サイコキネシス文芸部   作:氷の泥

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02 ゴースト

 無事受験を突破して高校生になったものの、部活は中学と同じで帰宅部を選ぼうとしていた。同じと言っても、中学では初めの頃だけ、一応文芸部に所属していた。で、人間関係でいろいろやらかして、それからはずっと帰宅部だ。確か一年目の夏休みに入るよりも早く、ぼくは帰宅部デビューしていたと思う。

 新入生を自らの所属する部に誘うべく、それぞれユニフォーム等を身につけた先輩たちが、部の紹介という名のチラシを配りながら、あの手この手のトークで新入部員の確保に乗り出している。……控えめに言って、あまり好きではないノリだった。

 勧誘というのは基本的に、向こうが得をするようになっている。ギャンブルと同じだ。言われるがまま入部して、そのおかげで楽しい学生ライフを送れたとして、それは単なるラッキーでしかない。低い確率の当たりを偶然一度で引き当てただけの話だ。

 思い返してみれば、中学の文芸部も、誰かに誘われて入ったのだった。それが当時の何だったのか、友達だったのか先輩だったのか、はたまた先生だったのか、今となっては忘れてしまっている。退部後ほとんど関わらなかったから。

 下校するために廊下を抜けていくぼくの顔には、たぶん嫌悪感がそのまま出ていた。そうでなければ体格が物語っていた。運動部の人たちは、ぼくのことが見えてないフリをし続けている。きっと金を積まれたって入部しないだろうから、屈強な先輩たちの判断はとても正しい。お互い幸せになれる素晴らしい判断だ。

 が、しかし、文化系はちょくちょくぼくにも声をかけてくる。……思うに、ぼくは入る高校を間違えた。部活動が盛んだとは聞いていたけれど、興味がなければスルーすればいいだけだと思っていたし、文化祭や学校見学会の時のノリは、宣伝のため特別派手なだけだと思っていた。

 それが今、ぼくはただ家に帰りたいだけなのに、ぼくを無視する運動部の群れを通り過ぎたかと思えば、今度は合唱部とイラスト部から声をかけられ、それを断ったという具合である。歌や楽器は運動部だと主張する人たちがよくいるけれど、こういう時にぼくへ声をかけるようだから、準運動部扱いされてしまうのだ、まったく。

 一年生の教室がなぜか一階ではないのは、今日の日のための陰謀なのではないか。そんな疑いと共にようやく一階まで降りてきたぼくは、やっとこのアウェー空間を脱出できると思ったのだけれど……。

 なんとなく廊下の隅を見て、目を疑った。腕も足もない女性が、制服を着て浮かんでいるように見えたから。けれど、それは「そう見えた」というより、実際そうだった。

 彼女のまわりに、チラシが舞っている。散らかされ風に踊らされている……という意味ではない。美しく舞っているのだ、独りでに、自分たちを誇示するみたいに。

「文芸部に入部したい人〜、いないか〜? 校内一気楽な活動を約束するぞ〜。それとそう、今なら待遇もいい。歓迎するぞ〜」

 腕と足が無く、宙に浮かぶ女生徒。彼女を中心として、自立して動き回るチラシ。近未来SFを感じさせる光景のわりに、チラシのデザインは古臭かった。

 そして本人からは、微塵のやる気も感じられない。今なら待遇がいいとは、部員の数が少ない、下手すれば廃部もありえるということだろうけど、彼女からは「いっそ廃部になってしまえ」というような退廃的オーラを感じる。

 ……いや、文芸部? あの妙な女性は文芸部所属なのか? 手品部でもなく、演劇部でもなく、CG技術に関する部活動でもなく?

「あ、おーいそこの少年」

 彼女と目が合った。「ぼくのこと?」と自分を指さしてみると、さして歓迎していなさそうな表情で頷かれた。

「なんですか」

「少年、文芸部に入らないかい」

「入りません」

 頭を下げて、回れ右をする。

「あ、ちょっと、話くらい聞いてくれてもいいじゃないか」

「入部しないのに?」

「いや、きっと聞けば気が変わる」

「変わりません」

 ばっさり切ったら、振り返らず去る。近くで見ると彼女は思っていたよりも美人で、ぼくも男なわけだから美人は好きだけれど、しかし拾わない猫には見向きもするなってことだ。

「ま、待ってくれ。頼む、助けてくれ!」

 さっきまでやる気のなさそうだった彼女が、妙に切羽詰ったような声を出すもので、思わず振り返ってしまった。

「新入部員が一人も取れないと、廃部になってしまうんだ。頼む、人助けだと思って」

 手があれば顔の前で手のひらを合わせていそうな、悲痛な表情だった。

「廃部になると、困るんですか?」

「え? ああ、それなりに自由に使える空き教室を没収されるのは、なかなか困る」

 やられた、と思った。たぶんこの人はやる気がないだけで、その気になれば上手く媚びを売れるタイプの人間だ。信じられないほど詰めは甘いけれど。

「お気の毒に」

「いや、入ってよ、頼むから。君も空き教室の半分が手に入るんだぞ? 悪い話じゃないはず」

「いりません。……え、ちょっと待ってください。半分って、他の部員は?」 

「ほか? ああ、ウチのメンバーは基本的に、これさ」

 彼女がそう言った途端、舞っていたチラシが捻れ、集まり、彼女の肩から連なって、腕の形を成した。

 安い紙で出来た腕は、「うらめしや」というように手首を曲げていた。

「……いや、なんなんですかこれ」

「これ?」

「浮いてますし、いろいろと」

「あー、これはね、超能力だよ」

「は?」

「私、超能力者なんだ」

 途端、ぼくたちのいる廊下の窓が勝手に開き、そして閉じた。また開き、再び閉じる。ばたんばたんと音を立てて、勢いよく窓が往復している。よく見ると、一往復ごとにちゃんと、鍵の開け閉めまでしていた。

 かと思えば同時に、天井の電球が勝手に外れたが落下はせず、それは浮かんだまま再び取り付けられた。スイッチは遠くにあるはずなのに、電気が不規則に、なおかつリズミカルに、チカチカと点滅した。

 腕の形になっていたチラシは再び散開し、やがて先輩の背後で大きなハートマークとなる。そしてとどめとばかりに、ぼくの鞄が勝手に開いて、中から教科書が全て出てきては宙に浮かび、フォークダンスみたいにくるくる回り始めた。

「まぁ、どれだけ見せても、信じたくない人は信じないのだろうけど」

 その台詞が合図となったのか、全ての怪奇現象はピタリと止まって、教科書は全て元通りの並びで鞄の中に帰ってきた。

「今入部すると空き教室が使えて、超能力者とお喋りできる。どうだろう少年、悪い話ではないはずだけれど」

 そう言う彼女の顔には、これっぽっちも期待の色がなかったように思う。これほど割り切ったダメ元は初めて見た。

「それは魅力的ですね。ただ生憎」

「うん」

「中学の頃、人間関係でトラブって部活辞めたんですよ。それも文芸部を」

「へえ」

 空き教室が半分使えるというのは、まさか仕切りを置いてそれぞれ個室化させるってわけじゃないだろう。何と言っても今入部すれば、お得なことに、超能力者とのお喋りが特典として付いてくるのだから。ということは、それはつまり、ぼくが一番関わっちゃいけない部活だということだ。

 じゃあそういうことで、と再び回れ右をしようとしたぼくを、彼女の言葉が止めた。

「どんな風にトラブったの?」

「え、聞いてどうするんですか」

「気になっちゃって」

 ……もしかして、ぼくはかまってちゃんに見えたのか? ロクにお互いのことを知らないはずの先輩は、それっぽく友好的な態度を見せて、ぼくを入部させる方向に持っていくつもりなのかもしれない。

 さすがにそう一貫して、自分の都合のための物として扱われると、ぼくも良い気にはなれない。どうせ入部はしないわけで、こちらもそこそこ迷惑被っているのだから、言ってしまってもおあいこってことになるんじゃないだろうか。

 だとすると、わざわざ隠すほどでもないと思った。

「人の心がないと言われました」

「部の人に? そうは見えないけど」

「でも先輩を一目見た時、幽霊かと思いましたよ」

 ……本当のことをそのまま伝えたのだけれど、ぼくは一瞬、先輩には聞こえなかったのかと思った。妙な間があった。

 そしてぼそっと、

「いや、人間だぞ」

 と言われる。「何言ってんだコイツ」という顔で。

「……いや、そうじゃなくて。だから、最初見た時、化け物かと思ったんですよ」

「いや、だから人間だって。超能力者も人間だと、少なくとも私は思っている」

 ……え、人の心がないのか?

 かつて友人だったか先輩だったかがぼくに言った台詞を、気付いた時には心で反復していた。ぼくにそれを言った人間は、こんな気持ちだったのか……?

「ああわかったぞ、今のようなことをところ構わず言い散らかして、それで弾き出されたのか。あはは、馬鹿だ!」

 先輩は笑った。指があれば、指さして笑っていただろう。

「あ、ごめん。悪かった。笑い事じゃなかった」

 突然真顔に戻った先輩にはとりあえず、ぼくの機嫌を取ろうという気がサラサラないことを理解した。だとすると「気になっちゃって」と言ったのは、本心そのままだったのか。なんというか、なんとも、奇怪な人だ。

「もしも君が、私とのコミュニケーションを心配しているなら、それはたぶん大丈夫だよ。私を避ける人間は五万といるけれど、私が避けた人間は一人もいない」

「……そうですか」

 だから、入部しろと言うのか。別にぼくは話し相手なんて求めていないのだけれど。

 けれど、どうやらマジ物らしい超能力者を目の当たりにして、しかもそれが美人と来たら、まったく興味が湧かないわけではなかった。ここを逃せば、遠い将来今日の日を思い出した時に、自分は漠然と後悔するのではないか。二度とない機会を逃してしまったと、振り返るたび悔やむのでは。

 そんな風に思いはしたけれど、けれどその考え方は、負けがこんできたギャンブラーのそれでもある。

「あー、えっと」

「うん?」

「一度持ち帰ってもいいですか? 入部の件」

「ああ、もちろん」

 それから先輩は思い出したかのように、いや、たぶん実際に今思い出して、去っていくぼくの背中に向けて言った。

「あ、そうそう、入部しても別に顔出す義務とかないから、気楽にねー!」

 言うのが遅すぎる、とは思ったものの、言われてみれば納得だった。文芸部のメンバーの大半が、幽霊部員であることにも頷ける。出席しなくてもいいなら、そりゃそうなるだろう。

 そうなると本当に、部室はあの人の天下なのだ。超能力がある代わりに、なぜか四肢を持たない、今まで見たことのないタイプの性格をした美女が。

 それから三日後、ぼくは文芸部に入部した。当日、先輩の顔には絶対「あ、ラッキー」と書いてあったように思う。

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