ぼくときみのかくれんぼ   作:善吉

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第11話

百貨店の洋菓子から和菓子、フルーツまで取り揃えているあの空間はいつ訪れても心が躍る。ユーリはいつだってこの空間が好きだ。家族と手を繋いでいた時も、学校帰りに友人らの目を気にしながらホワイトデイのお返しを探しに来た時も。ディスプレイに並べられたケーキに品良く鎮座するてらりと艶めく苺はまるで宝石だ。鮮やかな赤は甘い誘惑である。ほんのりとしたレモン風味のジュレの中に寒天で作られた可愛らしい金魚が泳いでいるゼリーは見た目も涼やかで美しい。

 

 様々な誘惑に駆られながらも、一通りチェックし選んだのは最初に立ち寄った洋菓子店の焼き菓子の詰め合わせという無難な選択だった。喜んでもらえるだろうか。喜んでもらえるといいな。若いお嬢さんと小学生の男の子も一緒に暮らしていると聞いているので、それも意識したチョイスでもある。

 

「やっぱり名探偵ともなると、名刺も立派なんだなあ…」

 

 黄金の名刺を片手に住所を確認する。名刺の黄金色に因んで、金塊に似ていると由来のものを選んだのは、実はちょっとした遊びだ。これからユーリは米花百貨店で用意した詰め合わせを手に、毛利小五郎氏の事務所に向かうのだ。依頼ではない。米花百貨店で倒れた自分を介抱してくれたお礼をするのである。

 

◇◇

 

「つい話し込んで、長居をしてしまって申し訳ないです。先日は本当にありがとうございました」

 

「いえいえ!人として当然のことをしたまでです。そして!お困りの際には、ぜひこの毛利探偵事務所にお任せください!」

 

 毛利さんはユーモアあふれる、お話上手のおもしろい方だった。この頼りになる名探偵さんは、あの日起きた米花百貨店の爆弾事件を解決しただけではなく、ひっくり返って意識を失った僕を助けてくれた命の恩人でもあるのだ。お仕事の邪魔になってしまうとお礼の品を渡してすぐに退散しようとしたが、高校生のお嬢さんの毛利蘭さんと、江戸川コナンくんも帰宅したようで、ついつい話し込んでしまった。詰め合わせも喜んでもらえたし良かった。

 

「お元気になったようで安心しました。暗いので帰り道、お気をつけくださいね」

 

 しっかり者の蘭さんは、高校生の身でありながら家事を任されているらしい。す、すごい。僕が高校生の時はもっとちゃらんぽらんで、幼馴染たちとアホなことばっかりやっていたのに。

 

 別れの言葉を告げて、探偵事務所の扉に手をかけた時だった。

 

「まって、ユーリさん!最後に聞かせて!どうして日本に来たの?お仕事?」

 

 きらりと瞳を光らせながら好奇心をいっぱいに問いかけてきたのは江戸川コナン君だった。不思議な子だ。無邪気に人懐っこく笑う姿はどうみても小学1年生の年相応さがあるのに、話す言葉の節々に知性を感じる。

 

「えーと、ね。両親と、友達に会いにだよ。じゃあ、またね。コナン君」

 

 このまま話していると、全てを打ち明けてしまいそうな、根拠はないがこの小さな男の子にはそんな力があるように思えてしまったのだ。そして、あのあたたかい場に湿っぽい話を持ち込むのは憚られた。

 

 当たり障りのない言葉で別れを告げたあとにはひらりと手を振り、外に繋がる階段を下りる。ああ、もう夕方か。外からうっすらと差し込む日は、落ち着いた色だった。

 

「……?」

 

 あれ、そういえば。ほんの少しの違和感に歩みが止まる。毛利さんたちと話した内容には米国から日本に戻ったとは伝えていないのだ。何故コナン君は僕がまるで海外から来たような口ぶりで質問をしてきたのだろう。うーむ。もしかして、エスパー?

 

◇◇

 

side Conan

 

「蘭ねーちゃん、どうしたの?」

 

「え?」

 

「さっきから、考え事しているでしょ」

 

 まさか、さっきのユーリさんに…、とかはねえだろうな。彼がいなくなってからどことなく上の空の幼馴染に、思わずジットリと疑うような目線を向けてしまう。キッチンでいつもは軽快に響く調理している音も、今日はいつもよりテンポが悪いように聞こえる。

 

 わずかな時間ではあったが、たしかに魅力的な人間であった。落ち着いていて、空気がゆっくりと流れるような穏やかさがあって、日本人にしては彫りも深く華やかな顔立ちをしている。病み上がりということもあり、線が細い印象であったがそれも相まってすこし浮世離れしたような美しさを感じた。子供の頃から(いまも薬のせいで子供だが)両親に連れられて、様々な他人を観察してきたがそういった業界の人達と比べても遜色はない。いや、だからといってあの人がこの空手を嗜む蘭、絶対に無理そうで…むしろ一突きで倒れてしまうような…いや、俺だって無理だけどよ…じゃなくて…

 

「ばれちゃったのね。実はさ、ユーリさんなんだけど…」

 

「うん(おいおいマジかよ、まさか…)」

 

「最近見た誰かに似ているなあ、って思うんだよね。綺麗な顔をしていたから芸能人かなあ、って思ったんだけど、そうじゃない気がして…誰だったかなあ」

 

「へ?」

 

「うーん、最近会った人だと思うんだけど…、コナン君、心当たり無いかな?」

 

 似た人。なるほど。狭い事務所内に二つのちいさな安堵のため息が溢れた。ちゃっかりおっちゃんも気になっていたんじゃねーか。

 

「うーん。ボクもわからないなぁ。蘭ねーちゃんの気のせいじゃない?」

 

 いや、一人だけ脳内に該当する人がいた。そっくりかと言われれば、首をかしげてしまう。しかし、上っ面の雰囲気や髪色など共通点はあるかもしれない。多く会話を重ねればはっきりと違うと思うのだが、たしかにビジュアルの要素としては共通点が多いのだ。だから、蘭の記憶に引っかかるのは正しい。

 

 鏡合わせにしては歪だ。あの人、個人としてのキャラクターは完成されているが、それでもカスタマイズされて、分岐する前の、そう、お手本となった土台のような存在。

 

 それに、米花百貨店での様子。客を避難させる手段として、商品券の配布を叫んだ自分に対してスマートではないと接触してきたあの時、笑顔の裏になにかを隠しているように見えたのは気のせいではなかったのだろうか。

 正直に答えてくれるかな…、小さな探偵は留守を任せた大学院生の姿を脳裏に浮かべた。

 

◇◇

 

 久しぶりに、人と沢山話したかもしれない。自分でも気がついていなかったが、随分と緊張していたようで笑顔で別れた後、いままでこわばっていた体がほぐれたようだった。

 

 もちろん、依頼を考えなかったわけではない。しかし、生きているのか死んでいるかもわからない人物の捜索を依頼するのは気が引けるし、心のどこかで恐れていることもあった。

 嫌な想像を振り切るように階段を進みながら、目先のことを考える。そういえば毛利探偵事務所さんと同じ通りにお寿司屋さんがあったなあ、いろは寿司さんだったっけ。今日の夕食は退院祝いも兼ねて奮発するのもいいかもしれない。

 

 その時だった。下りきった階段口から曲がろうとした瞬間。

 

「わっ!」

 

「ああっ!すみません。大丈夫でしょうか?」

 

 強い衝撃で思わずふらつき、転んでしまった僕にひとりの男性が手を差し出してくれる。夏の終わりを感じさせる穏やかな橙は僕らを照らしたが、逆光となって彼の表情を一瞬隠してしまった。差し出された手は夏だというのにすこしひんやりとしている。水仕事でも、していたのだろうか。エプロンをつけているから、きっと隣のカフェの店員さんだろう。

 

「こちらこそ、不注意で申し訳ないです。それで、あの、手を……」 

 

 体制を整えるも、握られた手が離されることはない。ええ、もう手は離してくれてもいいのだけど…?頭のてっぺんからつま先までじっくりと見られるのはすこし気恥ずかしい。そして、彼の表情が急にぱあ、と明るくなった。驚いているうちに、左手も追加された。少なくとも、初対面のはずだ。ええ、僕が覚えていないだけとか…?もしそうなら大変申し訳ない。ううむ。うーん。どうしてもわからない。

 

「あの、もしかして、作家の……ユーリ先生ではないでしょうか?絵を描いていらっしゃいますよね」

 

「え?…あ、はい」

 

「やっぱり!あまりメディアへの露出が多くないようで確信が持てなかったのですが、中指のたこに、爪先に残った画材。これらで確信が持てました。自分、先生の大ファンなんです!」

 

「あ、えっ!ありがとうございます!」

 

 ニコニコという音が出てくるような笑顔がまぶしい。

 そして、ちょっぴり、顔が近い。端正な顔立ちに配置されているのは大きなたれ目。小麦の肌に柔らかな金の髪色の配色は、一層彼の甘い顔立ちを際立たせていた。綺麗な子だ。

 

それにしても、パーソナルスペースが近い。

 

「ユーリ先生は普段アメリカで活動をされていますよね。ですので、まさか会えるなんてとびっくりして興奮しちゃって…!それに、僕この街で同じ年頃の男性の知り合いがそう多くないんです。…よかったら米花町を案内させてください!お近づきになれたら嬉しいです」

 

「は、はい。助かります」

 

 怒涛の勢いで迫られ、いつの間にか僕の携帯電話が彼の手に渡り、メッセージアプリの連絡先まで交換をしていた。すごい手際の良さである。赤外線でメールアドレスを交換しあったあの時代はもう過去になってしまった。

 それにしても、この町って僕のファンの方が多いのだろうか。今まで外を歩いていて絵本作家のユーリとして知られることなんて、そうそうなかったのに珍しいこともあったものだ。

 

 知らないあたらしい街に、あたらしい出会い。素敵な予感を感じたっていいじゃないか。その時の僕は、笑顔の裏に隠された思惑なんて、知らなかった。彼の抱える問題も、もちろん知っているはずもない。

 だから、こうして僕は米花町でひとりの友人を得たのである。

 

 

「ああ、申し遅れました。僕は安室透。この喫茶ポアロでアルバイトとして働きながら、毛利小五郎先生に弟子入りをしている探偵です。ユーリさん、よろしくお願いしますね」

 


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