サイコキネシス文芸部   作:氷の泥

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06 サマーバケーション

 夏休みに入って何日が経ったのか、もはや覚えていない。カレンダーの類を見るなと言われれば、今日が何日で何曜日なのかも答えられない状態だ。つまり醍醐味の真っただ中にいる。大変結構。

 ゴーストライターと名付けられた部員たちは、今頃何かしら原稿を書いているのだろうか。それともまさかすでに書き上げて、それらを部誌にまとめるにあたってどうするかなんてことを決める段階にいたりするのだろうか。予算とかどんな感じなんだろう。そういうことは先輩もちゃんとやってくれてるのかな。ぼくは何一つ聞かされてないけど。

 いや、ちゃんとも何も、あの人だって何かしら書いて載せるのだ。……なんだか自分だけがサボっている気分になる。実際どうなのだろう、ゴーストライターというのが幽霊部員たちの全員を指す名称なら、ぼくはたった一人のサボりということになる。部員が何名いるのかすらぼくは知らない。

 ……一応何かしら書いておいてみるか?

 と思った矢先、書くなら書くともっと早く言ってくれ……と嫌そうな顔で先輩に言われる光景が思い浮かんだ。LINEでも交換しておけばよかったのかもしれない。……その場合なんと言って交換を持ちかけるのだろう? 下の名前も知ったことですしここは勢いで、とか? 鼻で笑われそうだ。

「ちっ」

 考え事をしていたからか、遊んでいたゲーム内で敵のしょうもない攻撃をくらってしまった。いや、正直、考え事をしていなくてもしょっちゅうくらうけど。

 ぼくが操作しているキャラは隻腕で、戦闘用の義手からビームを出したり、風圧を出して空へ飛びあがったり、ロケットパンチを繰り出したりしている。先輩的にはそういうアイテムってどうですか、と聞いてみた日もあったなぁと記憶がよみがえってきた。

 

「逆に私は疑問なんだ。私の持ったオモチャのピストルからBB弾が発射されて、それが人体を貫きかねない威力を発揮出来すれば、そのオモチャは銃刀法違反になるのだろうか? わからないから、あまり怪しいことはしないようにしている。夢とロマンに溢れる義手も却下」

 

 見たわけじゃないけれど、たぶん先輩が本気を出せば、消しゴムも弾丸になるのだと直感している。だとすれば、モデルガンを銃刀法で規制すると、彼女は何一つ物を持てなくなってしまう。だから日本の法律は、彼女にも平等に一切例外を与えません……となるのかどうか、ぼくには何もわからないけれども。

 画面の中で隻腕のイケメンが、その力で次々と悪魔を狩っていく。そういえばぼくは「人の心がない」「サイコパス」とか言われたことはあったけれど、「悪魔」と言われたことはなかった。けれどいつか言われる気がする。

 ゲームがキリのいいところまで進んだので、それで気が変わった。何の意味があるのかわからないため息を一つ吐いて、ゲーム機の電源を切る。かわりにノートパソコンを立ち上げた。家族兼用の物だ。

 そして文章を書ける状態にして、最初の一行も書かないうちから腕を組み、石像のように停止する。作文じゃあるまいし、まさか手書き必須ということはなかろうとパソコンを立ち上げたはいいけれど、まるでアイデアが降りてこなかった。

 とりあえず、最近思ったことを書いてみる。

 

「犯行トリックが大がかりなミステリは嫌いだ。本当にそれが現実に再現できるのか、自分では確かめられず、上手く想像することさえ出来ない。けれど大がかりなトリックを用いるミステリに罪はない。なぜならぼくは納豆が嫌いだけれど、まさか納豆に罪はないだろうから。」

 

 そこまで書いて、全部消した。ここから話を広げられる気がしない。ずいぶん前に読み終わってからというもの、どうもモヤモヤしている「アルミ缶の中にあるミカン」についての愚痴は、また別の機会にしよう。

 

「最近流行りのあのバンド。名前にキングなんて付いているだけあって、どの曲も難しすぎてカラオケで上手く歌えない。たまには庶民gnuになってほしい。」

 

 書いて、当然これも全部消した。普段思っていることを書き込んでいれば、そのうち何か文芸の神が降りてこないかと期待したのだけれど、やはりそんなに甘いものではないらしい。それとぼくは何を歌っても基本歌が下手だ。

 ……先輩は、どんな物を書くのだろう? というか先輩は、この夏休みをどう過ごしているのだろう。本は読まないらしいけれど、もしかして「最後まで読めた試しがない」というのは、途中までなら頻繁に読むということだったりするのだろうか。……まさかなぁ。

 ゲームをするイメージもない。アウトドアを楽しむイメージでもない。ドラマは見るらしいけど、面白いドラマだってそう無限にある物ではないだろうし。……勉強か? 勉強しているのか……? あり得る、なんだか想像出来てしまう、それを苦とも思わない彼女のことが。

 けれどぼくとしては、先輩には何か特別なことをしていてほしい。

 ライブの観客席で、一つだけ宙に浮いて揺れているペンライトがあってほしい。海や川で溺れそうになった人を、秒で助ける超能力者がいてほしい。浴衣を着ると案外本来の姿がバレなかったりするのだろうか、夏休み明けに聞いてみよう。それに、夜のキャンプ場で初めて彼女を見てびびらない人類って、全体の何パーセントいるのかも気になる。

 ……やっぱり突然、部誌に載せるための物を書いたと言っても、迷惑がられるだけなのだろうか。

 

「好奇心も、人の心ではないのか。純粋に気になって、知りたいと思ったことを人に聞くと、お前には人の心がないのかと言われることがある。疑問に思うのは、その台詞を口にする瞬間、その人の中には、人の心があるのだろうかということだ。」

 

 全部消した。パソコンの電源を切った。自分には向いていない。小学校の卒業文集を書いた時のことを思い出す。要するにぼくは文章においても、当たり障りのない話をすることが苦手らしい。あるいは場をわきまえた話か。

 そうやって雑に昔を振り返ったからだろうか。そういえば先輩から、ぼくについてを聞き返されたことが少ないと気が付いた。

 下の名前を聞くと、聞き返された。次は君の番だろうと。けれど、それくらいだった。体育の時間のことを聞いても、ぼくは何も聞き返されなかった。本はよく読むのかと聞いても、「君は?」とは言われなかった。気のせいだろうか、ぼくは先輩から何かを聞き出してばかりいて、逆にこちらのことを話す機会は少ないように思える。

 先輩から「私を連想する物はあるか」と聞かれて、モビルスーツの名前を答えたことはあった。あの時彼女にそれを聞かれて「珍しい」と思ったものだ。先輩がぼくに何かを聞くことは、来栖亜漣の生態を知りたがる先輩は、きっとレアだ。

 はたして今度は聞かれるのだろうか。で、君は夏休み何をしていたの?……と。その時何を答えよう。夏休みらしい何かをしたのかと言われたら、墓参りくらいしか思いつかない。

 けれどぼくは、それが良いのだ。泳げないし、虫は苦手だし、人混みも苦手で、屋台の食べ物は皆ぼったくりに感じ、クソみたいな暑さにも人々の熱気にも関わりたくない。ゲームして、本を読んで、おいしい物食べて、何の不安もなく眠る。それの繰り返しこそ、ぼくにとっては正しいことだ。

 そう思うのに、先輩には特別を願うなんてひどい話なのかもしれないと、一瞬だけ思った。けれどどうだろう、もしぼくに親しい友人がいれば、そいつはこう言うんじゃないか。せっかくの夏休みなんだから、って。その台詞が何かの免罪符なのだと思い込んで、ぼくをどこかへ連れていくかもしれない。たぶんみんなそんなものだ。

 ほんの少しとはいえ文章を書くことに挑んだので、なんだか気分がそちらへ傾き、ぼくは読みかけの本を手に取った。「魔女の星」というタイトルの、なんだろう、SFなのだろうか。それともファンタジー? SFの定義がぼくは未だにわからない。とにかくニュアンスとしてはそういうジャンルだ。

 あらすじは、確かこうだった。

 

 魔女の星の物語は、あらゆる物を無尽蔵かつ瞬時に、「無」から生み出せる能力を持った女が、地球を牛耳るところから始まる。と言っても、そのくだりはそう長くは描かれず、あらすじだけを聞かされるような感じで軽く話が展開される。

 あらゆる物とは「命」も例外ではなく、魔女は無敵だった。突如現れた彼女は瞬く間に世界を制圧した。が、地球上のトップとなった彼女は、その時点で自分にはこれ以上争う気がないことを告げる。争うどころか何を奪う気もなく、むしろ与えるのだと。魔女は一度支配した人類に対して嘘みたいに協力的で、しかしその協力を拒むことは許さなかった。

 かくして、人類の生活は魔女に依存することになる。あらゆる物は全て魔女が生み出す。インフラや産業は当然の如く彼女ありきの物となり、ついでにあらゆる環境問題は改善され、最低限のベーシックインカムも実現され、労働は完全な義務ではなくなった。

 魔女が見返りに求めた物と言えば、遊園地のアトラクションへ並ばずに乗れる権利だとか、発売日のより早く漫画やゲームを渡してもらう権利だとか、あらゆるイベント事をVIP席で見られる権利だとか、せいぜいそんな物ばかりだった。

 いつしか人間はかつての侵略者を、会いに行けて触れられる神のように扱い始めるようになった。そして魔女はそれを喜んだ。彼女の物を生み出す能力は、「何を生み出すか」を決めなければ使うことが出来ない。だから人間の想像力というものが、彼女にとってはとても愛おしい物だったのだ。自らの力と権限で金銭の価値を保たせたことも、金銭的に人間の最低限の生活は保証しつつ、それ以上は渡さないこともそれが理由だった。

 世界がそうして彼女の物になってから、どれだけの時が過ぎたかわからない。けれどある日突然、魔女の排除を目的とした集団が現れた。彼らは世界中の人に語りかける。

「例えそれが全能で不滅の神だったとしても、一人の他人に依存して成り立つ世界なんて物はどうしようもなく間違っている。我々はもう一度、触れられる神のいない世界に戻らなければならない。我々が人間である限り、必ずそのようにあらなくてはならない!」

 ほぼ全ての人がそれを戯れ言だと笑ったが、彼らが魔女と対面し「この星から出ていってくれ。あなたなら出来るはずだ」と言い放った光景が全世界に広まってから、様子は少しずつ変わり始めた。つまりは、大多数の人にとって魔女とは生活の要、人生の要であり、万が一にでも失われてはならない物である一方、妙なカルト集団共は、死んだからといってどうということもない存在だったのだ。

 けれど、「十字架の足」と名乗った彼らに味方する者がいた。魔女本人だった。彼女は世界中に声明を公表する。

「十字架の足の活動を妨害する者に、私は一切容赦しない。これは警告だ。彼らが私を追い出せるのかどうか、ぜひ身をもって確かめてみたい。それを邪魔する部外者は全員殺す。かつて世界がまだ、私の物ではなかった時のようにな」

 命を無尽蔵に生み出す魔女を追放するには、殺害ではなく隔離でなくてはならない。十字架の足がそれをどのように成し遂げる気なのか、それは人類にも魔女にも皆目見当つかないことだったが、しかし「魔女追放」を掲げる当人たちだけは、常に自信に満ち溢れていた。それがまた、魔女の期待を煽るのだ……。

 

 ……というのが、ぼくが読み進めたところまでの、「魔女の星」のあらすじだ。

 床に寝転がって、時間の有り余った素晴らしき夏期休暇らしく、それをだらだらと読み進めていく。ぼくが思うにこの物語の結末は、魔女の横暴が加速していくにつれて十字架の足に賛同する者が増え、やがて人間を見限った魔女が地球を滅ぼすなり、どこかへ立ち去るなりするのではないかと思っている。

 何せ読書を再開して早々、ついに人死にが出た。魔女が殺した。どうも彼女と頻繁に交流していた日本のお偉方のうち一人が、十字架の足の暗殺を目論んで、それが魔女にバレたらしい。魔女は血の滴る生首を小脇に抱えて、声明映像を公開した。

「諸君、見ての通り、江澤は死んだ。私が殺した。十字架の足を殺そうとしたからだ。私も彼……江澤とは親しく、良い友人だと思っていたので心苦しい。しかし裏切りは友情に勝る。彼をこの手にかけた苦しみより、裏切られた悲しみの方がずっと大きかった。どうか誰も、二度と馬鹿な真似はしないように頼む。これで警告は二度目だ。二度目だからな。今回は一思いに首を落としたが、次はじっくり拷問する。だが頼むから私にそんなことをさせないでくれ。皆が知っているように、私は人間を愛している」

 ……そんな声明を配信し終えた魔女は、生首を床に置いて、果実酒を一口飲み、ゲームのコントローラーを握って、ぽつり呟いた。

「やはり立場に差があっては、友人も何もないか」

 あっ、と何か思い出した声を上げ、コントローラーを再び床に置いた彼女は、今度は携帯を持ってくる。

「すみません、魔女の日野です。声明見ました? あ、見てない。じゃあすぐ見てください。それを見てもらったらわかると思うんですけど、あのー、人間の埋葬ってどうやるんでしたっけ? え? いや、私が殺しました、今。……いや、だからそれは声明を、……えっ? いや、だからですね、あの、あのすいませんちょっと、質問に答えてもらえますか? 葬儀屋ですよね? あの、首をはねられた死体って、……あ? もしもし……!? 聞いてますかー? おーい? ……ちっ」

 魔女はまたコントローラーを手に取った。適温の室内ならば、肉塊とてそうすぐに腐るものでもないだろうと思って。

 ……という具合なので、きっとぼくの予想はいい線いっていると思う。

 しかし、読んでいてふと、そういえば先輩の超能力って無限機関なんじゃないか? と思う。超能力に疲労の概念はないらしいけれど、あの力は無尽蔵なのだろうか? もしも超能力が無限の力なら、それは無限機関のパーツになれてしまうはずだ。

 もしもそうなら、どうして先輩は普通に高校生をやれているのだろう? 本来なら国が動いていてもおかしくないんじゃないか。だって先輩は魔女ではないから、人間だから、決して無敵ではないのだ。大勢の人間が寄ってたかって彼女を利用しようとすれば、不可能ってことはないのではないか。

 そういえばぼくは先輩のことを、あの日この目で見るまで知らなかった。あんなに普通に生活している人なのに、電車に乗って学校に通うくらいなのに、大勢の人が彼女の異様さを見ているはずなのに、どうやらちっとも話題になったりはしないようだ。

 何かおかしい。なんとなくスルーしてきたことだったのに、時間が余ってくると途端に気になってしまう。

 考えれば考えるだけ、不安になってきた。本当に夏休みが明ければ、先輩は学校にいるのだろうか。本物の超能力者が、爪を隠すでもなく平然とそこにいることに慣れてしまっていたけど、やっぱり全部おかしくないか。

 LINEを聞いておくべきだった。そう心底後悔した時、そんなことを知る由もない声が聞こえてきた。夕飯が出来たとぼくを呼ぶ、台所にいる母の声だった。返事をして自分の部屋を出る。

 ぼくは今日の日をもって急激に、魔女の星の結末を確かめる気が失せてしまった。

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