サイコキネシス文芸部   作:氷の泥

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05 麗らか

 約束、あるいは約束らしき言葉を交わしたので、とにかく後日の昼休み、初めて三年生の教室に赴いてみた。

 都合よく出入口の傍でたむろってくれている人はいない。さて冷房のために閉め切られたドアをノックしてみるか、ノックしてからの大きな声で「根室さ〜ん」と呼んでみるか、どうするかな。……後者は万が一先輩が離席していた時が怖いのでやめておこう。

「どしたん?」

「うおっ」

 背後から急に話しかけられて肩が跳ねた。声の主は背の高い女性だった。きっとここの、三年D組の人だろう。

「ウチのクラスに用事?」

「あ、はい。一のCの来栖といいます。根室先輩を探しているのですが」

「ねむろ? ……どっちの?」

「え、どっち……?」

 二人いるのか、ネムロという名前が。電車の中で先輩が不敵な笑みを浮かべていたことを思い出す。先輩は見つけやすそうですよねと言うと、あの人は「どうかな」と言って笑っていた。……ような気がする。

 なるほどこれのことか、と思いつつ、ちょっと困ってしまった。ど直球に「腕と足がない方」と言ってしまっていいのだろうか。良い悪い以前に、もう一人のネムロが五体満足である確証もない。……いや、そんなことを言っていたら何もかもキリがないか。

「超能力の方?」

「ああ、そうです、その根室さんです」

「おっけー、ちょっと待ってて」

 名前のわからない上級生は駆け足で教室に入っていった。ドアは開けっ放しにされている。……先輩が教室にいる時はどんな様子でいるのか、気にならないわけではない。敷居は跨がず、首だけ伸ばして教室の中を眺めてみる。

 見さえすれば先輩の居場所はすぐにわかるに決まっている……と思ったのだけれど、名も知らぬ親切な先輩がどこへ駆けていったのか、まったく判断つかなかった。眺めても眺めても、一発で先輩だとわかる女生徒は見当たらない。

 先輩の髪が奇抜な色をしていればまだしも、腕や足の有無は、案外わかりにくいものだった。教室に座っている人間は、細かい部分が椅子と机に隠れて意外なほど見えづらく、間違い探しをしているような気分になる。

 けれど、一言声をかけられた人がふわりとその場で浮かび上がった時、今までなんでそれが先輩だと見分けられなかったのか不思議なほど、それはどう見てもその人が先輩だった。なんだか悔しくなる。

「やあ、遠路はるばる」

 結界に阻まれる魔物のように一歩も踏み入らず、廊下から教室の中を見回す下級生のもとに、勝ち誇ったような顔の先輩がやって来た。気持ちいつもよりさらに見下ろされている気がする。

「入りなよ。チャイムが鳴る前に出れば問題ない」

「どうも」

 言われるがまま敷居を跨ぐと、そこかしこでお喋りをしていたグループが数人、ぼくのことを物珍しそうにチラチラ見てきた。絶対に、間違いなく、ぼくを見た。

 まるで浮遊する先輩よりも、夏服の袖でさえ風鈴に付いた短冊のようにひらひらと揺れる先輩のことよりも、ぼくの方がずっと珍しがられているように感じた。

「まあ座って座って」

 誰の物とも知れない空いた席を勧められて、とりあえずは座っておく。どうも落ち着かなくて周囲を見渡すと、さっきの上級生と目が合った。軽く頭を下げると、ものすごく良い笑顔が返ってきた。backnumberの代表曲を思い出した。

「どうかな、三年生の教室は」

「どうと言われても、って感じですね」

「よく言うね、そんなに挙動不審で」

「どこがですか」

「さぁ、どこがだろうね。けどまぁ、それでいいんじゃないかな。我が物顔しているよりもさ」

 そりゃあ印象としてはその方がいいのだろうけど、仮に先輩が一年の教室の方へやって来たら、我が物顔とやらをしているだろうことが容易に想像できる。先輩後輩の違いはあるけれど、それだけが理由だとは思えない。

「さて、せっかく来てもらったのだし、一つ朗報を聞いてくれ」

「朗報?」

「見つかったよ、ライターが」

 早い。早いけれど、しかし「やはり」と思うところもある。不思議な気持ちだ。

「それはよかったです」

「数人捕まえられて、代表者も決まった。十一月の文化祭までにはなんとかしてくれるそうだ」

「代表者って、部長とは別に?」

「あぁ、表には「代表」と紹介されることはないけれどね。ゴーストライターらしいだろう?」

「本人たちはそれでいいんですか」

「むしろその方がいいんだ。目立ちたくないそうだから」

「そんなもんですか」

「代表者に金が入るというわけでもない、そんなものだろう」

 トントン拍子で話が進んだようだけれど、本当に平気なのだろうか。知らないうちにぼくは貴族になっているのかもしれない。庶民から取り立てた税で何不自由なく暮らす、パンが無ければケーキを食べる人のように。

「が、悪い報せもある」

「え」

 わざわざ口にするほどのことでもないといった様子で、どうでもよさそうな顔をして部長は言う。

「部長が何も書かないというわけにはいかないそうだ。本気でゴーストライターを出そうかとも思ったけれど、さすがにやめておこうと思う」

「へぇ」

 素直な感想として、ぼくは言った。

「読んでみたいです、先輩の文章」

 それがどうも、虚をついたようだった。なかなか見られない驚きの表情で、彼女はぼくの目を覗き込んでくる。

「何を期待しているんだ……?」

「特に何も」

「ふむ……?」

 別に先輩に憧れや幻想を抱いているわけではないし、拙い文章を笑ってやろうという気もない。ただ単に気になるだけだ。きっといざ読んでみれば、まぁこんなものかと冷めて終わりだろう。

「ところで」

「うん?」

「先輩の下の名前って何なんですか?」

 ふっ、と吹き出すような笑いがあった。

「教えたら、恋人のように呼んでくれるとか?」

「いや、このクラスにネムロが二人いるようなので、区別するために」

「あぁ、なるほど」

 突然、先輩の机の中から筆箱が飛び出してきた。その筆箱は箱というよりは、袋だった。それも透明な素材で中身が見える。入っている物は全て各種ペンや消しゴムに定規など、これといって特別なことはなかった。

 そしてその中から今度はシャーペンが一つ這い出るように外へ出た。それは方位磁針のように、一回転した後ある一点を指して停止する。

「彼女がもう一人の根室だ」

 ペンが指し示したのは、さっきぼくに声をかけてくれた上級生女子だった。

「驚いただろうね、根室はいるかなんて聞かれて。君の顔も知らないのに」

「あまりそういう風には見えませんでしたけど」

「そう? じゃあ大抵の根室はこっちだと思っているのかな。それはそれで、なんだか申し訳なくなるけれど」

 たしかに、それはあまり愉快ではないことなのかもしれない。ぼくはもう一人の来栖に出会ったことが未だ無いので分からないけれど。

「で、名前だったね」

「はい」

「うらら」

「え?」

「うららだよ。根室うらら」

「……え?」

 思わず聞き返してしまった。嘘だろ、と思ったわけじゃない。先輩の声が単なる音としか認識されなくて、頭の中には平仮名一つさえ文字が浮かばなかったのだ。

「わからないってことないだろう、麗らかって書いて一文字だよ」

「……へぇー」

 意外、とは思ったけれど、口にしなかった。逆に何ならイメージ通りだったのかと言われると、わからないからだ。

「ちなみに彼女は根室萌葉。萌え〜に葉っぱだ」

 思わず、今度はこっちが吹き出すかと思った。先輩の口から「萌え〜」が来るとは、それが今だったことがあまりにもったいない。きっと彼女は二度とそれを言わないだろう。

「初めて聞きましたよ、人の名前を説明する時に「萌え〜」の萌えって」

「ぶふっ」

 先輩は明らかにぼくの「萌え〜」で笑っていた。さっき自分は真顔で言ったのに、どんな神経してるんだ。

 一瞬おそろしくなって、萌葉さんの方をチラリと確認した。彼女は友達との談笑に夢中で、こちらのことなどすでに忘れたかのようにさえ見えた。そんな文芸部部長と同姓の親切な先輩は、まさか自分の名前にまつわる会話で笑いが起こっているとは思わないだろう。

「あー、それで? 君は?」

「え?」

「私が名乗ったんだ、次は君の番」

「あー」

 なんだか嫌な予感がした。どんな名前ならぼくのイメージに合うのか、それはわからない。けれどなんとなく嫌な予感がした。とはいえ隠せばなおさらハードルが上がる一方。損切りという言葉を思い出しながら、言う。

「アレンです。来栖亜漣。亜空間のアに、レンは……なんだろうな……レン……」

「錬金術のレン?」

「いや、あのー、あれです。サザナミ」

「あぁ」

 ぼくは自分の名前の中にある「漣」が「サザナミ」とも読むことを某ゲームで知ったのだけれど、そういう物と縁遠そうな先輩にそれで伝わったのが、なんだか意外に思えた。

 そして先輩は容赦なく、

「はは、すかした名前だ」

 と言ってのけた。

「あ、ぼくは言わないようにしてたのに」

「何を?」

「うららって、先輩がうららって面白いですよって」

「そうかな。「麗」って漢字で書けば、そこそこ似合っていると自負しているのだけれど」

「あー……、それはそうかも。自負してるのはそれはそれで面白いですけど」

「君は自分の名前のこと、どう思ってるんだ?」

「どうって」

 亜漣という名前で生きてきて、十年とちょっと。自分の名前に対する感想は、小学生の頃から何も変わらない。

「横文字みたいですよね」

「そうだね」

 ゲームの主人公に自分の名前をつける時、様になる度合いならそれなりの自信を持っている。だからなんだと言ったレベルのことだけれど。

「それで亜漣は、今日はどんな面白い話を持ってきてくれたのかな」

「やめてください名前」

「ははは」

 新しいオモチャを見つけた、と先輩の顔に書いてあった。人のことは言えないのだろうけど、彼女も結構いい性格をしていると思う。

「面白い話ねぇ。……じゃあクイズです。サンタさんからサッカーボールと自転車をもらった子どもは、それを全く喜びませんでした。一体なぜ?」

「世界一簡単なクイズなんじゃないか……? 正解は足がなかったからだろう」

「そうです。で、最近体育の時間にサッカーやったじゃないですか」

「あったね」

「先輩あれどうしてたんですか」

「見学している」

 とっくに指差し代わりの役目を終えて机の上に転がっていたシャーペンが、再び魂を与えられたかのように動き出した。狂ったかのように回転して、机の上を飛び交っている。

「私が参加すると、半ばイナズマイレブンになってしまうからね」

「楽しそうじゃないですか」

「地味だよ」

 地味か派手かといえば地味だろうけど、マグナム級の勢いでネットにめり込むボールとかは見てみたい。けれども確かに欲を言うなら、先輩に必要なのは手足ではなく、超能力に付けられる派手なエフェクトと効果音なのかもしれない。

「小出しに質問されても困るから言うけれど、体育は基本見学しているよ」

「へー」

 この高校は体育が基本男女別で、異性が体育の時間に活動している様子を、間近で見ることは一切無い。プールの時間さえ別だった。部活が盛んなだけあってということか、我が校にはプールが二つあるのだ。ちなみに、さすがに校庭と体育館は一つしかない。

「それで体育の成績どうやってつけてるんですか?」

「適当なんじゃないか。仮に手足を付けたところで、超能力については信用問題の域を越えられない」

「え、そんなふわっとした認識でいいんですか。成績ですよ」

「だから体育に限らず、筆記だけで出来ることは努力しているよ。それが出来ていれば評価する側だって、多少なりとも「まぁいいか」という気分になるだろう」

「成績とか評価って気分なんですか」

「さぁ?」

 そのあまりにも適当な返事は、自分の生まれた星のもとへの諦めなのか、それとも自信の現れなのか。所詮成績の付け方なんかまるで知らない一高校生のぼくには判断つかなかった。

「ところで亜漣は、運動の方はどうなんだ?」

「だからやめてくださいって。……運動は、先輩にだけは見られたくないですね」

「どうして?」

「弱みを握られたくないです」

「なぜ?」

「……なんとなく」

 名前を教えただけでこの調子なんだから、そりゃ本能的にそうも思うだろう。

 時計の針が昼休み終了五分前を指しているのに気が付いて、「それじゃあ」とぼくは席を立つ。

 教室を出る時に、どこかから戻ってきた男子生徒と鉢合わせた。彼は訝しげな顔でこちらを睨みつけるようにしたっきり、何事もなかったかのように自分の席へ向かっていった。

 そして知った。先輩の隣の席は彼だったのだ。なんとなく、どうかぼくがさっきまで彼の席に座っていたことがバレませんように……と祈る。バレたから何というわけでもないはずなのに。

 そしてもう一つ祈った。どうか明日からも、彼が昼休み離席しますように……。

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