・・」
シルフィーはそれには何も返事をせずに、ただ食事を食べ続けた。
「あらあら。ヒルダちゃん達ったら。ごめんなさいね」
「あー!昨日の人!アルゼナルに住むの!?」
今度は二人の目の前にピンク髪の巨乳の人と棒付きキャンディーを加えたピンクと赤の混じった色をした髪の少女が二人の目の前に座った。会話から察するに先程の光景を見ていたようだ。
「あっ、エルシャ。それにヴィヴィアン」
ナオミはこの二人を知っているらしい。どうやら
彼女達も第一中隊の様だ。
「ねぇねぇ君!名前なんて言うの!?」
棒付きキャンディーを加えた少女ヴィヴィアンが
元気よく尋ねてきた。
「・・・シルフィー」
彼女は素っ気なく答えた。
「いい名前ね。私はエルシャ。第一中隊のメイルライダーよ。よろしくね、シルフィーちゃん」
「私ヴィヴィアン!エルシャと同じ第一中隊だよ!よろしく!シルフィー!」
「あっ!ナオミ!それにナオミを助けてくれた人だ!」
「ココ。ミランダも」
その場にココとミランダも集まり、6人で食事が始まった。
「へぇ。じゃあシルフィーはその名もなき島から
やって来たんだね!」
ヴィヴィアンはシルフィーの島での暮らしに興味津々の様だ。ココも島での暮らしを聞きたがっていた。
「外の世界は、魔法の国って聞いたよ!」
ココは自分の思う外の世界について話した。ピカピカした建物が並び立つ摩天楼。皆が社交ダンスに
洒落込んでいるそんな魔法の世界。
当然そんなものが孤島である名もなき島にあるけない。
「・・・別に。多分ここでの生活と大差ないわ。島の動物を狩って食料にする生活をしてたし」
「言っておくけど、ドラゴンは倒すけどその肉は
食べないからね」
ナオミが念押ししてきた。ドラゴンを倒すが食料はそれではないという事を教えておかないと、彼女は本当にドラゴンの肉を食べそうだからだ。
「あら貴女達。まだ食事中だったのね」
するとそこにサリアがやって来た。その手にはからの食器などが置かれたプレートを持っている。
「貴女達。そろそろ午前の訓練が始まるわ。早く来なさい。ナオミ。貴女はこの子にちゃんと常識とかを教えなさい。それが貴女の訓練よ」
「イエス・マム」
そう言うとサリアとエルシャとヴィヴィアン。そしてココとミランダは食堂を後にした。
食事が終わるとシルフィーはある部屋へと連れられた。ドアプレートには特別教育室とだけ書かれていた。
「来たか。待っていたぞ」
そこには椅子に座っているジル司令がいた。手には吸いかけのタバコが握られている。それを右手で握りつぶした。ジル司令の右腕は義手なのだ。本物の右腕ではない。
「さてと、シルフィー。まずお前にはこれをやってもらう」
そう言うとジル司令は何かの入った袋を渡してきた。中身を確認してみると色々な教材が入っている。
「まずは読み書きを覚えてもらう」
そう言うと猫の描かれたドリルなど様々な教材が
シルフィーの目の前に置かれた。
「まずは書いて文字を覚える事だ。上の文字を見ながら同じ文字を下に5回書いてみろ」
「ほら。ペンはこう持ってね。それでこうして・・・」
ナオミがシルフィーに手本を見せた。シルフィーもそれを真似して書いた。しばらくはそれの繰り返しであった。
それから時間は流れた。
(成る程。知識がなかっただけで知恵はあるようだな)
ジル司令が感心していた。シルフィーは字の読み書きを僅か二時間で覚えた。
「では最後だ。教科書34ページの第2段落の文を読んでみろ」
シルフィーは立ち上がり、手に持った本を読み始めた。
「マナとは人類に与えられた幸福の光である。マナによって世界から争いや貧困などの問題、更には環境問題なども解決した。マナは様々な用途に使うことも出来る。こうしてマナによって、人々は幸せな世界を築き上げてきました」
「ところが、極稀にマナの使えないノーマと呼ばれる存在が誕生する事が判明した。ノーマはマナの光を拒絶し、マナを破壊する事から、文明の破壊者とされる。その為ノーマは法律によって厳しく管理されなければならない。なお、ノーマは女性にしかならないがその理由は定かではない。ここアルゼナルでは、そんな人間のなり損ないであるノーマ達を、世界の役に立てるように育てていく場所である」
ノーマ管理委員会という組織が作り上げた教材だ。ここまで酷い内容だと洗脳教育も真っ青である。
「わかったか?マナとノーマ。そしてアルゼナルについて」
ジル司令の問いにシルフィーは何処か浮かない面持ちをしていた。何故かこの文を読むと悲しくなるというか。
(人間じゃないって・・・そんなこと・・・)
「ここにいる人間はただ一人。アルゼナルの監察官であるエマ・ブロンソンだけだ。それ以外はみんなノーマだ。私も、そしてお前もな」
少女はその事に何もいわなかったが、不快なものが腹に残る感覚を覚えた。
ジル司令が時計を見た。針は短長どちらも12時を
指し示していた。
「どれ、ここで昼食休憩を挟むか。一時間後にアルゼナル付近の森に来い」
そう言うとジル司令は部屋を後にした。
「昼食かぁ。とりあえず食堂に行こう」
ナオミに言われ、シルフィーも部屋を後にした。
余談だが昼食の際、シルフィーが魚を獲ろうと食堂から海に飛び込もうとしており、それをナオミが必死で止めたのはここだけの話である。
昼食が終わると、二人は森へと向かった。既にそこにはジル司令が待機していた。
「来たな。午後は野外訓練だ。お前の体力などを
見せてもらうぞ」
「まず布を取ってこれをつけろ。いつまでもてるてる坊主姿では不便だろう」
そう言うと胸当てと布が渡された。服はサイズなどがわからない為まだ支給されない様だ。少女はそれら掴むとを身に巻きつけた。
「ではお前には彼女達の相手をしてもらう」
指差す方を見た。そこには知っている顔ぶれが並んでいた。
「あー!アイツ!」
「あら。シルフィーちゃんが相手なのね」
そこにはナオミを除いた第一中隊のメンバーがいた。どうやら彼女達がシルフィーの相手らしい。
「ルールは簡単だ。シルフィーは彼女達全員にペイント弾を一発ずつ当てれば良い。そして第一中隊はメンバーの全員が彼女にペイント弾を一発ずつ当てれば勝利とする。なお、勝利者チームには50万キャッシュの賞金を与える」
賞金が出ると知り第一中隊がざわつき始めた。
「なお、以下の行為は禁止とする。相手を殴る、相手を蹴飛ばす、相手に掴みかかる、相手に噛み付く。とにかく相手に直接触れる事は禁止とする」
そう言うとジル司令はシルフィーに銃を投げ渡した。
「これを使え。ナオミ。使い方をレクチャーしてやれ」
「イエス・マム」
そう言うとナオミはシルフィーの方を向いた。するとシルフィーはその銃を様々な角度で見ていた。
しかも引き金には指が添えられている。
「ちょ、ちょっと!銃口を覗いちゃダメ!!」
【ベチャ!】
ナオミが止めようとした次の瞬間、シルフィーの顔にオレンジ色のペイント弾が直撃した。
「・・・・・・訓練は30分後に開始とする。それまで各自身体を慣らしておけ!」
ジル司令はそう言うとその場を後にした。
ジル司令はアルゼナルの司令室へと帰った。部屋に入るなりタバコで一服し始めた。
「ジル。どうだい?例の新入りは」
室内にいたジャスミンがジル司令に尋ねる。その側にはジャスミンの愛犬であるバルカンがいた。尻尾を振っている事から上機嫌なのが伺える。
「シルフィーの事か。学ぶ機会がなかっただけで
学習能力などは高い。それに島育ちならおそらく
身体能力もかなり高いだろうな」
するとそこにエマ監察官がやって来た。
「エマ観察官。これから例の新入りと第一中隊の
訓練が始まります。よければご一緒に見ませんか?」
「結構です。私はこれからミスルギ皇国、第一皇女アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギの洗礼の儀を見るんです」
そう言うとエマ監察官は空中に何かを出した。これがマナ。人間が人間である為の絶対条件。マナには大勢の人間が映し出されている。どうやらマナは
テレビの役割も担ってるらしい。
そして洗礼の儀が始まった。エマ監察官は喰い入る様にそれを見ていた。
しかし暫くして、その顔が突然青ざめた。まるで
信じられない出来事を見ているかの様に。
「どうかしましたか?監察官殿」
ジル司令が何気なく聞いた。それにエマ監察官は
震えた様な声で答える。
「・・・ミスルギ皇国第一皇女・・・アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギが・・・ノーマだと告発されました・・・」
「・・・なんだって!?」
エマ監察官の情報は司令室を騒然とさせた。
(皇室からノーマ・・・これは面白くなるぞ・・・)
ただ一人、ジル司令を除いて・・・
主人公の名前はシルフィーとしました。
特に名前に深い意味はない!
次回!遂に彼女の前世?が登場します!!